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2021.07.15

アマゾンが会議でパワーポイントを使わない理由|ナラティブを書く「暗黙知」の顧客視点が強み


未来の顧客(ステークホルダー)にとって、どのような価値を提供できるのか、ナラティブを書くことがカルチャーとなっているアマゾン(写真:Sundry Photography/iStock)

未来の顧客(ステークホルダー)にとって、どのような価値を提供できるのか、ナラティブを書くことがカルチャーとなっているアマゾン(写真:Sundry Photography/iStock)

例えばアマゾンでは、未来の顧客(ステークホルダー)にとって、どのような価値を提供できるのか、ナラティブを書くことがカルチャー、暗黙知となっている。

PR・マーケティングの専門家である本田哲也氏は、新刊『ナラティブカンパニー』の中で、顧客に対するアプローチの方法を詳説している。

野中郁次郎・一橋大学名誉教授とともに「ナラティブ・ストラテジー(物語り戦略)」の重要性を提起しているジャーナリストの勝見明氏が、本田氏と共通する時代認識をもとに「今なぜ、ナラティブが求められるのか」について解説する。

『ナラティブカンパニー』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

今、なぜ、ナラティブが求められるのか?

ビジネスの世界で近年、「ナラティブ(Narrative)」という概念が注目されてきた。直訳すると「物語」。ナラティブは以前から、臨床心理、医療、教育などの分野で導入が進んでいた。

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『ナラティブ・カンパニー』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします

例えば、医療。最新の臨床研究に基づき、統計学的に有効性が証明された治療を行うエビデンス・ベイスト・メディシン(根拠に基づく医療)では、必ずしもすべての患者に最適な医療を提供できるとは限らない。その反省から、個々の患者が語る病の体験の物語を傾聴し、病気の背景や抱える問題を理解し、患者と対話しながら全人的に対処していこうとするのがナラティブ・ベイスト・メディシン(物語に基づく医療)だ。

ここで読者は、こんな疑問を抱くはずだ。

ナラティブとストーリーとはどう違うのか。どちらも物語ではないか。

この疑問に対し、マーケティングや広告・PRの分野における両者の違いを明らかにするのが『ナラティブカンパニー』だ。著者の本田哲也氏は、「世界でもっとも影響力のあるPRプロフェッショナル300人」に専門誌により選出されたPR専門家。顧客に対するナラティブ・アプローチの仕方をわかりやすく解説する。

実は、筆者も2020年に上梓した野中郁次郎・一橋大学名誉教授との共著『共感経営』の中で、ナラティブの概念を示したことがあった。企業戦略、事業戦略、商品開発戦略など、戦略の観点から「ナラティブ・ストラテジー(物語り戦略)」の重要性を提起した。分野こそ違え、ともにナラティブの概念に行き着いたのは、共通する時代認識があったからだろう。

「今、なぜ、ナラティブが求められるのか」――その現代的な意義について考えるのが本稿のねらいだ。

ナラティブとストーリー、3つの違い

まずは、『ナラティブカンパニー』に沿って、企業コミュニケーションにおけるナラティブの概要を見てみよう。本田氏は、ナラティブとストーリーは大きく次の3つの点で異なるとする。

1 「演者」の違い

2 「時間」の違い

3 「舞台」の違い

第1に「演者」。ストーリーについては、テレビ番組「プロジェクトX~挑戦者たち~」や「ガイアの夜明け」で紹介される企業ストーリーを思い浮かべるとわかりやすい。主人公はあくまでも「企業」であり、「あなた(生活者=顧客、ユーザー)」は聴衆になる。一方、ナラティブにおいては、「あなた」も主人公の1人であり、演者として物語に参加する。

第2に「時間」。ストーリーには「起承転結」があり、「終わり」がある。これに対し、ナラティブには終わりがなく、つねに現在進行形で、未来も内包する。

第3に「舞台」。ストーリーの舞台は、その企業が属する業界であったり、競争相手との競合環境であったりする。一方、ナラティブでは、顧客、企業のほか、社員、取引先など、多様なステークホルダーも演者になりうるので、「社会全体」が舞台となる。

このようにナラティブとストーリーの違いを示したうえで、ナラティブとは「物語的な共創構造」であると定義する。これは少し説明が必要だろう。

ナラティブの起点はパーパスにあると本田氏はいう。パーパスは直訳すると「目的」だが、最近は企業やブランドの「存在意義」の意味で使われる。「何のために存在するのか」の問いに答える「創業者や企業の強い思い」からナラティブは始まる。

