2022.05.23
くっきり体に残る「傷痕」を治す最新ケアの超知識|帝王切開や手術でできた傷に悩む人は多い
傷痕を治す治療、考えたことはありますか?(写真:spukkato / PIXTA)
千葉県在住の会社員A子さん(50代)は、昨年秋にお腹を切る手術を受けた。手術でできた傷痕は1センチほどだが、へそとその周辺あわせて5カ所もある。とくにへその周辺の傷は半年ほど経ってもまだ赤くくっきりとして目立つ。
「実は、手術をしたことは家族と職場の上司だけにしか話していないんです。最近は、友人とコロナ禍でなかなか旅行ができなかったので、そろそろ行きたいねなんて話していますが、温泉とかで洋服を脱げば友人に傷痕を見られてしまう。何とかしたいです」
病気で手術をしたりケガをしたりしたときに負う傷。その後にできた傷痕は、場所や大きさにもよるが意外と気になるものだ。だが、最近では、こうした傷痕がつきにくいよう治療に工夫が施されたり、傷痕を目立たなくするケアができるようになったりしている。
帝王切開やニキビ跡など悩みはさまざま
傷痕になりにくい治療や、傷痕の治療やケアを行う、きずときずあとのクリニック豊洲院(東京・江東区)。その院長で形成外科医の村松英之さんは、「傷痕の治療はまだ十分ではなく、海外で普通に使える素材や薬剤が日本では薬事が通っていなくて使えないものも多い。それでも、傷痕を残さない治療をすることが医療現場でも徐々に広まっています」という。
クリニックを開業して5年。医療界ではニッチな、すき間産業のようなものだが、来院する患者は多い。
「代表的な傷痕であるケロイドは女性のほうができやすい。帝王切開やニキビ跡、手術でできたケロイドを気にされて、受診される人は多いです。ケロイドがあるから温泉などに行きづらいという人もいて、われわれが考える以上に、見た目の問題は大きいと実感しています」(村松さん)
同院の近くにはがん治療を専門に行う病院があり、そこから来る患者さんもいる。乳がんの手術や乳房再建でできた傷痕を目立たなくしてほしいとの希望も少なくないそうだ。
そもそも「傷痕」はどうやってできるか
多くの人は、傷や傷痕は皮膚にできるものだから傷痕の治療は皮膚科で行うものだと思っているかもしれない。だが、実はそうではなく、形成外科が得意とする分野だ。
村松さんは、「傷痕は、ケガややけどなどの傷のあとに生じる正常な生体反応」だという。
傷ができると血液成分の血小板が集まって固まり、出血を止める。その後、傷口からは透明な浸出液(しんしゅつえき)が出てくる。これには血管や皮膚の細胞の増殖をうながす細胞成長因子が含まれていて、傷を塞ぐのに大きな役割を果たす。
「この細胞成長因子がしっかり働けばきれいな傷痕ができますが、この働きが阻害されれば目立つ傷痕になってしまうのです」(村松さん)
細胞成長因子の働きを阻害するファクターとして挙げられるのが、禁煙や過度の飲酒、ステロイド薬や抗凝固薬などの薬、糖尿病や高血圧、動脈硬化、貧血などの病気、感染、加齢などだ。このほか体質なども関係してくるが、大人よりも子どものほうが傷の治りが早く、傷痕が残りにくいのは、やはりこうしたファクターが少ないためだ。
皮膚に限らないが、細胞は乾燥に弱い。乾燥させてしまうと傷口の細胞組織にダメージが生じるので、治りが遅くなり、また目立つ傷痕も残りやすい。消毒も同様に傷口の組織を殺してしまうため、昨今ではあまりすすめられていない。さらに、皮膚にうるおいがあったほうが痛みも出にくいそうだ。
その上で、傷ができたときの対処法について、村松さんは次のようにアドバイスする。
「大事なのは傷口を流水でしっかり洗うこと。石けんを使う場合はよく泡立てて、やさしく洗い、しっかり流水ですすぎます。その後は清潔なタオルで水分を吸収させて、最後にハイドロコロイドという被覆材で傷口を覆います。ハイドロコロイドは1日~数日に1回、貼り替えます」
このやり方は実際に医療現場でも行われていて、「湿潤療法(モイストヒーリング、潤い療法)」などと呼ばれている。
ハイドロコロイドは透明で厚みのある弾力のある素材。「キズパワーパッド」や「ケアリーヴ」などの製品として市販されているほか、シート状になっていて自分で好きな大きさに切って使えるタイプも売られている。
