2022.06.06
労基署が動く事件とスルーされるトラブルの違い|上司にクビと言われた!労基署は助けてくれる?
会社でつらい状況になった時に労働基準監督署は助けてくれるのでしょうか?(写真:Mills/PIXTA)
昨今、雇用関連のニュースが増加しています。
「アマゾン」の荷物の宅配を運送会社から業務委託された個人事業主のドライバーについて、事実上の雇用関係にあるとして、労働基準監督署(労基署)が運送会社に労基法違反で是正勧告していたことを5月29日付で読売新聞が報じました。同じ日に上智大学が非常勤講師に賃金未払いだったとして、労基署から是正勧告を受けていたことを毎日新聞が報じ、それぞれSNSなどで話題となりました。
いずれのニュースにも労基署が登場しています。労基署とは厚生労働省の第一線機関で、全国に321署あります。法定労働条件に関する相談や、勤務先が労働基準法などに違反している事実に行政指導を求める申告を受け付けたり、定期的あるいは申告などを契機に事業場(工場や事務所など)に立ち入って監督・指導をしたりします。重大・悪質な事案については、刑事事件として取り調べなどの任意捜査や、捜索・差し押え、逮捕などの強制捜査を行い、検察庁に送検する司法警察事務も担っています。
そんな労基署について、使用者による不当労働行為の相談を何でも受け付けてくれる「駆け込み寺」であるかのようにアドバイスをしている識者がいます。
人員整理は突然やってくる
友田勉さん(42歳、仮名)は大手メーカーS社の営業部課長の職責にあります。首都圏の中堅私大を卒業しS社に入社、営業畑ひと筋に20年が経過しました。社内恋愛で結婚し、2人の子供にも恵まれました。上司の勧めもあり35年ローンの自宅を購入したのは5年前のことです。通勤は会社まで片道1時間半かかりますが、充実した生活を送っていました。
そのような時、上司から急な呼び出しがありました。呼び出された部屋に入ると、上司と人事部の課長が座っています。上司からは突然、「君には今日で辞めてもらう。荷物はあとで宅配便で送るから心配しないでくれたまえ!」と一言。人事課長からは業績悪化でやむをえないことの説明があり、無理やり誓約書にサインをさせられました。
必死に掛け合いましたが、けんもほろろで取り合ってくれません。パソコンは押収されて、ルームキーも取り上げられました。いわゆる、ロックアウト解雇です。これで給料の見込みは立たなくなりました。友田さんは、ショックのあまり精神的ダメージを受けました。しかし、悩んでいる時間はありません。早急に対策をしなければなりません。
いま考えられる選択肢は2つあります。不当解雇を訴えて会社に残る道を模索するか、会社に見切りをつけて就職先を探すかです。奥さんが専業主婦で無収入であることから、友田さんは何とかして会社に残る道を探すことにしました。どのような行動に出ることが望ましいのでしょうか。
以上はいくつかの実例をもとにしたフィクションですが、ここからが本稿の本題です。
労働基準監督署に駆け込んだら
このような時に、「労基署に駆け込め」とアドバイスされて、実際にそうしたらどうなるでしょうか。
おそらく窓口で軽くあしらわれて相手にしてもらえないでしょう。運よく監督官と面会できたとしても、対応は監督官のさじ加減ひとつです。労基署に持ち込まれる案件は山のようにあり対応しきれないことが原因です。
労基署に知り合いでもいれば状況は変わるかもしれませんが、そういう人は滅多にいないと思います。また、労基署が後ろ盾になり解雇の撤回を求めることはありません。違反があれば是正措置はするものの、解雇が有効か否かなどの判断はしません。労基署には司法警察としての権限がありますが、個別の事案については対処しません。
友田さんの事案が極めて悪質で監督官と面会できた場合はどのようになるでしょうか。おそらく、次のように言われるはずです。
「会社に連絡を入れます。依頼があった旨を話しますがよろしいですね?」
良くも悪くも友田さんが労基署に駆け込んだことが会社へと知られることになります。
労基署に駆け込んでもすぐに状況を改善することは難しいと思われます。なんらかのアドバイスをもらうことはできると思いますが、自ら行動しなければいけません。
一方で、労基署が比較的早く動く問題があります。それは未払い残業(時間外労働)です。相談員によって温度差はありますがタイムカードなどの証拠が揃っていれば有利にはたらくでしょう。訴訟などに移行している場合は動きが鈍くなりますが、そうでない場合、まずは相談員が相談者の話を聞いてくれるはずです。
それが直接解決に結びつくかどうかはわかりませんが、「労基署に相談した」という事実が意味をもつ場合があります。各都道府県の労働員会によるあっせんを求めたり、訴訟で解決しようとしたりする場合です。あっせんや訴訟に移行した際に、労基署に相談した事実(アドバイスなど)は事態を客観視した情報として評価されるでしょう。
明確な証拠があれば告訴できる
また、労基署に告訴をするという方法も存在します。告訴とは、被害者が犯罪事実を申告し、訴追を求めることです。告訴を受理した捜査機関は捜査を開始しなければならないのです。逆に言えば、労基署に告訴を受理してもらい捜査をしてもらうためには、告訴状の内容が適切であることや、明確な証拠が用意されている必要があります。
告訴状を作成したら、管轄の労基署に提出します。しかしすぐには受理されないはずです。筆者が知る限りでも、受理したケースはほとんどありません。告訴を受理すると捜査を開始しなければいけないからです。企業側に明らかな問題があるという証拠が用意されていたとしても、労基署はまずは事実関係を確認する作業を行うはずです。
法律的な見地や専門性に乏しい会社員が告訴状を作成することは至難の業ですから、告訴の覚悟を決めた場合は法律家に依頼するケースが現実的でしょう。また専門家の力を借りて告訴しても、結局受理されないというケースも多々あります。このように考えると、労基署に駆け込んだだけでは、すぐにつらい状況を改善することが困難であることがわかると思います。
近年、ブラック企業が社会問題化してきました。リストラについても強引なものが増えてきました。さらに、いまはコロナ禍となり労働者の環境が変化しています。業績が悪化すれば、企業は人員整理に動きます。そのため、労働者は雇用危機に陥っても不利な状態にならないように情報を集めておく必要があります。
理不尽であっても会社と争うのは相当な覚悟が必要
筆者は、たとえ強引なリストラに遭ったとしても労働者が会社と争うことはお勧めしていません。理不尽な扱いを受けたことに対する悔しい気持ちはとてもよくわかります。ただ、運よく復職できたとしても、その後に待っているのは茨の道です。会社から退職を求められるような事態になったら、退職金などの面で有利な条件を引き出す交渉くらいにとどめ、次のキャリアパスを探したほうが生産的ではないかと考えています。
また、社内に情報が広まった場合、なんらかの報復が待っているケースが考えられます。本来、会社は報復をしてはいけないのですが、それは建前です。懲戒、異動、降格、賃金カット、あらゆることを想定しなくてはいけません。どの手段をとっても、会社を相手に争うことになりますので、相当な覚悟が必要になってしまいます。
また、言い分は各々にあるものです。労働者側に言い分があるように、会社側にも言い分があります。それらをつき合わせれば、100%どちらかが正しいということはありません。とはいえ、さまざまな事情や理由から、引くに引けない人もいるでしょう。それでも会社と争うのであれば、「労基署に駆け込め」という識者のアドバイスは魔法の杖でもなんでもなく、自らが正しい情報を収集して行動しなければならないのです。
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