2021.07.16
あまりに複雑「ワクチン後の世界」の人付き合い|ワクチン派vs反ワクチンだけじゃない対立続出
サンタモニカの埠頭は、マスクをしていない数千人の観光客でごった返している(写真:筆者撮影)
アメリカでは人口の約半数の48%が新型コロナワクチン接種を完了し、最低1回は接種した大人の割合は7割近くに達した。一見、マスクなしの日常が完全に戻ってきたように見えるが、そんな「ワクチン後の世界」で、「慎重派」と「自由派」の間で何が起きているのか? 現地ルポでお伝えする。
観光地はマスクなしの人で芋洗い状態
「僕たちサンタモニカの埠頭に着いたけど、いま、会えるかな?」
6月末の平日の夕方、中西部に住む友人の息子から電話があった。学校が夏休みでカリフォルニアに観光に来たと言う。すぐに海沿いのサンタモニカの埠頭に向かうと、目の前の光景に驚愕した。マスクをしていない数千人の観光客が、観覧車やジェットコースターのある狭い埠頭でごったがえし、芋洗い状態になっている。
海を目の前に興奮して大声ではしゃぐ大群衆の観光客たち。屋外とは言え、至近距離で飛沫が四方八方から飛んでくる。
こ、怖い――。反射的に慌てて鞄の中からマスクを出してつける。見回すと、数千人の大群衆の中、マスクをつけている人は筆者を含め数人だけだ。
アメリカのCDC(疾病対策センター)は今年5月13日に「新型コロナのワクチン接種を完了した人は、室内でも屋外でもマスク着用不要」と宣言。そこからアメリカはマスクなしの日常に突入し、2カ月が経過した。だが、ロサンゼルス郡では今も1日当たり500~1000人の感染者が出ており、非常事態宣言が出された東京と日々の感染者数はそれほど変わらないのだ。
筆者は、モデルナ・ワクチン接種の2回目を5月初旬に済ませたので、すでに体内に抗体ができているはずだ。だが、この近距離で、もしデルタ株の飛沫を直接浴びてしまったらと考えると、身体がこわばる。接種完了後でも、ウイルスに絶対に感染しないわけではないからだ。
待ち合わせた友人の息子とその友達は、6月の段階で国内線の飛行機に乗って旅行し、大混雑する観光地を訪れることに抵抗がない若い学生たちだ。体育会ボート部の練習で毎日鍛えている彼らは、自らの免疫力に1ミリの不安もないようで、大群衆の中でもマスクなしで白い歯全開で笑っている。
彼ら2人がジョンソン・アンド・ジョンソンのワクチンを受けたことを事前に聞いていたので、お互いハグすることに躊躇はなかったが、それでも少し緊張した。
食事をしようと周辺を探したが、海の近くのレストランはどこも超満員だ。狭い間隔で配置されたテーブルにドリンクと食事が並び、客同士の飛沫が飛びまくっている。もちろん客は誰もマスクをしていない。かろうじて空いているアウトドア席に座ると、店員が水の入ったコップを持ってきた。店員が不織布のマスクをつけていることにほっとする。
サンタモニカの埠頭ではほとんど誰もマスクをしていない(写真:筆者撮影)
ここで少しカリフォルニア州の背景を説明しておこう。州内だけで6万人以上がコロナで死亡し、昨年春に外出禁止令が出され、バーや飲食店などの営業停止のロックダウンが断続的に1年間続いた。
筆者の知人もコロナで亡くなり、ロスの街の葬儀社には対処できないほど多数の遺体が寄せられた。昨年の初夏、サンタモニカのこの道沿いには戦車が配置され、マシンガンを持つ州兵たちが道を封鎖して通行止めをし、街はゴーストタウンと化していた。
観光地では地元の「接種率」は無意味
そしていま、その同じ通りにあるバーやレストランが、観光客でごったがえしているという具合だ。
レストランでの会食が実に16カ月ぶりの筆者は、素手でメニューを渡し合うだけで緊張し、水のコップに口をつける前に、アルコール入りウェットティッシュでコップを拭いて消毒したい衝動に駆られる。しかし、そんなことをしている客はほかに誰もいないので、ぐっと我慢する。カレーと一緒に出てきたナンを3人で、素手で分けるときも内心ビクビクした。
2時間歓談して家に帰るとすぐにシャワーを浴びて身体を洗う。懐かしい彼らとの再会は心からうれしかったが、超満員のレストランで、隣の席の誰が感染者かまったくわからない中で飲食するのは、スリリングだ。
