2022.08.08
食べられず処分される「オス牛」がいる日本の問題|ジャージー牛やブラウンスイスの悲しい現状
日本では乳用牛として飼育されているブラウンスイスのオスは、乳がでないため価値がないとして処分されることが多い(写真: MakiEni /PIXTA)
曲がったキュウリや日焼けしてしまったナス、形の悪いトマトなど、見た目が悪い、規格に合わないからと破棄されていた野菜も、最近は訳あり商品として店頭に並ぶことが増えました。こう言う訳あり食材ばかりを扱うECサイトもあり、食品ロスが1年で612万トンと言われる日本の食品ロス削減への取り組みへの意識は高まりつつあります。
乳牛用は食用に転換されない
野菜に訳あり食材があるように、実は食肉にも市場に出したくても出せないものがあります。濃厚なミルクで有名なジャージー牛やブラウンスイスですが、当然お乳が出るのはメス牛だけ。そのため、オス牛は生まれても価値がないものと、すぐに処分されることが多いのです。
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ホルスタイン牛のオス牛は、身体も大きいので食肉用として肥育され、市場に出るのですが、乳用牛の肉は小さく規格が合わないので流通しないというわけ。
また、これらの肉は赤身肉で牧草肥育なので脂身も黄色く、白い脂身の霜降りがいいとされる日本の精肉の価値基準に合わず売れないのです。そのため子牛のうちに処分されることになります。
海外では、乳用牛と肉牛の区別はありますが、乳用牛としての役目を終えれば肉牛となり、乳用種のオス牛が産まれれば、肉牛として育てられ出荷されるので処分されることはありません。
しかし、日本の畜産は、酪農家と肉牛農家が分かれているので、育て方が違うためオス牛を育てることが難しく対応できないという現実もあります。とはいえ、ジャージー牛もブラウンスイスの肉も、実はおいしい! 特にジャージー牛は、肉にサシが入りやすく、和牛のおいしさの成分といわれる不飽和脂肪酸の量が多く、肉業界の間では味の評価がとても高いのです。つまり価値がないのではなく、その価値が知られていないのです。
乳牛種のオス肉の価値を認め、肉牛として肥育している生産者も実はいます。北海道十勝の「十勝清水コスモスファーム」は、通常であれば殺処分されてしまうオスのブラウンスイス牛を引き取り、生育して良質な牛肉として世の中に発信する活動をしています。
認知度が低いので一般のスーパーでは取り扱ってもらうことが難しく、主に飲食店やホテルに卸していました。が、2020年からのコロナ禍、店舗の営業自粛が続き、せっかくよい状態で仕上げたお肉は出荷先を失ってしまいました。生産者の安藤智孝さんは、「いまの在庫が終わり次第、この活動はやめるつもりである」とSNSで発信。
それを知った私は、食の多様性を拡散するためにも、在庫となっているブラウンスイスの牛肉を引き取り、2021年7月、ハンバーグとして販売をしました。「格之進」もコロナ禍で、店舗の売り上げは激減し大変な時期でしたが、自社の通販サイトでなんとか対応しました。
ブラウンスイスのオス牛の肉を利用したハンバーグ(写真:格之進真提供)
1頭5000円程度で売られるオス牛
ハンバーグは完売することはできましたが、結局安藤さんは、今残っている牛がいなくなり次第、ブラウンスイスのオス牛の肥育はやめるそうです(現在、オンラインショップにて精肉、加工品を販売中)。理由は、コロナだけではなく、子牛の販売価格にあるとのこと。
脱サラをして酪農を始めた安藤さんによると、「ブラウンスイスのオス牛が生まれても業者がなかなか買い取ってくれない。買ってもらえても1頭5000円ほど。メロンを付けてもオス牛はいらないと言われることもありました」と。
それが、ここ数年牛の性判別技術が進み、ホルスタインのオス牛が生まれなくなったため、ブラウンスイスの子牛1頭が5万円で取引されるようになったのです(ちなみに和牛の子牛も高騰していて、1頭70万〜100万円!)。高く売れることはいいのですが、ブラウンスイスの牛ということは消費者には伝わらず、スーパーなどでは“国産牛”として販売されているのです。
