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2021.09.02

「いざとなったら残業」の考えが人を無能にする訳|企業にひそむ「多忙はエライ」という古い価値観


とある建設業でのアンケートで「長時間働く人は、あなたにとってどういう人ですか」という質問に対し、「忙しいことはいいことだ」というように、ポジティブな意見が多く見られたという(写真:8x10/PIXTA)

とある建設業でのアンケートで「長時間働く人は、あなたにとってどういう人ですか」という質問に対し、「忙しいことはいいことだ」というように、ポジティブな意見が多く見られたという(写真:8x10/PIXTA)

ハーバード・ビジネススクールのアシスタントプロフェッサーにして、心理学者のアシュリー・ウィランズが書いた『TIME SMART(タイム・スマート)』。効率性一辺倒ではない、異色の時間術の本だ。「お金より時間が大事」「生産性向上はタイム・リッチ(時間的に裕福な状態)から」「まず、健康で幸福な生活を送る、その後、生産性・創造性が上がる」と説く。もちろん、心理学者だから、科学的な調査、統計データでその主張を裏付ける。
実際のビジネスの現場では、従業員の時間を守るためにどのような取り組みがなされているのだろうか。2012年より株式会社ワーク・ライフバランスのコンサルタントとして、さまざまな企業の働き方改革を支援してきた堀江咲智子氏が解き明かす。

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根強く残る「長時間労働は美徳」という価値観

多くのビジネスパーソンにとって、『タイム・スマート』に記されているいくつもの「タイム・トラップ」、時間貧乏を引き起こす「罠」は大いに思い当たる節があるのではないでしょうか。

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デジタルツールが進化してコミュニケーションが取りやすくなったり、どこでもアクセスできるようになったりといった利便性は高まりましたが、集中しているときにメールやチャットツールの通知が届いて、時間が分断されてしまう。仕事でもプライベートでも、自分で時間をコントロールしていく重要性は、今後もますます高まっていくでしょう。

私はさまざまな企業で働き方改革のコンサルティングを行っていますが、日本ではまだまだ時間に関する課題が多いと感じます。経営者や管理職の方は、自分の時間の多くを仕事に費やしてきたからこその成功体験があります。いわば「企業戦士」です。話を聞いてみると、育児にまったく関われなかった後悔があったり、報酬を上乗せして優秀な人材をつなぎ止めておくことに限界を感じていたりするのですが、とはいえ成功体験に基づく価値観をそう簡単には変えられない。ワークライフバランスの重要性はわかるけれど、実感がともなわずピンと来ないのです。

先日も、ある建設業の方々にアンケートをとりました。「長時間働く人は、あなたにとってどういう人ですか」という質問に対し、「忙しいことはいいことだ」というように、ポジティブな意見が多く見られました。本書が指摘する「ワーキズム」です。

私自身、前職は製造業なのですが、当時は長時間労働を地で行くタイプでした。「今これをやっておかないと明日に間に合わない」と思い込み、ずっと会社に残っていたのです。ところが上司から、「そんなことをしていていい商品が本当に出せると思っているのか」と厳しく言われました。お客様のニーズや新しい技術を知るための時間もないまま、製品開発に携わっていたわけですから「そうか、自分の学びの時間も含めてタイム・コントロールをしていかなくてはいけないのだ」と、このとき気づきました。それが今のコンサルタントの仕事につながっています。

日本企業の「忖度文化」が仕事を増やす?

もう1つ、日本企業には「ステータスとしての多忙」という価値観がまだ残っています。大事なのはそれに対する気づきがあるかどうかなのですが、本書には分析や評価を行うツールキットが各章についているので、とても役立つのではないでしょうか。

堀江咲智子(ほりえ さちこ)/ワーク・ライフバランス コンサルタント、中小企業診断士。 北海道札幌市出身。大阪府立大学工学部機械工学科卒業。2012年より株式会社ワーク・ライフバランスの働き方改革コンサルタントとして活動。チームのモチベーションを上げながら、楽しく働き方を見直す手法が特長。主なクライアントは、中小企業製造業から不動産管理会社、大学、小売業、建設業界、人材業界など多岐にわたる。手を動かすことが好きでハンドメイドサークルを主催、13年連続でハンドメイドを通じた途上国への寄付を行う。「おもちゃドクター」としても活躍中(写真提供:ワーク・ライフバランス)

堀江咲智子(ほりえ さちこ)/ワーク・ライフバランス コンサルタント、中小企業診断士。 北海道札幌市出身。大阪府立大学工学部機械工学科卒業。2012年より株式会社ワーク・ライフバランスの働き方改革コンサルタントとして活動。チームのモチベーションを上げながら、楽しく働き方を見直す手法が特長。主なクライアントは、中小企業製造業から不動産管理会社、大学、小売業、建設業界、人材業界など多岐にわたる。手を動かすことが好きでハンドメイドサークルを主催、13年連続でハンドメイドを通じた途上国への寄付を行う。「おもちゃドクター」としても活躍中(写真提供:ワーク・ライフバランス)

たとえば1日の活動を書き出してみるワークシート、私たちもこうしたツールをコンサルティングで使っています。予定と実際に費やした時間に着目し検証を続けていくと、自分の時間の見通しの甘さや仕事の組み立て方の改善点が見えてきます。1カ月後にあらためて見直してみると、営業部にもかかわらず営業の時間がわずかしかなかったというケースもあります。すると、本来業務ではない会議の時間を減らそうといった改善もできるようになるわけです。

