2022.09.06
九州の全鉄道をカバーする「旅名人きっぷ」の威力|JR以外も乗れて有効期間は3カ月、どう使う?
車窓から見る不知火海の絶景(筆者撮影)
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「宗太郎越え」という言葉がある。大分と宮崎の県境の難所である宗太郎峠を越える意味であるが、ピンとくるのは鉄道ファンが多いと思う。
日豊本線のこの区間は、特急列車が頻繁に走っているが、大分県側からこの峠を普通列車で越えようとすると、佐伯駅を早朝6時18分に出発する1本しかない。つまり「青春18きっぷ」などで九州を旅するとき、最難関区間なのだ。ここばかりはあきらめて特急を使う人も多い。意地でも普通列車で旅をしようと思うと、佐伯駅近くに泊まるしかない。
しかし、後述するがこの普通列車は魅力的である。
通年発売、3カ月間有効をどう活かす?
18きっぷもいいが、九州には「旅名人の九州満喫きっぷ」という商品がある。以下のような切符だ。
利用/発売期間:通年
値段:1万1000円(おとな、こども共通)
有効期間:3カ月
効力:九州内の鉄道、軌道線の普通列車の普通車自由席に乗り降り自由
発売条件:
・発売日から3カ月以内に1人3回または同一行程のグループ(3人まで)で利用
・前売りの取り扱いはなし
・販売はJR九州の駅・旅行の窓口・九州内の主な旅行会社。インターネット発売はなし
18きっぷは5日間使えて1万2050円であり、比べると1日あたりの値段は割高になるが、JRだけでなく九州内の私鉄、第三セクターなどすべての鉄道が利用でき、年中発売しているほか、3カ月間も有効であるといった点を考えると相当に使い勝手がいい。
これまで何度か利用したことはあるが、川崎市在住の私が3カ月以内に何度も九州を訪れることはほぼないので、いつも一度の旅で3日間を使い切っていた。
ところが今年、3カ月の有効期間をうまく使えるタイミングが生まれた。
私はJ2リーグのジェフユナイテッド市原・千葉を応援しており、できる限り現地で観戦している。今シーズンは5月21日土曜日にアウェーのロアッソ熊本戦、7月2日土曜日にアウェーの大分トリニータ戦があった。3カ月内に収まっているではないか。活用しない手はない。
日程は、熊本戦を土・日曜、大分戦を金曜午後~日曜までとした。前者で1日、後者で2日利用とすればきれいに消化できる。
今回使った「旅名人の九州満喫きっぷ」。3カ月の有効期間内に2回使用した(筆者撮影)
熊本戦のキックオフ時間は13時、当日朝の羽田発の飛行機で間に合う。「えがお健康スタジアム」は空港から7km程度と近い。その気になれば歩くこともできるが、豊肥本線・肥後大津駅まで約15分で結ぶ「空港ライナー」(ジャンボタクシー)を使い、光の森駅からシャトルバスで向かうこととした。
30分に1本の「空港ライナー」は驚くことに無料だ。国交省・地方航空活性化推進室発行「自治体等の取組」によると、2011年10月から試行が始まり2017年4月から本格運行、年間約4000万円の予算規模で運行している。さらに熊本県企画振興部による「令和4年2月 阿蘇くまもと空港アクセス鉄道整備に向けた取組み状況」を参照すると、空港への鉄道の検討もなされており、経緯や状況がよくわかる。こういった自治体の取り組みに少しでも役に立てたら、と旅行者としては思う。
三セク鉄道に乗れるメリットを活用
熊本戦は1-1の引き分けであった。光の森駅から熊本駅に出て「旅名人きっぷ」を購入。この日から有効となるが、期間は3カ月あるので翌日から使っても問題はない。八代駅に出て、路線バスで日奈久温泉に向かった。
日奈久温泉は、第三セクターの肥薩おれんじ鉄道が通っている。JR以外も使えるこのきっぷの利点を活かそうと考えたのだ。
この温泉は、1409(応永16)年に発見されたとされる。宿で聞くとやはりコロナの影響は大きく、一番は宴会がないこと。災害のときには工事作業員で埋まったが、以前勤めていた宿では、宴会場を閉鎖したとのことだった。
日奈久温泉からの夕景(筆者撮影)
翌朝、鄙びた日奈久の町を散策しながら駅に向かう。5月というのに夏のような暑さ。古くからの商店街や、なまこ壁の古民家「村津邸」を見学しつつ、日奈久温泉駅に着いた。駅できっぷに日付のスタンプをもらいホームに出ると、跨線橋の階段には国鉄時代の「いい日旅立ち」という文字が残っている。
肥薩おれんじ鉄道は絶景路線だ。車窓にはどこまでも青い不知火海が広がり、海上を走行しているのでは、と思わせる区間もある。「おれんじ食堂」という、この景色を眺めながら食事を楽しむ観光列車もある。そして鹿児島本線だった頃には、寝台特急「はやぶさ」からこの光景を眺めることができたのだなと、ブルートレインが海沿いを走っていた昔に思いを馳せる。
終着の川内で昼時だったので、駅近くのそば屋に入った。焼酎を1合だけ頼んだのに、ボトルキープかと思われるようなアイスペールの氷が出てきて、何度かおかわりをせざるをえなかった。ここは鹿児島県である。
1合だけ頼んだ焼酎にはアイスペールの氷が(筆者撮影)
その後、鹿児島中央駅から肥薩線直通の気動車に乗って嘉例川駅に向かった。100年以上経つ登録有形文化財の木造駅舎であり、以前の記事(「レトロな木造『嘉例川駅』は空港アクセス抜群だ」)でも紹介したが、実は鹿児島空港の最寄り駅である。夜、誰もいない歴史を感じる駅でしばらく過ごす。路線バスは終わっていたので空港まではタクシーを呼んだ。