『ナラティブカンパニー』では、ソニーが2019年に定めたパーパスの事例が紹介される。

「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」――このパーパスが表れるソニー製品の代表格は、2018年1月11日(ワンワンワンの日)に発売された2代目の犬型ロボット「aibo」だろう。aiboの公式サイトを開くと、こんなキャッチコピーが目に飛び込んでくる。

「目を合わせた瞬間、すべてが始まる」

本田氏が示した要件に照らし合わせると、これはナラティブなのか。

筆者はaiboのプロジェクトを取材し、ビジネス誌に開発プロセスについて寄稿したことがある(それは企業ストーリーになる)。aiboのコンセプトは次のようなものだった。

「オーナーとのインタラクションを通じてともに成長する唯一無二の存在になる」

aiboは、体の各所に埋め込まれたカメラ、マイク、各種センサーなどで外の情報やオーナーの声などを取り込む。そして、人間の脳をモデルにしたAI(人工知能)が状況を認識し、知的処理を行い、行動を選択し、動きをつくり出す。喜怒哀楽の感情表現も可能で、目、声、体の動きで示す。

オーナーと「ともに成長する」

こうして、aiboはオーナーとやり取りしながら、どんな行動をとったらほめられたか、逆に叱られたか、学習を積み重ねて成長し、その個体ならではの個性を身に付けていく。

では、「ともに成長する」とはどういうことか。aiboは、オーナーの指示とは違った行動をとって、自分の意思を示すこともある。するとオーナーは、「本当はこんなことをやりたかったのか」と感情移入する。これは相手を「おもんぱかる」行為で、この経験の積み重ねにより、オーナーも相手を思いやる精神的な余裕を持てるようになれば、ともに成長していくことになる、というわけだ。

「目を合わせた瞬間、すべてが始まる」の「すべて」とは、「唯一無二の存在であるaiboとともに成長していく暮らし」にほかならない。

「演者」は、ソニーが創造性と技術力をつぎ込んだaiboとオーナー(生活者)。

「時間」はどうか。成長はつねに未来に向けて現在進行形になる。

「舞台」については、動物アレルギーの人やペットを飼えない状況の人も“ペット”とともにある暮らしが可能になり、「社会全体」に広がる。

そして、「ともに成長する」という「感動」の物語はソニーのaiboとオーナーによって共創される。ここに物語的な共創構造としてのナラティブを見ることができる。「企業やブランドのパーパスはナラティブによって実現される」と本田氏が記すのはこのことをいうのだろう。

アマゾンではパワポは使わない

『ナラティブカンパニー』では、顧客(生活者)に対するナラティブ・アプローチの事例の数々が紹介されている。

例えば、冷凍食品に対する「手抜き」という、一般社会のネガティブなパーセプション(認識)に対し、味の素冷凍食品の担当者が「冷凍餃子を使うことは、手抜きではなく“手間抜き”です」とSNSに投稿したことから始まる一連の取り組み。目的はパーセプションチェンジだ。

あるいは、パーソナルモビリティ(1人乗りの乗り物)を開発するWHILL(ウィル)というベンチャー企業が、車いすに対する既存のパーセプションの壁を破り、「誰もが乗りたくなるような革新的なパーソナルモビリティ」として再定義しようとした試み……等々。

これらの事例については、本田氏自身が東洋経済オンライン(「冷凍餃子の「手間抜き論争」がバズった理由」、「車椅子が「かっこいい乗り物」へと変わる理由」)で紹介されているので参照されたい。ここでは世界中でビジネスを展開する多国籍大企業アマゾン・ドット・コム(Amazon.com)の例を紹介しよう。

アマゾンは、「地球上で最もお客様を大切にする企業になること」を標榜する。会議用を含む社内文書も、箇条書きになりがちなパワーポイントは使わず、1~6ページ程度の文書で、「未来の顧客」にどんな価値を提供するか、整合性のあるナラティブが求められる。

目の前に顧客が座っていると想像し、たとえ売り上げが上がる施策であっても、顧客にとってマイナスにならないか、利便性が失われないか、徹底して議論する。

それを象徴するのが「空席のイス」だ。

アマゾンの社内会議では必ず、空席が1つ設けられる。会議が顧客起点の発想で意思決定しているか、自問する環境をつくるための「エア・カスタマー」の席だ。アマゾンはビジネスのあり方そのものがナラティブなのだ。

