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2021.02.26

レモンの「やたら深い世界」にハマった人の生活|「キリンレモン」を作る人のすごい知識


レモンの奥深い世界にはまった人。そんな人の驚くべき視点とは?(写真:iStock/oxyzay)

レモンの奥深い世界にはまった人。そんな人の驚くべき視点とは?(写真:iStock/oxyzay)

この連載では、社業を極める「オタク」たちに焦点を当てている。そこに仕事を楽しむためのヒントがあると思うからだ。

今回インタビューしたのはキリンビバレッジ商品開発研究所の宮本花野さん。90年以上続くロングセラー商品「キリンレモン」の2020年リニューアルで、味づくりを担当した。配属をキッカケに“レモンの香り”にはまり、今では見事なまでのレモンオタクに。レモンは産地だけでなく、収穫月や搾り方でも変わるという。「唐揚げにかけるときにおいしい搾り方は?」など、濃厚なレモン知識を聞いた。

“レモンの香り”には幅広いジャンルがある

キリンレモンのリニューアルは定期的に行われているわけではないが、2018年以降2019年、2020年と、このところ毎年行われている。

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2020年はブランド全体で前年比104%に伸びたという。

宮本さんは現在入社5年目。2019年よりキリンレモンの配属になり、2020年は開発リーダー兼処方開発者という立場で、味覚づくりや品質アセスメントを担当した。 “レモン歴”はわずか2年であるが、その間に得た知識量は半端ない。

──配属になってから、“レモンの香り”にはまっていったそうですが、どういったところに魅力を感じましたか?

“レモンの香り”と一言でいっても、そこには幅広いジャンルがあります。甘い蜂蜜のような香り、フルーティーな香り、少しピーリーなスパイシーな香り、白皮の苦味がある香りなどです。それを知ってから、深く興味を持つようになりました。キリンレモンに合う香りを見つけようと自分で勉強したり、さまざまなレモン味の商品に意識的に触れたりするようになりました。

キリンレモンは、ほかの飲料に比べて原料がとてもシンプルなので、香りが印象をつくります。ですので、香りに注力して、そこからおいしくしていきたいと考えました。

キリンビバレッジ・商品開発研究所の宮本花野さん(写真:宮本さん提供)

キリンビバレッジ・商品開発研究所の宮本花野さん(写真:宮本さん提供)

──レモンを知るために、まず、なにをしましたか?

レモンシロップを自作しました。薄くスライスしたレモンを漬けたものを、炭酸で割って飲みます。これをやっていたら、産地、収穫月、皮の色みの違いで、味も香りもまったく異なることに気づきました。これは面白いかもしれないと思い、瀬戸内、和歌山、シチリア、カリフォルニアなど、いろいろ集めて試しました。

──産地で味が変わるのは想像できるのですが、収穫した月でも違ってくるものですか。

まったく違います。レモンの収穫期はだいたい9月から3月です。9月から10月は早摘みと言われていて、少し青みがかった、ピーリーというかスパイシーな香りが強いのですが、3月になると、少しオレンジっぽいようなジューシーな香りが出てきて、みずみずしい果汁感がでてきます。ひと月違うだけで、かなり印象が変わります。

レモンの香りは、切り方や搾り方でも変わってきます。皮が多めの切り方や、実が多めの切り方にして嗅いでみると、意外に違います。搾り方では、レモンを半分に切ったあと、断面を上にするか下にするかでも変わります。南半球搾りといって、断面を上に向けて搾ると、皮のいい香りがして爽やかな雰囲気が出ます。それを唐揚げにかけるとおいしいですよ。手はぬれてしまいますが。

コンビニでレモンサワー全種を買って昼から飲む

──レモンシロップつくり以外には、どんなことをしましたか?

レモン味の商品をいろいろ食べました。他社のレモン系の炭酸飲料だけでなく、レモンサワーやレモン味のお菓子をかき集めてきて、食べたり飲んだりしました。毎週のようにコンビニに行って、とくにサワーはいろんな種類があるので、あるものすべて買ってきて、土日だと昼間から飲んだり。友達と会うときはレモネードショップやレモンサワー専門店を必ずコースに入れてもらいました。元々はビール派でしたが、がぜんレモン派になりました。1杯目はレモンサワーです。

──レモン味の商品というと相当数ありそうですが……。なにか傾向はありましたか?

最近はやっているのは“本物感”かと思います。飲み物だと、今までは疑似レモンといいますか、蜂蜜っぽさや甘みがある商品が多かったのですが、いまは“レモン丸ごと感”のようなものが多いと思います。お菓子やアイスだと昔のタイプの、蜂蜜っぽく甘いものが多いですね。

ロングセラーの仕事はつまらないと思っていたが…

──レモンの知識をたくさん持ったとしても、ロングセラー商品はあまり自由には変えられないと思います。つらいと思ったことはありませんでしたか?