「レトロな木造『嘉例川駅』は空港アクセス抜群だ」 ※外部サイトに遷移します
夕暮れの嘉例川駅。実は鹿児島空港の最寄り駅でもある(筆者撮影)
鹿児島空港は、保安検査場を通ったあとに安価なカフェバーがある。焼酎1杯330円と破格だ。ついつい飲み過ぎる。搭乗してすぐ寝入ってしまい離陸したことも気づかず、羽田での着陸の衝撃で目が覚めた。
「地域おこし」の実際に感心
さて、次は「旅名人きっぷ」の3カ月の有効期間を活かした7月の大分遠征である。今回の日程は1日金曜日~3日日曜日で、きっぷを使うのは土・日だ。
1日午後の飛行機で福岡空港に出て、久留米に向かった。一念発起して会社を早期退職、横浜から久留米市田主丸町に移住して「地域おこし協力隊」の任期を3年勤め上げた黒田俊光さんに会い、話を聞くためである。耳納連山など、自然環境だけでなく、古代から続く神事に大変興味を持たれ、任期が切れたあとも田主丸に住み、町の情報発信を続けている。
正直、田主丸の駅舎がカッパの形をしているという認識しかなかった私には、次々と出てくる伝統行事や町の現状に感心するばかりだった。こんな町が全国各地にあるのだろう、という想像も働く。スマートシティ構想など、地域活性の手段はいろいろとあるが、地道に伝統を守り、それを活かすことも大切なのだと感じた。
翌日からは「旅名人きっぷ」の出番だ。久大本線に乗って大分に向かった。途中、日田で降りると、駅前のコンクリート作りのオブジェが目に止まる。「HITA」のはずが「H TA」になっている。Iが誰かのいたずらで倒されたのかと思って調べたところ、その場所に人が立つことにより「訪れる皆さまの愛(I)でHITAと完成させてください」と日田市観光課の説明を見つけた。
日田駅前のオブジェ。「I」が抜けているのには理由がある(筆者撮影)
日田で有名な焼きそばを食べたあと、大分へ。豊後森に近づくとプリンの形のような緑の伐株山が見える。巨大な木のおかげで日当たりが悪く、困った住民がみんなで切り取ってできた切株という伝説が残っている。正式にはメサ地形と呼ぶのだが、伝説に夢を感じる。今回は降りなかったが、近代化産業遺産に認定された旧豊後森機関庫に立ち寄るのもいい。古い機関庫や転車台が残っている。
肝心のアウェー大分戦は、2点先制したものの3失点を食らう逆転負けであった。ガッカリするとともに私はシャトルバスへ急いだ。この日のうちに佐伯まで移動しないといけない。大分駅21時47分発の列車で、23時5分に佐伯駅に到着した。
「1日1本」の列車で峠越え
翌朝は雨であった。ここで、冒頭で紹介した1日1本のみの県境を越える延岡行き普通列車に乗車する。
実はこの列車、787系という特急車両を使用しているのだ。グリーン車もついている。ただ、18きっぷの利用案内には、別途料金を払えば普通列車自由席グリーン車を利用できるとあるものの、「旅名人きっぷ」の説明書にはその記載はない。
念のため、きっぷを駅員に見せて「グリーン車に乗ることはできますか?」と聞くと「車内で料金を払ってください」とのことであった。もっとも、九州の普通列車でグリーン車があるのはこの列車のみである。
4両編成の列車は、乗れるのは先頭車両だけで後ろ3両は立入禁止となっている。先頭車は半分が普通車、半分がグリーン車である。
さっそく乗務員に1000円を支払う。ゆったりした1人席での宗太郎越えは快適であった。曇天の杉林、鐙川沿いの景色。晴れていなくても車窓は楽しい。あっという間の1時間であった。なかなか機会はないと思うが、鉄道ファンでなくとも一度乗ってみると面白いと思う。
「1日1本の普通列車」のグリーン券(筆者撮影)
延岡から西都城行きに乗り換える。美々津駅を出ると昔のリニア実験線の跡が見えてくる。昭和のころの設備である。テントウムシみたいな形の車両だった。小学生の頃、子供でも理解できるリニアモーターカーの仕組みを本で読んで、なるほどと思ったものだ。あれから数十年、リニアの行方はどうなるのだろう。
国鉄時代の車両、1世紀の歴史ある駅…
都城駅から吉都線、肥薩線経由の隼人行きに乗車した。国鉄時代の気動車キハ40系で、ノスタルジーを感じる。今日はずっと天気が悪く、雨が強くなってきて、景色が見づらくなる。けれども昔ながらのボックスシートとディーゼルのエンジン音と揺れが心地よい。
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時間に余裕があったので登録有形文化財である100年以上歴史のある大隅横川駅で降りた。第二次世界大戦の機銃掃射の跡がいまだに残っている。嘉例川駅よりも生々しいかもしれない。
後続の列車で、5月と同様に嘉例川駅から鹿児島空港に向かった。空港のカフェバーで焼酎を何杯か飲むと、前回と同様に離陸したこともわからず羽田空港に到着した。
残念ながら、この旅の直後からコロナ第7波の感染拡大が始まった。今夏は「行動制限のない夏休み」などと報道されたが、つねに大切なのは感染対策など「自ら判断して行動する」ことだと思う。
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提供元:九州の全鉄道をカバーする「旅名人きっぷ」の威力|東洋経済オンライン