「これでは、ブラウンスイスのオス肉の現実、肉牛としてのおいしさ、価値が伝わらない。自分の社会的使命は終わったと思い、この事業は終わりにしました」と安藤さんは話します。
共にブラウンスイスの食肉用肥育の可能性を模索し、フードロスをなくす活動をしてきた仲間の事業撤退は残念です。だからこそ、乳牛種のオス牛について広く知ってもらい、日本の肉の「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受け入れ)」が必要と痛感しました。
一流シェフが太鼓判「オス牛」の可能性
もう1つ5年ほど前から行っている活動があります。食に関わる経営者、料理人、研究者などが、日本の食、食文化を守り、普及させることを目的とした学会が「全日本・食学会」で、私も会員の1人です。2016年からアニマルウェルフェアの観点からも、新しい生産体系を作るために「シェフと支える放牧牛肉生産体系確立事業」で、ジャージー牛、ブラウンスイスのオス牛を肥育しています。
牛肉の流通規格であるA5、A4などは、食味を評価しているものではなく、肉の見た目や扱いやすさの指標。“シェフ牛“の企画は、このような規格ではなく、日々食材を扱い、食材を見極めているシェフに評価してもらえる牛肉を目指し、牛肉のさらなる選択肢となる肉を目指すものです。
全日本食学会の理事の1人で、大阪の有名イタリアン「ポンテベッキオ」の山根大助シェフは、「牛肉というと、黒毛和牛の霜降り肉ばかりがもてはやされ、画一的になっていて、それでいいのだろうか?」と思っていたと、このプロジェクトに参加。山根シェフは、世の中は多様性が叫ばれているのに、肉の価値は規格化されてしまって、霜降り肉はよい肉、高級!という価値の思い込みをリセットする必要がある、という思いを持つシェフです。
「いわゆるおいしいと言われる霜降りの和牛は、ソースで食べる私たち洋食(イタリアンやフレンチ)の料理には、重たくて実は合いにくい。もっと赤身のおいしい牛肉を探していました。
牧草を食べ放牧肥育した牛を、4年近く育てた牛を、最後に穀物肥育をして仕上げてもらったブラウンスイスの牛肉。この牛肉は、赤身にうま味があり、脂のおいしさが目立つ和牛とは違う、うま味の濃い味わいに仕上がり、ヨーロッパの牛肉に似た味がする、新しい価値の肉です」(山根シェフ)
昔のお肉屋さんが行っていた日本古来の肉の熟成法“枯らし熟成”を施すこともよかった、とまさしくシェフに評価してもらえた肉ができたのです。これらの肉は、まだ少ないですが、山根シェフのお店でも扱っているとのことです。
「シェフと支える放牧牛肉生産体系確立事業」は、2019年に終了しましたが、その後も八丈島のゆーゆー牧場、八王子の磯沼ミルクファームなど、乳用牛のオス牛の肥育を引き続き手がけています。
この6月には、八丈島で肥育したジャージー牛を使い、山根シェフや「き田たけうどん」木田シェフのレトルトカレーをクラウドファンディングで発売しました。
肉の多様性が、日本のフードロスの削減となる
牛肉は、調理の仕方でほとんどの部位は料理や加工され、フードロスの少ない食材です。しかし、調理する前の段階で数字にはカウントされないフードロスがあります。規格に合わせ、流通(生産者と消費者の間に入る卸売り業者や小売店などがその担い手)の都合で、メジャーではないからと排除されてしまっている肉があるのです。
「こんなお肉もあるんだ!」とジャージー牛やブラウンスイスの肉も食べてほしいと思います。価値のないと言われているものの事実を知り、見方を変えることで、価値あるものになります。肉の選択肢が増えることで食は豊かになり、フードロスも削減できるのです。肉も多様性の時代です。
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提供元:食べられず処分される「オス牛」がいる日本の問題|東洋経済オンライン