2021.12.27
自動運転バス内で問診、スマート医療の現在地|病院と連携、実証実験中のヘルスケアMaaSとは
実証実験に使われている、フランス・ナビヤ社製の自動運転バス「アルマ(ARMA)」(筆者撮影)
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モビリティとICTをシームレスに繋げる「MaaS(マース:Mobility as a Service)」が注目される中、医療分野で期待されているのが「ヘルスケアMaaS」。その取り組みの一環として、神奈川県の湘南ヘルスイノベーションパーク(以下、湘南アイパーク)で行われているのが自動運転バスによる実証実験だ。
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湘南アイパーク、湘南鎌倉総合病院、三菱商事、三菱電機、マクニカの5者連携で実施するこの実証実験では、通院する患者などの移動手段として自動運転バスを活用、車内では最先端技術によるデジタル問診なども行うことで、患者の待ち時間短縮や病院の生産性向上などを目指すものだ。
少子高齢化により、病院へ通院する高齢の患者などの増加も懸念される中、実際に当実証実験では、どのような最先端技術を用い、どういった内容が検討されているのだろうか。2021年12月2日に実施されたメディア向け試乗会へ参加し、実際に自動運転バスに乗車してみたほか、プロジェクトの概要や将来像について取材したので紹介しよう。
実証実験の概要
今回の実証実験は、2021年12月4日から12月26日までの土曜と日曜、地域住民を中心とした一般公募のモニターを対象に、自動運転バスの試乗体験をしてもらうことで、ヘルスケアMaaSの有用性を検証することが目的だ。
実証実験が行われている神奈川県藤沢市の湘南アイパーク(筆者撮影)
会場は神奈川県藤沢市にある湘南アイパーク。2018年に設立された同施設は、武田薬品工業の広大な工場跡地を活用し、製薬企業、次世代医療、AI、ベンチャーキャピタル、行政など、幅広い業種や規模の産官学が結集しているサイエンスパークだ。2019年5月には、同施設と湘南鎌倉総合病院、神奈川県、藤沢市、鎌倉市の5者が、施設周辺の村岡・深沢地区をヘルスイノベーション最先端拠点に形成するための連携を締結しており、今回の実証実験もそうした取り組みの一環となる。
実証実験については、湘南アイパークが会場を提供し、湘南鎌倉総合病院、三菱商事、三菱電機、マクニカの4社が自動運転車の運行およびヘルスケアソリューションの提供を行う。具体的な実験内容は、通院患者などが自宅から病院へ移動することを想定し、自動運転バスが湘南アイパーク内のあらかじめ定められたコースを周遊。車内では、バイタルセンシング技術を用いて乗客の心拍数や血圧、体温などを計測し、病院とリモート接続したデジタル問診を模擬的に実施するというものだ。実験を主宰する5者は、約1000人のモニターを募ることを目標とし、ヘルスケアMaaSの有用性や課題を浮き彫りにすることで、将来的な実用化のためのデータ収集などを行う。
ナビヤ社製の自動運転バス「アルマ(ARMA)」(筆者撮影)
今回、実証実験に使われる自動運転バスは、フランスのナビヤ(NAVYA)社で製造している「アルマ(ARMA)」だ。マクニカで輸入販売する同モデルは、自動運転専用車のため、一般的な車両にあるハンドルやアクセル・ブレーキといったペダル類に加え、運転席さえもない。車体サイズは全長4.75m×全幅2.11m×全高2.65mで、いわゆるマイクロバスと同等の大きさだ。
オペレーター用スペース。ハンドルやペダルなどはなく、あくまで緊急時の操作用になる(筆者撮影)
乗車定員は通常15名(座席11人、立席4人)だが、今回の実証実験では安全運行のためのオペレーター用スペースが設けられているため、座席は8名乗りに変更されている。また、電動モーターで走るEV(電気自動車)で、最高速度25km/h(推奨18km/h)、1回の充電での航続時間約9時間、航続距離約100kmといった装備や機能を持つ。