7月8日現在、統計上ではカリフォルニア州民の51%がコロナワクチンの接種を完了している。しかし、サンタモニカのような巨大な観光地では、州外や世界中から来る観光客が多く、地元の接種率があてはまらないのだ。どのメーカーのワクチンをいつ接種したかをお互い知っているほど親しい間柄の相手だとしても、大混雑したレストランでの会食は当分いいや、と筆者は思ってしまった。
現在、アメリカのバスや地下鉄などの公共交通機関では、連邦政府の規定でマスク着用が義務づけられている。だが、スーパーや小売店が客にマスク着用を義務づけるケースはぐっと減ってきた。
「自分はかなり慎重派。マスクをしていない客が多いスーパーには行かないよ」と言うのは、カリフォルニア州北部に住む60代の男性、ランディ・ゴスさんだ。ゴスさん夫妻は今年早くから「もしワクチンの打ち残りが出たらすぐ連絡して」と近隣の病院にまめに連絡し、その甲斐あって、今年3月初めには早々とモデルナ・ワクチンの2回目の接種を済ませていた。これは60代という年齢層の中でもかなり速いスピードだ。
「2度目の接種が完了した瞬間、妻と思わず万歳したよ」。リタイア生活中のゴスさんは、昨年のロックダウン中はほとんど外に出ずに過ごした。少しでも喉の様子がおかしいなと思えば、夫婦で検査場に行き、PCR検査を受けて陰性を確認した。接種済みの娘夫婦を自宅に招いて会食したのも、今年6月になってからだ。
この夏は妻と2人で国立公園などに旅行に行く予定だ。州が発行するワククチン接種証明書のデジタル版をスマホにすでにダウンロード済みで、いつでも提示できるように準備した。感染の危険がある飛行機や空港は使う気はなく、ロードトリップの足として、中古のSUVをネットのオークションで購入した。
「旅行中、泊めてもらうのは、ワクチン接種済みの友人たちの家だけ」と言う。つまり、友人の中でもワクチン接種済みの人とだけ対面で交流し、不特定多数の人が使う公共交通機関は、配車サービスのウーバーやレンタカーを含めて一切使わない。それが、慎重派を自認するゴスさんが「ここまでならOKだ」と感じられるコンフォートゾーンなのだ。
「現時点で、アメリカでは薬局やスーパーでまったく待たずにコロナワクチン接種をできるようになった。この状況でいまだに接種しないような人とは、個人的な付き合いは遠慮したいね」と彼は言う。
「マスクをしているウェイターがいや」
一方、ロス在住の40代の高校教師ケレンさんの家庭では、「ワクチン接種派」と「ワクチン拒否派」がひとつ屋根の下で共存している。「自分の身体の中にワクチンという異物を入れたくない。どんな影響があるかわからないから。他人が接種するのは自由だけど、私に接種を強要しないでほしい」と語るケレンさん。
彼女と13歳の息子、さらに70代の両親の4人暮らし。同居家族の中でワクチン接種をしたのは、彼女の父親1人だ。
「父はワクチン接種後も感染を極度に恐れていて、スーパーに買い物に行った後は、着ていた服をすぐ脱いでビニール袋に入れ、数日経ってから洗濯するほど。いったい何のためにワクチンを受けたのかと苦笑してしまう。接種した本人が、実はワクチンの有効性をいちばん信じていないんじゃないかと思う」
レストランではマスクをしているウェイターとマスクをしていないウェイターが混在している(写真:筆者撮影)
彼女が勤務する高校の教室内ではマスク着用が義務づけられているため、学校内では必ずマスクをしている。だが、学校外でのプライベートの時間には、マスク使用は最小限にしているという。
「チーズケーキの店で伯母の誕生日を祝ったけど、マスクを着用しているウェイターに給仕されて強烈に不快だった。彼は無意識に指でマスクを触って位置を調整し、その手で料理を運んでいたから。私は、マスクをしていないウェイターのほうがよっぽど安心できる」とケレンさんは言う。
飲食店内でのマスク論争には、カリフォルニア州の労働安全衛生局(CAL/OSHA)が、「ワクチン接種を完了した従業員は、職場でマスクを着用しなくてもよい」という決定を6月半ばに出した。その結果、同じレストランの中で、マスクを着用する店員と、マスクなしの店員が共存するという複雑な状況が生まれている。
マスクなしのウェイター(写真:筆者撮影)
料理を運ぶウェイターがマスクなしで客に話しかける光景を初めて筆者が見たときは、ギョッとした。これまでマスク生活に完全に慣れていたため、店員の口元が見える姿が視覚的にショッキングに映るのだ。しかし、よく見ると給仕されている客はまったく動揺しておらず、笑顔で接しているではないか。
