2020.12.17
クリスマスの代表的菓子「パネットーネ」の正体|イタリアでなぜこんなにも愛されているのか
イタリアでクリスマス時期に食べるお菓子といえば「パネットーネ」。12月に入り、トリノのお菓子屋さんにもスーパーにもパネットーネがずらりと並ぶようになった(筆者撮影)
イタリアで、クリスマスに伝統的に食べられてきたお菓子といえば、各地にいろいろなものがある。それは日本のお正月に、地方それぞれのお雑煮があるのと同じように、地方色にあふれている。
これがストゥルフォリ。ナポリの有名菓子店では、一人前用のスモールポーションも売られているし、家庭で自家製する人も多い(写真:Piazza Italia)
例えばナポリ出身というシニョーラ(奥さん)に教えてもらった「ストゥルフォリ」は、南イタリア地方、特にナポリで食べるクリスマスのお菓子だ。小麦粉と卵、砂糖、ラードとレモンの皮のすりおろしで作った生地を小さな玉にして油で揚げてから、蜂蜜に絡めて山のように盛り上げたり、またはドーナツのような型に固める。そしてドライフルーツやカラースプレーなどで飾り付ける。
素朴なおいしさで、次々とつまんで食べ続けてしまう、そんなお菓子だ。バターやオリーブオイルではなくてラードを使い、レモンの皮で風味をつけるあたりはいかにも南イタリア、そして砂糖でなくて蜂蜜を使っているのは、アラブ文化の影響を濃く受け継いでいる地域ならではのお菓子だ。
イタリアのクリスマス菓子といえば「パネットーネ」
郷土菓子が各地方で楽しまれる一方で、イタリアのクリスマス菓子の全国的スターといえば、なんといっても「パネットーネ」だ。日本にも少しずつ輸入され紹介されているのでご存じの方も多いかもしれないが、卵とバターたっぷりの発酵生地の中にドライレーズンやオレンジピールなどが入ったドーム型のケーキだ。クリームのデコレーションなどないから、甘いパン、と言ったほうがイメージは近いかもしれない。
背の高いパネットーネ。縦に何等分かにカットして食べる(筆者撮影)
サイズはだいたい1キロ、または750グラム程度で、ミラノタイプと呼ばれる背の高いタイプは、20センチぐらいの高さがある。背が低めのタイプもあって、そちらは表面に砂糖とヘーゼルナッツパウダーで作ったコーティングがされ、アーモンドが飾ってあったりする。
イタリア人たちはこれをクリスマスシーズンに入ると同時に買い始め、朝食に、おやつに、デザートに、クリスマス本番までの間にいくつも食べまくる。お世話になった人への年末の贈り物にもする。そしてもちろんクリスマス当日には、マスカルポーネチーズで作ったクリームを添えたり、スプマンテと一緒にお祝いしながら食べる。
「金色のパン」という意味のパンドーロ(写真:筆者提供)
かたや、イタリアクリスマスケーキ全国バージョンのもう一方の雄が「パンドーロ」だ。こちらも発酵生地をふんわりと高く焼き上げたものだが、中には何も入っていない。買ってきて食べる前に粉糖をふりかけるというシンプルタイプだ。ドライフルーツが苦手だから私はパンドーロ派よ、というイタリア人も結構多い。そしてみんな、パンドーロにせよパネットーネにせよ、お気に入りの店やブランドがあったり、毎年毎年、今度はあそこのを買ってみよう、などといろいろ楽しみにしている。コロナでステイホームな今年は、手作りに挑戦している人もいるらしい。私の知人でもすでに2人がパンドーロを作ったと写真を送ってきた。
パネットーネ誕生の由来は?
パネットーネは、ミラノを統治していたスフォルツァ家で生まれたといわれている。スフォルツァ家はピンとこなくても、ミラノのスフォルツェスコ城の主人、元々は傭兵隊長としてヴィスコンティ家に仕え、後にミラノ公爵になったファミリーといえば、少しイメージがしやすいだろうか?