車体上部に取り付けられた3DタイプのLiDER(筆者撮影)
加えて同モデルには、自動運転に必要なセンサー類や機器を数多く搭載する。まずは、自動運転車の目ともいえる「LiDAR(Light Detection and Ranging)」。赤外線を照射し、物体に反射した赤外線を受光することで、障害物検出を行うこの機器には、ルーフに3Dタイプ、前後バンパーに2Dタイプを装着する。
ほかにも車体の挙動をセンシングする「IMU(Inertial Measurement Unit/慣性計測装置)」、車両位置の特定に使用する「GNSS(Global Navigation Satellite System/全球測位衛星システム)」、自車周囲の安全確認などに使うカメラなども採用。また、あらかじめ作成した「3Dマップ」に走行ルートやエリアごとの制限速度なども入力し、現在のLiDAR情報とマッチングして自車位置を特定する「SLAM(Simultaneous Localization and Mapping)」なども装備する。
ちなみに同モデルは、茨城県境町の生活路線バスや、東京都の羽田イノベーションシティで商業施設内の無料循環バスとしてすでに活用されている。今回の実証実験では、他車両や歩行者などが通らない限定区域内での走行だが、境町や羽田では公道走行も行っているため、安全性などに関しては一定の実績も持つ。
実際に乗ってみた感想
バイタルチェックを行った実際のタブレット端末(筆者撮影)
実際に自動運転バスに試乗してみた。今回の試乗会では、まず乗車前にタブレット端末にインストールされたアプリを使ってバイタル測定を行った。イスラエルのビナー(Binah)社が開発した同アプリは、タブレットのカメラで被験者の顔を検知し、バイタルサイン(血中酸素濃度、心拍数、呼吸数、心拍変動、メンタルストレスレベル)を自動で測定する機能を持つ。マスクを着けていても計測は可能で、筆者の場合、測定時間は約3分程度で終了。ちなみに、このアプリは、自動運転バスのアルマと同様に、マクニカが輸入販売を行っている。
計測後、自動運転バスへ乗り込む。筆者を含めた試乗者4名と運行を管理するオペレーターなど全6名が乗車し、シートベルトを締めたら早速スタートだ。EVなので当然ながらエンジン音は皆無で、スムーズかつ静かな走りといえる。
自動運転バス・アルマの座席(筆者撮影)
座席は、座面がやや薄く、患者などの中には座り心地を気にする人もいるかもしれないが、筆者自身はさほど気にならなかった。速度がかなりゆっくりということもあり、路面からの突き上げ感もない。実験会場は、エリアによって制限速度が決められており、あらかじめ車両にそのデータが入っているため、速度調整も自動で行う。
また、走行ルートも事前に作成された3Dマップに設定されているため、右左折も自動だし、ウインカーの操作さえ不要だ。オペレーターは、あくまで不測の事態などが発生した場合に、車両を安全な場所に停止するなどの制御を行うために乗車しているだけで、運転は基本しない。なお、非常時の車両操作は、前述のとおり、車両にハンドルやペダル類がないため、オペレーターがゲーム用コントローラー(X box用)を使って行う。まるでドライブゲームのように車両を動かす点も、一般的なクルマのイメージと違っていて面白い。
スマートフォンアプリを使ったデジタル問診の画面(写真:プレシジョン)
運行中は、乗車前にタブレットで測定したバイタルサインの数値をスマートフォンの問診アプリに入力し、デジタル問診を行うデモも体験した。アプリは協力企業のプレシジョンが開発した。入力データは、サーバーを介して病院に転送されるため、診療時間の短縮に貢献する。こうしたデジタル問診は、将来的には、座席前などにタブレットなどを設置し、乗員の顔を自動認識しバイタルサインを測定、そのまま病院へ転送することも検討されている。そうなれば、患者などの乗員は作業が不要になる。スマートフォンやタブレットが不得手な高齢者などは、操作に手間取り無駄に時間がかかるケースも想定できるため、そうした方式の方が現実的だろう。