さらに、よく経営者や管理職の方にお伝えしているのは、「本当に減らせる業務はないか」ということです。もう一度、真摯に見直してみてほしいのです。

日本の多くの企業はまだピラミッド型で、経営陣のひと言が大きなインパクトを与えます。たとえば経営会議の資料の数字も、常務は「1円単位で書かなくてもいいよ」と部下に言う。それを聞いた専務は「僕は1円単位までわかるほうが安心だな」とつぶやく。すると作成担当者まで下りてくる頃には、「資料は常務用と専務用と2種類作れ」ということになってしまうのです。当の本人がはっきり指示していなくても、ささいなひと言で業務が雪だるま式に膨らんでしまうというわけです。

忖度文化の悪しき例でしょう。部下は資料を別々に作成する意味もわからず、ただ「やれ」と言われたからやっているだけ、仕事量ばかり増えて生産性は向上しません。また「いざとなったら自分が時間を差し出せばいい」と、時間の提供を解決策にしていては、いつまで経っても「タイム・プア」から抜け出せません。

「5分あったらやること」リスト作成のすすめ

勤務時間が決まっている従業員の立場でできることは少ないと思う人も多いかもしれませんが、生産性を高め、時間をコントロールし、ストレスを抱え込まないための工夫はできます。

本書では「『もし時間があったら』リスト」の作成を勧めていますが、私自身も実践しています。「5分あったらやること」など、細切れ時間で片付けたいことを付箋に書いて貼り出しているのです。電話が早めに終わって、次のミーティングまで5分あったら、付箋の「やることリスト」の1つを済ませてしまう。

このリストの効用は3つ。1つめは、迷いがなくなることです。「何をやるんだっけ」「何から手をつけよう」などと考えずに取り組めるので、時間をロスせずに済みます。地味な積み重ねですが、時間を自分でコントロールするという観点からは効果的です。

2つめは集中力が高まることです。細々した仕事を覚えておくことは、それ自体がストレスです。あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ、忘れないようにしないと……。これでは目の前の業務に集中できませんよね。脳に記憶できる量にも限界があります。まずはすべてを書き出し、焦りや不安を取り払ってから仕事に取り組んだほうが、結果的に生産性は高まります。

3つめは、達成感です。「やることリスト」を書き出した付箋は、終わったら二重線を引いたり廃棄したりするのですが、こうして結果を可視化することで達成感が得られます。朝には20個もあった「やることリスト」がすべて片付いていたら、気持ちもスッキリして夜を迎えられますよね。未完了のストレスを残さないことは、精神衛生上とても重要です。

このほか、「本当に今やらないといけないのか」と、つねに自分に問うてみるのも1つの方法です。プライベートの時間につい仕事のメールの返信をしてしまうとか、電話を折り返してしまうという人は少なくありません。このときはそれで済んでも、周りから「休日でも返信をくれる人」と認定されてしまえば、その先ずっと同じ対応を迫られます。「本当に今やらないといけないのか」という問いは、これからもそのコストがかかることを許容できるのか、という問いでもあります。

ちなみに弊社では、18時以降も講演などの外部の仕事をお受けすることもあり、その喜びをチャットツールに流すこともありますが、投稿があっても返信しなくてよいというルールを原則としています。皆が返信をしてしまっては、プライベートはあっという間にビジネスタイムになってしまうからです。

「タイム・リッチ」になるための投資を

フレキシブルな働き方を導入する企業も増えつつある今、最初に申し上げたように、自分で時間をコントロールする重要性は増しています。

企業側からすれば、総労働時間をきちんと見ておかなくてはならない一方、上長は時間自律性を持つよう部下をトレーニングしていくことも必要でしょう。勤務時間のインターバルにも注意が必要です。終業から次の勤務までの時間が5時間だけだったら、まとまった睡眠時間を取ることができません。

ちなみに睡眠に関する脳科学の研究は今とても進んでいて、眠っている間はまずからだの疲れを取り、脳のストレスを解消していくのは睡眠時間の後半だといわれています。睡眠時間が短いと、からだの疲れは取れていても脳の疲れは取れていないのです。パソコンを使った知的作業が多くなっている中で、脳の疲れはメンタルに大きな影響を及ぼします。

プライベートにおいても、家族がお互いに、時間に対する価値観を共有しておくといいと思います。夫婦といっても、もともとは他人ですから「察してくれ」では通用しません。家事の分担はもちろん、「ひとりになる時間が必要」だと強く思うかどうかでも変わってきます。あらかじめそうした価値観を話し合っておけば、たとえば「ふらりと公園に出かける」「ひとりでカフェに行く」といったことも理解し、尊重し合うことができます。

私自身は、自分の時間を大切にするために、昨年からミールキットの定期便を利用しています。コロナ禍でスーパーにも行きづらく、冷蔵庫の中身を把握しながら毎日の献立を考えるのが苦手で、買い物が本当に憂鬱でした。ミールキットは安くはないので迷っていたのですが、始めてみたらとても自分に合っていました。

日常の雑用や家事を外注することに罪悪感を覚え、抵抗を感じる人も多いでしょう。しかし本書で指摘されているように、自分の時間には何ものにも代えられない価値があります。外注はその時間を生み出し、「タイム・リッチ」になるための投資でもあり、心の豊かさをもたらしてくれることも大いにあるでしょう。今はさまざまなサービスがありますから、お試しで始めてみてもよいのではないでしょうか。

自分の時間に対してオーナーシップを発揮する、そのことの重要性を本書は教えてくれていると思います。

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【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します

この法律が日本を「生産性が低すぎる国」にした

「汗水垂らして働く社員」米国人が評価しない訳

「満員電車を日本からなくす」たった1つの方法

提供元:「いざとなったら残業」の考えが人を無能にする訳|東洋経済オンライン

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