キリンレモンは長く続くブランドなので、責任を重く感じました。開発リーダーをやらせていただいてはいますが、そうはいっても入社して5年です。90年前のDNAを守りつつ、キリンレモンのおいしさを多くのお客さまに届けるためにはどうしたらいいだろうということは苦労しました。

私は、飛び抜けた味というか、変わった味を作るのが元々好きなんです。試作品はだいたい1回に5~6種類ほどマーケティングに提案するのですが、そのときに、もしかしたらダメと言われるかもしれないけれどと思いつつ、自分のオリジナルを入れていました。毎回はずされていましたが、負けずにやっていました。

──あまりに大きいブランドで、個人ができることの余地が少なく、仕事がつまらないと感じたことはなかったですか。

正直、つまらないのではと思っていました。けれども、取り組んでみると、やることがたくさんあるんです。レモンエキスをもう少しアレンジしたほうがいいのではとか、常温でもおいしく飲めるためにはどうしたらいいのだろうとか、炭酸をよりきめ細かい泡にするにはどうしたらいいのだろうとか、香り以外でも課題はたくさんあります。そういったところを発掘して、仮説を立てて、試作をして、改善していくというのはとても楽しいです。

砂糖の量を0.01%変えただけでも味のバランスや印象は変わってきます。私は面倒くさがりなので、最初はおっくうだと感じていましたが、そういう細かいところまで突き詰めると、実はおいしいポイントが眠っていたりします。後悔するのも嫌なので、本当に細かいところまで妥協せずに確認してやるようにしていました。

“晴れ感”とは? 想像する味がメンバーで異なり対立

──先ほどから「ピーリーな香り」「果汁感」などたくさんの味覚を表現する言葉が使われていますが、具体的には想像しづらいかもしれません。言葉で味を伝える苦労というか、社内のコミュニケーションで困ったことはないですか?

マーケティング部と開発部で「元気になれる爽やかなレモン」の意味合いで“晴れ感”という共通ワードを置いていました。これがすごく抽象的なワードで「鼻にスーッとくるようなもの」を想像する人もいれば、「切りたてのフレッシュなレモン」を想像する人もいて、人それぞれ認識がまったく異なっていました。そのせいで味づくりが止まってしまうほどに、険悪になったことがありました。

これはもう農園に行って実物を見るしかないと考えて、瀬戸内にメンバーを連れて行きました。場所を借りて、朝から晩まで摘みたてレモンを切ったり搾ったりして、ワークのようなものを行いました。

摘みたてから1時間たっただけで、香りはまったく違います。また、同じ木でも日の当たり方によって違ってきます。いろいろ体感して、議論を重ねて、そこでようやく全員共通の“晴れ感”を見つけました。

──実際に体感して認識を共有したのですね。ほかにも工夫していることはありますか?

レモンの香りは、香気成分レベルに落とすと300種類くらいあります。これをすべて覚えるのは無理ですが、飲料として必要な成分は絞られてきます。ここにわかりやすいあだ名をつけています。例えばレモンが劣化するとメンマのような味がしてきます。ここに「メンマ臭を下げたい」といった共通ワードができると、次の改善につながりやすくなります。

──メンマ臭! そうして言語化できると伝わりやすそうです。最後に、キリンレモンは以前から瀬戸内のレモンエキスを使っています。いろいろなレモンを味わってきて、やはりいちばんおいしかったからですか?

キリンレモンには独自性があって、果汁感だけではなく、ピール部分、外皮の部分、薄い皮の部分といろいろなレモンの香りが凝縮されているのが大事だなと、ほかを見てその大切さに気づかされました。結局は、キリンレモンには「瀬戸内がいい」「本物のレモン感がいい」という結論に至ります。

それで、瀬戸内のレモンがおいしかったので、個人的にレモンの木のオーナー権を買いました。コロナでなかなか瀬戸内には行けませんが、農家さんがレモンを送ってくれるので、今も自宅で研究しています。今は、開発はしていないのですが、そういったところは続けてやっています。

第一印象では物静かに見えた宮本さんだが、レモンのこととなると話が止まらない。とくに香りを表現する言葉の多さには圧倒された。「神は細部に宿る」というが、彼女はその神を見つけようとしているようにも思える。南半球搾りで味が変わるかなどうまく感じ取れる自信はないが、今度試してみようと思う。

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提供元:レモンの「やたら深い世界」にハマった人の生活|東洋経済オンライン

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