試乗は約10分で終了。停車時のブレーキも自動だが、10km/h前後の速度からの制動だったこともあり、車体はゆるやかに停まり、とくに体が前のめりになることもなかった。これなら、体が不自由な人や足腰が弱い高齢者が乗車しても、走行中に不安に感じる場面はないだろう。
自動運転バスを活用したヘルスケアMaaSの実現性
今回の実証実験は、将来的に湘南アイパーク近隣に2032年頃の開業が予定されているJR東海道線の新駅「村岡新駅(仮称)」からの運行を検討している。前述の村岡・深沢地区ヘルスイノベーション最先端拠点の形成計画に関する5者(湘南アイパーク、湘南鎌倉総合病院、神奈川県、藤沢市、鎌倉市)連携も、当駅の計画に合わせて行われたものだ。
実施者側の青写真は、自宅から駅までは電車などで移動し、あらかじめ自宅または駅で予約した自動運転バスに駅で乗り込み、病院へ移動するというもの。バスのゲートでは、体温測定を行い、発熱者がいれば専用の自動運転バスを使った別ルートで移動してもらい、病院にも専用口から入ることを想定し、コロナなど感染症にも対応する。
アルマの車内の様子(筆者撮影)
発熱などの問題がない患者に関しては、そのまま予約した自動運転バスで移動し、デジタル問診を車内で行い、病院での待ち時間などを短縮する。到着後、歩行が困難な患者などへは、自動運転の車いすを提供し、広い院内の移動サポートも視野にいれている。また、さまざまな情報連携により、受付レスで診察室へ行くことが可能になり、診療後も会計レスで支払いを済まし、薬局などを経由後に、同じく事前予約した自動運転バスで帰路につくといった感じだ。加えて、先々は、患者の自宅に自動運転バスが直接出向いて病院へ移動することや、帰路に買い物に立ち寄るなど、個々の利用者ごとに最適なサービスを実施することも検討されている。
自動運転に関わる課題をクリアできるのか
将来的に自動運転バスを公道で運行させる場合、先ほど述べたような青写真が可能かどうかはまだ不透明だ。今回の実証実験は、湘南アイパーク施設内の限定区域内で行われため、ほかの車両や歩行者、自転車などはほぼいない。だが、それらとの混合交通となる一般公道では、安全性が確保できるかどうかがカギになる。その点は、先述した茨城県境町などの事例があるため、ある程度は仕組みなどを流用することは可能だろう。
ただし、例えば、交通渋滞で自動運転バスの運行時間が遅れることも想定でき、診療時間に間に合わないなどのケースが出てくることも考えられる。また、実験に使われている自動運転バスのアルマは、最高速度が25km/hまでのポテンシャルしかない。交通状況やルートによっては、バス自体が渋滞の原因になることもありうる。そう考えると、実際の実用化にはまだまだ課題が山積みだといえる。
アルマの外観(筆者撮影)
運行に関しては、マネタイズの問題もある。自動運転バスやICT関連の運用費などをどこが負担するかも重要だ。今回のプロジェクトには、湘南鎌倉総合病院も参画しているため、ある程度は病院側で負担することも考えられるが、それが診療費増などにつながると、結果的に患者側の負担増となってしまう。ほかにも、もし運転者がいない完全自動運転化をするのであれば、道路交通法や道路運送車両法などの改正も必要となってくるため、国との連携や協力も必要だ。
自動運転バスは、少子高齢化などに起因する運転者不足といった課題解決に向けた方策のひとつでもある。それにMaaSを組み合わせることで、医療関係でも患者などの利便性が向上することは間違いない。実施に向けた道はまだまだ険しそうだが、今後の動向に注視したい。
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提供元:自動運転バス内で問診、スマート医療の現在地|東洋経済オンライン