マスクなしのウェイターは「接種完了済み」ということになるのだが、本当に接種済みなのかは、客には知るすべがない。また、マスクを着用するウェイターたちの中には、接種済みと未接種の両者がいる。そして誰がどちらなのかは、客にはわからない。この複雑な状態を許容できないうちは、「ワクチン後の世界」で外食を心から楽しむことは心理的に難しいと言える。
「ワクチン未接種者入店お断り」の店も登場
可視化するために、ワクチン接種者が「接種済み」ステッカーを自発的にシャツに貼り付けたらどうか、というアイデアもちまたではあるが、前述のケレンさんはそれには反対だ。「接種済みの人だけが目印をつけると、必然的に印をつけていない未接種者の私たちが、二級市民として扱われて、差別されてしまう恐れがある」と言う。
そんな中「ワクチン未接種者入店お断り」という看板を堂々と店頭に掲げたブティックがある。州内のニューポート・ビーチにある、グッチなどのブランド商品や洋服を売る店「ボヘミア」だ。接種済み証明書を提示した客だけのアポを受け付けて彼らを店内に入れており、店内に入ればマスク着用の必要はない。
この店の方針が地元テレビ局のニュースで報道されると「ワクチン接種の有無で客を差別するなんてひどい」という星1つの酷評が、ネットの評価サイトにずらっと並んだ。
店のオーナーを取材しようと電話をすると「留守電はセットされていません」という機械音声が流れ、電話が自動的に切れた。店のサイトにもメールアドレス記載が一切ないため連絡が取れない。何者かによる店への脅迫事件が起きたため、店側が警戒している様子がヒシヒシと伝わってきた。
ちなみに店が客に接種証明書の提示を求め、未接種者を拒む行為は、法律違反ではなく合法だ。
ほかにも「ワクチン接種者以外お断り」のポリシーを持つ組織がある。その筆頭が大学だ。
カリフォルニアの多くの州立・公立大学は、この秋学期から、全学生にワクチン接種を義務づけると発表している。資金が潤沢な東海岸のアイビーリーグの有名大学なども軒並み学生に接種を義務づけた。
「接種を義務化できるカリフォルニアの大学がうらやましい」と語るのは、アラスカ州にある大学の教員のA氏だ。「うちの大学は万年資金不足。だから、未接種の学生を拒否したら大学経営が成り立たない。もっとリベラルな州だったら義務化を強行できたんだろうけど」。
トランプ票が多かった州は接種率が低い
ちなみに、各州の新型コロナワクチン接種率は、2020年の大統領選の投票傾向と酷似しており、一般的にバイデン票が多かった州は接種率が高く、トランプ票が多かった州は接種率が低い。
共和党が常勝のアラスカ州の接種完了率は44%にとどまった。特に若者の接種率が低いのが特徴だ。対して同州のすぐ隣のワシントン州の都市シアトルは最低1回は接種した住民の比率が78%に達したと発表し、「うちは全米で最速で住民の7割が接種完了した大都市だ」とシアトル市長が豪語している。
「民主党が強いカリフォルニアに住むトランプ支持者の大学生がワクチン接種を拒否して、この秋、アラスカのキャンパスにどっと流れて転校して来るのかな?」とA氏はジョークめかして言う。
自らを「慎重派」と言う彼は、今年4月初めには2度目のモデルナ・ワクチン接種を終えているが、夏休み中に州外へ旅行する予定はない。A氏の大学は9月から対面授業を再開する予定だが、未接種の学生が多い場合は「オンライン授業のままのほうが安全だろうな」とA氏は本音を漏らした。
「ワクチン後の世界」では、接種をするかしないか、接種するならいつするか、マスクを着用するか、しないかなど、「ここまでの行動なら安心」というレベルが個人によって大きく異なる。
それは単純に「分断」という手垢のついた言葉で形容できない複雑な状況だ。職場や家族や友人間でも個々の「安心」レベルが違うため、きしみや葛藤がミクロなレベルでつねに起きる。
「ワクチン接種が終わったからもうすべて自由だ」という自由派と「ここまで用心してきたんだから、ワクチン接種後も気をつけたい」という慎重派が、同じ空間で共存を迫られる場面が日常茶飯事なのだ。また、時間が経つにつれ、「慎重派」が少しずつ「自由派」へと変容していく場合も見られ、固定的ではなく流動的な面もある。
アジア系住民へのヘイト犯罪が多発し、ロスでの抗議デモを現場で取材していたとき、デモ参加者の1人、アメリカの航空会社で客室乗務員として働くミミ・ファングさんに出会った。ファングさんは2回目のワクチン接種を受けた3月末の日にその足で抗議デモに参加し、木陰で休んでいた。
