2022.01.18
「物取られ妄想」に悩まされる認知症患者の頭の中|なぜ「誰かが盗んだに違いない」と誤解するのか
「物取られ妄想」に悩む認知症患者の「頭の中」とは?(写真:bee/PIXTA)
「財布盗ったでしょう!」
認知症にかかると、何も盗まれていないのに「物取られ妄想」を見る人がいる。なぜそんな考えに陥るのか? ここでは認知症患者が何を考えているのか、その「頭の中」を覗いてみよう。横浜鶴見リハビリテーション病院院長の吉田勝明氏による新書『認知症が進まない話し方があった』より一部抜粋・再構成してお届けする。
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認知症の方の「頭の中」
想像してみてください。あなたは、たった一人で初めての海外旅行をしています。その国の言葉は一切わからず、地図もありません。それなのに、あなたは迷子になってしまいました。周りには知らない言葉を話す、見たこともない人ばかり。
「どうしたらいいんだ、これからどうなるんだろう?」
「ああ、情けない。一人じゃ何もできない」
「お願い、誰か私に気づいて! 話を聞いて!」
まさにこれが、認知症の方の思いです。特に認知症の初期では、ご自身の異変を自覚している方も多いといわれています。今まではラクラクできていたことができなくなり、誰かの手助けが必要となった現実を、「情けない」と嘆くのも当然です。
認知症の方は、病人であると同時に一人の大人でもあります。サポートしてくれる家族に対して「迷惑をかけて申し訳ない」、そして「何か役に立ちたい」と思っているのです。
記憶障害や見当識障害など、さまざまな不具合を抱える認知症の方が、「役に立ちたい」と考えているというと不思議でしょうか?
認知症を発症しても、一個人としての尊厳やプライドは消えません。一方的に面倒をかける存在ではなく、社会や他者のために貢献したいという、人として当たり前の思いがあるのです。
毎日接していると、余裕がなくなったり、疲れたりして難しいときもあると思うのですが、認知症の方に接するとき、尊厳やプライドの存在を、どうか忘れないでください。
以前、約300人の認知症の入院患者さんにアンケートを実施しました。「たまには院外にお出かけしてみたいですか?」と問うと、多くの方が、「はい、したいです」と答えました。
「自分の家に外泊したいですか?」の質問にも「はい」の答えの方が多数。ある方に、「どのくらいの外泊を希望されますか?」と聞くと「2、3日くらい」と答えられました。「では、退院を希望されますか?」と続けて聞くと、「いいえ、叱られちゃうから……」とおっしゃったのです。
認知症の方には、上手にできないことがいろいろあります。食事一つとっても、箸やスプーンがうまく使えなくなって食べこぼしたり、食べるときにクチャクチャ音をたてたり、お皿をひっくり返したり。
「2泊3日」ぐらいでしたら、家族から「よく帰ってきたね、おばあちゃん!!」と歓迎され、「あらあら、大丈夫?」と快く面倒を見てもらえる期間と、ご自身でも思っていらっしゃるのですね。
ただ、さすがに3日を過ぎると、家族もため息交じりになって、「汚いからこぼさないでください」「食べるときは音をたてないで!」と、叱られてしまうと感じている方が多いようです。
本来は自分のタイミングで自由に行えるはずの排泄でさえ、「おむつ替えが大変だから、おしっことうんちは一度にしてくださいよ!」と言われてしまうと、認知症の方の心が折れるのは当然です。
「喜怒哀楽」まで失うわけではない
「心が折れる? 認知症の人は何もわからなくなっているのに?」
これは全くの誤解です。認知症の方も、介護者と同じです。叱られると怖い、悲しい。できることならば、叱られるのは避けたい。認知機能が低下したからといって、喜怒哀楽の感情までなくなるわけではありません。ですから先ほどのエピソードのように、いくら家が恋しくても、退院ではなく2泊3日という期間限定の帰宅を望むのでしょう。
すべての人間は、人としての尊厳を保ち、心豊かな人生を送れるように、「QOL」、つまり「生活の質」を向上させることが重要です。
日々の介護に明け暮れていると、どうしてもつらいときが出てきて、忘れがちになってしまうこともあるでしょう。ただ、認知症の方であれ介護者であれ、QOLの向上は人として同等の願いであることを、心に留めておいていただけたら……と、思っています。
「認知症の人も、感情は欠落しているわけではないことはわかった。しかし、非常識な行動を起こされるとやさしくなどできない!」
介護者も認知症の方と同じく人間ですから、困ったことばかり起こされれば怒りがわき、叱りつけたくなるのも当然です。どうか、イライラしたり、「もう嫌だ!」と思う自分を責めたりしないでくださいね。
ただ、それでもお伝えしたいのは、認知症の方の困った行動には、なんの企みも悪意もないということです。
話が通じないのも、こちらを困らせる行動も、その人が意図的にやっているわけではなく、認知症の中の一つの症状なのです。
行為を受け止める側としては、「そんなことして、どういうつもり?」と言いたくなるでしょうが、「どんなつもりもない」のです。認知症の段階にもよりますが、基本的に問題となる行動を起こしたという自覚すらないと思ってください。
なぜなら、その自覚のなさこそが、さまざまな感覚や理性を司る脳の部位を侵されてしまう、認知症の本質なのです。認知症の行動・心理症状(BPSD)は「周辺症状」とも呼び、中核症状がもととなって現れます。ただし、認知症の方のもともとの性格や現在の心理状態、環境によって出方はさまざま。「あっちのおじいちゃんはおとなしいのに、なんでうちの父は!」などと、ほかの方と比較しないことも大切です。
たとえば、認知症の症状の一つに、勝手に出かけてしまい、その挙句に行方不明になってしまう危険性もある「徘徊」というものがあります。介護をする方にとって、精神的にも体力的にもつらい症状ですね。
「外に出ちゃダメだって言っているのに!」「どこに行くの! ここがあなたの家なのに!」と、いくら説得してもらちがあきません。
しかし、徘徊を繰り返す認知症の方には、その方なりの理由があるのです。よくあるのは、記憶障害および見当識障害のため「今」ではなく「過去」に戻ってしまい、現在の住まいが人の家のように居心地悪く感じるケース。
「人の家にずっといたくない」「自分の家に帰りたい」、だから「この家を出ねば!」となるわけです。ご本人にとってはまっとうな理由ですが、周囲からすると、徘徊という行動になってしまいます。
「物取られ妄想」に悩む人の頭の中
「財布盗ったでしょう!」と怒りだす「物盗られ妄想」は認知症の初期に多く見られますが、この時期は認知症が進行していく不安に苛まれがちなとき。
「大事なものはなくさないようにしよう」と、財布をしまうまではよいものの、その後、記憶障害によって「いつ、どこに、何をしまったか」が、丸まる欠落してしまうのです。
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それでも認知症の方の中には、「大事なものをなくしたくない」という強い思いは残っているので、欠落した記憶を補完するために、「誰かが盗んだに違いない!」と結論付けるのです。
そして、その「誰か」は最も親しい人、甘えても大丈夫な人……つまり、いちばん面倒をみている家人になってしまうことがほとんど。つらいですね。
このように、すべての困った行動は認知症がさせていること。「違うでしょ」「やめてよ!」「反省して!」と叫んでも、こられの行動が少なくなることは期待できないうえ、関係性が悪化するだけなのです。
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提供元:「物取られ妄想」に悩まされる認知症患者の頭の中|東洋経済オンライン