「始めのうちは滲出液がたくさん出るので驚くかもしれませんが、そんなに頻回に交換する必要はありません、多くても1日に1回か2回です、そのうち治ってくると滲出液が減ってきますので、数日に1回くらいでよくなります。一方で、膿(うみ)が出ているような傷、出血が止まらない傷には使わないようにしましょう。使っていて赤く腫れてきたり、痛みがでてきたりしたら、医療機関で診てもらってください」(村松さん)
すり傷や靴擦れぐらいであれば、1~2週間ぐらいできれいに治るそうだ。
続いて、できてしまった傷痕を目立たなくするケアについても、村松さんに聞いた。
傷痕と一口に言ってもいくつかのタイプがある。専門用語になるが、それらを「未成熟瘢痕(はんこん)」「成熟瘢痕」「肥厚性瘢痕、ケロイド」「瘢痕拘縮(こうしゅく)」と呼ぶ。
瘢痕とは傷痕のことだ(下の表)。傷痕のタイプは形状で判断するため、傷を負った理由(刃物で切ったとか、転んで擦った、ニキビ、手術とか)や種類(すり傷、切り傷など)はあまり関係ない。
このうちセルフケアができる、あるいは必要なのは、未成熟瘢痕や肥厚性瘢痕、ケロイドの3つ。とくに、できたばかりの未成熟瘢痕にはケアが有効だという。
村松さんによると、ケアに必要なのは「保湿」「遮光」「保護」の3つ。
ケガや傷の治療だけでなく、傷痕になってからも必要なのが保湿だ。心当たりがある人もいるかもしれないが、傷痕が乾燥するとかゆみや痛みが出ることがある。そこを掻いてしまうと新たに傷が付いてしまい、そこで色素沈着を起こしかねない。
保湿は市販されている保湿剤などでも十分。なかでも、ヘパリン類似物質やワセリン、ヒルロイド、ビタミンAやEなどの成分が入っているものが○。
「クリームタイプでもオイルタイプでもOKです。ご自身の使い勝手のよいものを選んでください。使い続けることが大事ですので。ちなみに、妊娠線も一種の傷痕です。お腹が大きくなって皮膚が割れるのを防ぐために、予防として保湿剤などを使うという手もあります。保湿によって皮膚が柔らかい状態になるので、伸縮性が出て妊娠線をある程度は予防することができます」(村松さん)
2番目の遮光とは紫外線対策のこと。紫外線が傷痕によくない理由は前述したとおり。特にこれからの季節は紫外線が強くなるので、日焼け止めや、UVカットの衣類などで対策を。
3番目の保護は、摩擦予防、こすらないための策になる。下着があたる場所にある傷は、ガードルや着圧ストッキングなどでしっかり圧迫、固定させるのも1つの方法だ。
一度、色素沈着などが生じてしまった傷痕は、残念ながらそう簡単には消えない。年単位のケアが必要になることがほとんどだ。日々のスキンケアの延長線上だと考えて、焦らずじっくり取り組むのがコツだ。また、完璧を目指すのではなく、「白く目立たなくなったらOK」ぐらいの考え方でケアをしていったほうがいいそうだ。
きずときずあとのクリニックで行っている専門的な傷痕治療には、レーザーや薬物治療(飲み薬、塗り薬など)、圧迫治療、注射(ステロイドやボトックス)、手術、放射線治療などがあり、これらを組み合わせていく。レーザーは健康保険が使えない自費診療だが、ほかに関しては保険診療のなかで受けることができる。
皮膚科より、形成外科を
実際に、医療機関で傷痕治療を受けたい場合はどうしたらいいか。
「傷は皮膚にできるので、多くの方は皮膚科を受診したほうがいいのではないかと思うでしょうが、実は傷や傷痕治療に詳しいのは形成外科です。相談をするのであれば、形成外科を標榜しているクリニック、あるいは医療機関の形成外科のほうがいいと思います」(村松さん)
創傷外科学会の専門医は、形成外科医師のなかでも傷痕を専門としているので、参考になる。
傷痕は、ときに病気にかかったりケガを負ったりしたときの状況を思い出させてしまう。その病気が重いものであったり、ケガが顔などの目立つ場所であったりすればなおのことだろう。
「医学的に“傷が治る”というのは、“傷が塞がる”という意味で捉えることが多い。ですが、患者さんは、『医師に“傷は治った”といわれたけれど、これって治っていないですよね』といって傷痕を指さすわけです。そこには患者さんと医療者のギャップが大きい。単に病気やケガを治すだけでなく、“傷痕をいかにきれいに治すか”が今後の課題なんだと思っています」
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提供元:くっきり体に残る「傷痕」を治す最新ケアの超知識|東洋経済オンライン