右が室乗務員として働くファングさん(写真:筆者撮影)
アジアやアメリカ内を就航する飛行機の中で働く彼女は、昨年から今年にかけ、コロナ禍の中国に到着し、最も厳格な隔離を身をもって体験した翌週に、アメリカのテキサス州に飛び、街でほとんど誰もマスクをしていないという状況を体験してきた。
両極の状態を何度も体験するうち、周囲がどんな状況でも自信を持って対処するには、ワクチン接種を完了する以外にはない、と確信したと言う。客室乗務員である彼女は、職業柄エッセンシャル・ワーカー枠で、比較的早めにワクチン接種予約の順番が回ってきたが、ワクチン予約争奪戦には苦労したと語る。
多くの人からワクチン接種を勧められたが…
彼女は筆者に「ジャーナリストとして現場取材しているなら、1秒でも早くワクチンを打つべき。零時以降の真夜中に予約サイトにアクセスすれば、空いている枠が見つけやすいから」とコツを教えてくれた。
実際に、筆者がヘイト犯罪現場や、大規模デモや、ロスの警察署のオフィスに取材に行くたびに、早くワクチンを接種したほうがいいと周囲の人から何度も勧められた。
高齢者や医療従事者や基礎疾患がある人、さらに介護、交通、販売、保育、学校教育などの分野に従事するエッセンシャル・ワーカーの接種があくまで最優先で、自分はまだだと待っていたが、気づくと自分より若い記者仲間が、「ワクチンファインダー」などのサイトを駆使して予約の空き枠を探し当て、とっくに1回目を接種済みだった。いつしか予約争奪戦に完全に出遅れていたことに気づき焦る。
やっと取れた予約は、4月3日枠で、ロスの治安の悪い地域にあるドライブスルー接種会場。奇しくも当日は全米で400万人が接種した最大記録達成の日だった。
接種会場まで20キロほどの道が、接種を受ける車で完全渋滞し長蛇の列だった。その道端には、数多くのホームレスの人々がマットレス上や路上に寝ており、さらに、ずらっと並ぶ車目当てに路肩でフルーツや家具を売る商人、ヤードセールをする住民が入り乱れている。また、隙あらば順番を横入りしようとする車がいて気が張り詰める。
3時間半ほどじりじりと長蛇の列に車で並んでやっと接種の順番が来た。接種後、会場を後にすると、笑い出したいぐらいの圧倒的な幸福感に包まれた。あと1回打てば、コロナで死ぬことはないんだ、と思うだけで、精神的に完全なパラダイムシフトが起きた。
ワクチン前を紀元前の状態だとすると、ワクチン後は、紀元後、いや産業革命後にワープしたような感覚だ。これは接種前にはまったく想像できなかった。60万人がコロナで死亡した国で、それだけ自分は不安だったのだと初めて気づいた。
「副反応は話し合わない」傾向がある
フリーランスの著者は、コロナにかかったら働けなくなるし、収入がなくなる。コロナにかかって入院したら、自分の入っている保険では莫大な医療費がカバーされないかも、というリアルな不安がつねにあった。「死」の恐怖より、むしろ金銭的な心配のほうが大きかった。
アメリカに国民皆健康保険があったり、コロナ医療費完全無料、救急車無料だったりしたら、また、会社員で有給ありという立場であれば、恐怖の度合いが違い、多幸感がここまで滝のように押し寄せることもなかったかもしれない。
ちなみに、ワクチンの副反応について、筆者の周囲では、親しい友人同士でもあまり語り合わないケースが多かった。「副反応はあった?」と聞くと「実は熱を出して2日寝込んだ」と渋々教えてくれることもあるが、こちらから聞くまで、話題にする人がまずいなかった。
筆者の周囲だけかもしれないが、アメリカでは自分の体調を事細かに説明し苦痛を表現する人は「whiner(ワイナー)」(少しのことでもぶつぶつ文句を言う人)と言われて軽蔑される可能性があるから、という傾向が多少あると思う。
国民皆保険がなく、勤務先の企業が社員の健康診断をすることはなく、まして社員の身体のデータを保有することはほぼありえない「個」中心の社会で、自分の体調や身体はあくまでプライバシーであり、他人とあけすけに共有する文化がそれほどない、とも言えるかもしれない。
そんな中で、今日も慎重派と自由派とが、きしみや葛藤の中で共存している。
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提供元:あまりに複雑「ワクチン後の世界」の人付き合い|東洋経済オンライン