2022.03.24
大村崑を「筋トレ沼に落とした」20代青年の正体|「ぼくの師匠は、60歳年下のスーパーマン」
崑ちゃんはなぜ「筋トレ沼」に落ちたのか?(写真:青春出版社)
86歳にして筋トレに目覚めた喜劇俳優の大村崑さん。崑ちゃんを「筋トレ沼」に引きずりこんだ60歳年下の“スーパーマン”とはいったい? 新刊『崑ちゃん90歳 今が、一番健康です!』より一部抜粋・再構成してお届けします。
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ザ・おじいちゃんな毎日をすごしていたある日、瑤子さん(僕の奥さん)が「一緒にライザップへ行かへん?」と言いだしました。ぼくの体形や歩き方を見かねたのでしょう。
ぼくは即座に、「いやや」と答えました。
瑤子さんが言う「ライザップ」って、テレビでコマーシャルやっているあれやな。たしかトレーナーが一対一で、運動のやり方を教えてくれるやつや。
ぼくらは先輩の俳優の芸をじーっと観察して、まねて、盗んで、自分のものにしてきました。そやのに86歳にもなって、なんでトレーナーに教えられなならんねん。人から教えられることからして、気に食わない。
西郷輝彦「先輩のくしゃみ、売ってください」
そういえば、舞台で一緒になった西郷輝彦さんから「先輩、くしゃみの仕方を教えてください」と頼まれたことがあります。台本には「ハクション!」とあるだけで、どうやっていいのかわからないと言うのです。
くしゃみを教えるのは、これはむずかしい。鼻を揺すって、舌を持ち上げて、お腹に力を入れて……と説明したけれど、うまく伝わりません。
「くしゃみにもいろんな種類があるけど、どれが希望ですか? ハ、ハ、ハクション、は乾いたくしゃみ。へ、へ、へ、ヘクシ、ショョンは汁気の多いくしゃみで……」と実演してみても、西郷さんは首をひねるばかり。しまいには「先輩のくしゃみ、売ってください」と言いだす始末です。売れませんがな、そんなもん。
なんの話でしたっけ? そうそう、ライザップでした。
くしゃみの仕方ひとつとっても、ぼくは人がくしゃみをするのを見てまねて、盗んで、ものにしてきたという自負があります。しかも、ぼくは役者です。覚えはめっぽう早い。いっぺん見せてもらえば、すぐにできてしまう。
それやのに筋トレかなんか知らんけど、この歳になってなんで人に手とり足とり教わらなアカンねん。
ところが、瑤子さんが「近所やし、きっと楽しいと思うよ、体も引きしまるやろうし」と食い下がります。仕方なく、行くだけ行って、入会は断固断るつもりでした。
瑤子さんに連れられて向かったライザップ。
入会しないつもりだったけれど、そこにいた受付の女性の雰囲気がよかった! そしてなんとぼくよりも口が達者でした。にこやかで、感じがよくて、で、気がついたら、不覚にもぼくはジムに通いたくなってしまったのです。
「筋肉は死ぬまで鍛えられます」と、その女性は殺し文句をまず口にしました。
「筋肉の知識を豊富に持ったトレーナーが、本格的な筋トレを基礎から教えます。崑さんも、じきに引きしまった、カッコいい体つきになれるし、体力がついて疲れにくくなりますよ」
女性はテンポよく話してくる。ほう。ええやん。そして、最後の殺し文句が、「速く歩けるようになりますよ」でした。このひとことで、徳俵でかろうじて踏ん張っていたぼくも、ついに土俵を割ったのです。
いったん土俵を割ったら、ワクワクしてきました。筋トレでぼくの人生が変わるような気がして、胸が高まります。86歳にもなって、新しいことに挑戦できる。なんとも楽しそうやおまへんか。
というわけで86歳の春、ぼくは生まれてはじめて、若者もすなる筋トレなるもののためにジム通いを決心したのでした。
どんどん若返っていくぼくの体
火曜日と金曜日の週2回、1回1時間程度の筋トレが始まりました。しかし、開始記念日たる初日はショックの連続です。
まず、スクワット。下半身を鍛えるには最高の運動で、「筋トレの王様」と呼ばれているそうです。が、これができない。
腰を沈めるときに、お尻をうしろへ突き出すように言われるのですが、それをすると、体ごとうしろへひっくり返りそうになるのです。脚の筋肉も尻の筋肉もあまりに弱っていて、体を支えることができないためです。
そこで、バランスボールにもたれておこなうことになりました。けれど、バランスボールの助けを借りても、腰を浅く3、4回沈めただけで両脚がブルブル震えだして、それ以上続けられないのだから情けない話です。
マシーンを使った筋トレもおこないました。大胸筋などを鍛えて逞しい胸をつくるベンチプレス、正しい姿勢づくりに欠かせない背中の筋肉を鍛えるラットプルダウンなどに挑戦したのです。しかし、どれも3、4回が限界。
1時間程度のエクササイズが終わる頃には、ぼくは声が出ないほど疲れはてていました。全身汗だくで、ハアハアと肩で荒い息をするのがやっと。その場からしばらくは動けないほど疲労困憊です。
ところが、ふしぎなことに気分は爽快でした。何十年も経験したことのないほど爽快だったのです。
この日以降、ぼくの体のなかで時間が逆流しはじめました。86歳の春を境に、ぼくの体はどんどん若返っていったのです。
スクワットひとつまともにできなかった超劣等生のぼくです。でも、終わったあとの爽快感が忘れられず、筋トレに吸い寄せられるかのようにライザップに通うようになったのです。
すると、じきにスクワットも上達していきました。回数も3、4回だったのが少しずつ増え、15回までできるようになったのです。しかも、太ももが床と平行になるまで深く腰を沈められるようになったのですから、もう劣等生とは呼ばせません。
腰を深く沈めながら15回。これを3セットくりかえします。合計45回。なかなかのもんでっしゃろ?