「冷凍餃子の「手間抜き論争」がバズった理由」 ※外部サイトに遷移します

「車椅子が「かっこいい乗り物」へと変わる理由」 ※外部サイトに遷移します

一方、顧客と思いを共有し、顧客への共感を起点にして、事業開発や商品開発でイノベーションを実現した事例を紹介したのが前出の拙著『共感経営』だった。野中の提唱する知識創造理論により成功の本質を読み解き、ナラティブ・ストラテジー(物語り戦略)のあり方を提起した(注:物語り戦略では、リーダーが戦略を「物語る」ことによりメンバーの実践が後押しされるため、「物語り」という動詞形の表現を使った)。

ナラティブ・ストラテジーも企業のパーパス(存在意義)が前提となる。さらには、トップから第一線の社員にいたるまで、「自分はどうありたいか」という思いや生き方も問う。

企業のパーパスや1人ひとりの思いの実現に向け、「何を、何のために」行うかという目的や目標を達成するため、その都度、最適最善の判断を行って、物語を紡ぎ続け、成功に至る。その過程では、取り組みにかかわる人々の間で、「いかに」判断し、行動するかという行動規範も共有される。

市場分析が跳梁跋扈する人間不在の分析的戦略に対し、人間ありきのナラティブ・ストラテジーは「ヒューマナイジング・ストラテジー」、すなわち、「戦略の人間化」といえる。

ナラティブ・ストラテジーが求められるようになってきたのは、人の生み出す知識こそが価値の源泉となる「知識経営」の時代になってきたためだ。新たな知識は、暗黙知(言葉や文章で表現することが難しい主観的・個人的な知)と形式知(言葉や文章で明示できる客観的・社会的な知)のスパイラルな相互変換プロセスによって創造される。

その相互変換プロセスは、暗黙知の共有から始まる。事業開発や商品開発であれば、顧客との暗黙知を共有が起点となる。暗黙知の共有とは共感にほかならない。『共感経営』で取り上げた事例はすべて顧客への共感が起点となっていた。

”共感のバトンリレー”

前述の冷凍食品の「手間抜き」をめぐる物語も、疲れて帰宅して夕食に冷凍餃子を焼いて出したところ、夫に「手抜き」といわれたユーザーへの共感から始まった。パーソナルモビリティの開発も、100メートル先のコンビニに行くのもあきらめていた車いすユーザーへの共感が出発点だった。

顧客やユーザーへの共感から始まるナラティブ・ストラテジーは、”共感のバトンリレー”の様相を呈する。共感のバトンは第1走者の発案者から、取り組みに関わりのあるすべての当事者を経て、アンカーである顧客やユーザーに手渡され、そこに初めて価値が生まれる。その意味で、ナラティブ・ストラテジーとは物語的な共創構造を持った戦略ということができるだろう。

現代は「VUCA時代」(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が高い時代)といわれる。過去のデータ分析にもとづく計画がトップダウンで下りてくる分析的戦略では、現場で計画と現実の乖離が起きて、社員は疲弊する。

一方、ナラティブ・ストラテジーでは、取り組みに関わる1人ひとりが、流動的な現実に対応して、自律分散的に判断し、物語を紡ぐ。その際、共感の力が大きな推進力となって、論理だけでは動かせないものを動かし、分析だけでは越えられない壁を突破する。

ユーザーが「自分ゴト」と受けとめる

本田氏によれば、企業サイドのストーリーも、ユーザー(生活者)が主人公として加わった瞬間、「わたしが主役のストーリー」(=ナラティブ)に拡張し、「自分ゴト化」し、共感が増して、ずっと長い間記憶にとどまるという。

例えば、前出のアマゾンで広報責任者を務めていた小西みさを氏が著書『アマゾンで学んだ! ストーリーが9割』(宝島社)の中で、次のようなエピソードを紹介している。

足が日本人女性の平均サイズで、商品の靴の履き心地などをモニターする社員がいた。その社員が実際に商品を試し履きして「足幅が狭い」「サイズがやや小さい」といった商品ごとの特徴を精緻に入力し、そのデータを商品ページで表示しているという。

ユーザーによる社内見学ツアーの際、「満足度を高めるためにここまでやっている」ことが伝わるナラティブの目玉として、通称「シンデレラ」と呼ばれていたその社員を登場させた。

共感リレーのアンカーであるユーザーはシンデレラからバトンを受け取り、その姿に自分を重ね、自分ゴトとして受けとめる。

顧客とどう向き合うかというパーパスを明確にし、トップ以下、第一線にいたるまで、意識のなかにエア・カスタマーの席を持ち続ける。そんなナラティブカンパニーの時代になってきた。

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提供元:アマゾンが会議でパワーポイントを使わない理由|東洋経済オンライン

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