さらにトレーナーの岩越さんが、より体を鍛えるために、1回ごとの負荷を大きくする作戦を立てました。なんと、バーベルを肩に背負ってスクワットをすることになったのです。
40キロのバーベルを持ち上げられる喜び!
10キロのバーベルから始めました。それが20キロに変わり、それからは、20キロのバーベルに2.5キロの軽いおもりを足していって、2年目には30キロの重さのバーベルを肩に背負ってスクワットができるようになったのです。そして、3年半たった今、バーベルの重さはなんと、40キロにもなりました。
できなかったことができるようになることほど、うれしくて、誇らしくて、愉快なことは、ほかにはありません。
トレーニングに励む崑ちゃん(写真:青春出版社)
前回より今回のほうが、わずか2.5キロでも重たいバーベルが背負えると、ぼくはうれしいんです。で、その積み重ねで、ついに40キロに到達したのですから、それはもう、うれしくて、うれしくて、全身が喜びにすっぽり包まれたかのようでした。
80代半ばをすぎて、こんなふうに無邪気に喜べることはそうそうおまへん。
しかも、ジムに通いはじめると、おもしろいぐらい体重が減ってきた。わずか3カ月で5キロも落ちたのです。もっとも、今は2キロほど戻っています。それは筋肉が増えたためです。筋肉は脂肪よりも重たいので、その分、体重も増えるのです。筋肉が増えれば、当然体は引きしまってきますがな。
ジムに通って3カ月で、ぼくは心も体も筋トレにすっかりハマっていました。「でも、崑ちゃん、筋肉痛って、痛うないの?」って、痛いに決まってますがな。
でも、その痛みがふしぎと気持ちいいのです。気持ちいいから筋トレをやめられない。筋肉痛の心地よさを体が欲するのです。ああ、これが「運動中毒」いうものか……。
ぼくは、筋肉痛を欲しがる体をなだめるために、週2回ジムに通いつづけました。気がつけば、筋トレを始めてから3年半もの時間がたっていたのです。瑤子さんに誘われたとき、「いやや」と即座に答えたぼくが、そして、「86歳にもなって人に手とり足とり教えてもらえるかい」と腹を立てたぼくが、3カ月たつかたたぬかのうちに、まんまと筋トレにハマってしまいました。もう、ちょっとやそっとのことでは抜け出せません。
ぼくの師匠は、60歳年下の“スーパーマン”
ぼくのトレーナーは岩越亘祐さんという、ぼくより60歳も年下の青年です。身長185センチで、全身の筋肉はすべてこれ以上ないくらい鍛え上げられていて、太ももなど、華奢な女の人のウエストぐらいあります。あたりまえですが、そのほとんどが筋肉、それも岩のように硬い筋肉なのだから、すごい。
ぼくはそんな岩越さんを「スーパーマン」と呼ぶことにしました。わがスーパーマンはやさしくて、生真面目な好青年です。
よく「崑さんのスクワットは美しいですね」などとほめてもくれます。孫みたいな歳のスーパーマンにほめられると、それがまたうれしくて、スクワットがますます好きになります。
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ただ、この心やさしいスーパーマンが、ときどき、ぼくを殺そうとしますねん。こっちは40キロのバーベルを背負ったままで、腰を沈めていくんでっせ。1回でもどんだけしんどいか。7回目ともなると、太ももも腹筋もブルブル震えて踏んばれないから、浅く腰を沈めただけで腰を上げていきたくなります。
が、すかさずスーパーマンが「崑さん、もっと深くいきましょう」。その声がやけに明るくて、清々しい。無理や、もうできへんわ……。するとまた、明るく、清々しい声が響きます。「崑さん、大丈夫です、できます」。ぼくを殺す気やん。もう無理やねん。それなのに、結局はスーパーマンの声に励まされて、7回目も、そして8回目も、9回目も、太ももが床と平行になるまで腰を沈めるのです。
10回目で「はい、崑さん、最後です」。そんなん言われても、もう限界です。1回ぐらいおまけしてくれてもええやん。脚も腰も、もう1センチかて動けへん。こう思っていると、ぼくの心の声が聞こえているかのように、スーパーマンは「大丈夫です、崑さん、できます」の確信に満ちた明るい声を出します。ホンマに殺されるわと思いながらも、その気になってしまうぼく。最後の1回のために、力をふりしぼり、腰を下ろしていくのです。ぼくは渾身の力で10回目をやりおえます。
どうやスーパーマン、おれ、やるやろ。そのとき、「崑さん、やりました! すごいです」。その声がぼくの耳にそれまで以上に明るく、清々しく響くわけです。
スーパーマンはつねに、バーベルを担いでいるぼくのうしろにピタッとくっついてくれています。岩のようなカチカチの筋肉をした、見上げるばかりの長身のスーパーマンが、いざというときのためにすぐうしろにいるから、ぼくは殺されそうなハードなスクワットでも、安心して自分の動きに全神経を集中することができます。
筋トレで人生はよみがえる!! 写真左から瑤子さんのトレーナーの北本健吾さん、瑤子さん、ぼく、岩越亘祐さん(写真:青春出版社)
60歳年下のイケメンと週2回会えることは、筋トレそのものと同じくらい楽しいですな。
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提供元:大村崑を「筋トレ沼に落とした」20代青年の正体|東洋経済オンライン