ある年のクリスマス前夜、スフォルツァ家の厨房で、料理長がクリスマス晩餐の準備をしていた。ところがこの料理長、準備していたケーキを焦がしてしまう。さあ困った。と、そのピンチを救ったのが、トニーという見習いコックの青年だった。
おいしいパネットーネはこんなふうに生地が高く高く、上に膨らんでいる(筆者撮影)
自分の家でクリスマスに食べるため取っておいたパン用の母種に、急遽、粉や卵、砂糖、干しぶどうなどを加え、ふっくらと発酵させておいしいデザートパンを焼き上げたのだ。ダ・ヴィンチを自分の宮廷に招いたことでも知られる時の当主、ルドヴィーコ・スフォルツァが、あまりのおいしさに「トニーのパン」と呼び、賞賛を与えた。トニーのパン、ミラノ地方の言葉で「パン・デ・トニー」が、時を経てパネットーネとなった。
これが、いくつもあるパネットーネ誕生にまつわる伝説でいちばん有名なものだ。実際には1300年代の終わり頃まで、ミラノ地方ではクリスマスの時期にだけ小麦粉のパンを焼くことが許されていたという記録があって、それがそもそものパネットーネの始まりといわれている。スフォルツァ家でも、12月24日の夜には小麦粉で作ったパンを暖炉の前で家長が切り分け、家族や使用人たちに配るというのが習わしだったそうだ。
中世の時代は今よりもっと寒くて、北イタリアでは小麦粉は貴重な食材だったから、小麦粉のパンはとてもごちそうだったというわけだ。日本がお正月に、晴れの日のごちそうとしてお餅を食べるのに、やっぱりちょっと似ている。ミラノ方言で「クリスマスのパナトン」と呼ばれていたものが、時を経て「パネットーネ」になった、というのが本当のところらしい。その頃にはまだ発酵種は使われておらず、普通のパンのように丸く平べったい形をしていたそうだ。
20世紀に入り、今では大企業となったパネットーネ会社「モッタ」の創業者がレシピと紙でできた型を開発し、今のような背高のパネットーネが生まれた。その紙の型のアイデアは、実はパネットーネより先に生まれていた、もう一つのクリスマスケーキ「パンドーロ」から得たというからおもしろい。
現在はスーパーでも気軽に買える
そんなパネットーネたち、現在ではスーパーマーケットに山積みになる10ユーロ(約1270円)以下のものから、高級パスティッチェリア(菓子店)で手作りされた30ユーロ(約3800円)も40ユーロ(約5000円)もするものまで、ピンキリだ(値段は一般的なサイズ750グラムか1キロのもの)。大量生産の安いものはおいしくないとは断言できないし、高いもの=おいしいとも限らないのだが、材料を厳選し、手をかけて焼き上げたパネットーネは、やはりとてもおいしい。
トリノの人気店のパネットーネ。値札には1キロ40ユーロと書かれている(筆者撮影)
最近は特に「パネットーネ・アルティジャナーレ」がブームらしい。アルティジャナーレとは、職人の手作り、というような意味で、つまり機械による大量生産ではないということ。一流のパティシェやお菓子を得意とするシェフたちが、独自のレシピを工夫し、しのぎを削って作っている。おいしいパネットーネを作れるかどうかは、イタリアの菓子職人の間では「最後の戦い」というほど難しいといわれていて、自分の個性を込めたおいしいパネットーネを作り、評価されることは、トップパティシェの誇りなのだ。
細かいデコレーションも難しい形もしていないのに、最後の戦いといわれるのはなぜか。それは卵、バター、砂糖たっぷり、おまけに干しぶどうやオレンジピールもたっぷり入った重たい生地を、天然酵母の力とオーブンの火入れだけでふんわりしっとり、高く高く焼き上げるには、さまざまな知識や経験がなければできないからだ。
そんなに難しいというなら、やってみようじゃないの。と、私はここ数年、クリスマスの時期に何度かパネットーネ作りに挑戦している。
マウロ・モランディンさん(筆者撮影)
今年の2月、コロナ禍が始まるほんの少し前には、「パネットーネの神様」「発酵のマエストロ」とも呼ばれるマウロ・モランディンさんに、取材と称して3日間弟子入りした。マウロさんが100年以上ずっと継ぎ足して使っている母種を分けてもらって家に帰り、彼のレシピ通りに作ってみた。
読者の皆さんにも、マウロさんが教えてくれたパネットーネ作りの流れを簡単にお見せしたいと思う。
マウロ流「パネットーネの作り方」
1)パネットーネに適した天然酵母は、毎日のように粉を足しこね直してリフレッシュし、適正な温度下で管理しないと菌が死んでしまう。長いこと留守にすることもできないから、旅行やバカンスにも行けない。
型に入れる前のパネットーネ生地(筆者撮影)
2)マウロ流パネットーネ作りは2.5日かかる。1日目の朝、母種のリフレッシュから作業は始まる。3時間おきに3回繰り返し、天然酵母のパワーを最大限に持っていく。その時点ですでに夕方。その母種に粉、砂糖、バター、卵を加えて、第1の生地を仕込む。翌朝までおく。
3)2日目の朝になると、前夜の生地が3倍に膨らんでいる。その生地に、再度砂糖や卵やバター、そしてドライフルーツ類を加え、こね上げる。型に合わせて計量し、丸くまとめて型に入れ、再度発酵させる。発酵が終わると2日目も日が暮れている。
4)オーブンに入れて焼き上げる。マウロさんのオーブンは、昔、窯に薪をどんどん燃やして温度を上げた後、ゆっくり温度が下がっていく中でパンを焼き上げたような、そんな優しい火入れができるよう特別設計されたもの。私の家庭用オーブンでは、この火入れがいちばんの難関だった。
生地がしぼまないように、逆さまに吊るして冷ます(筆者撮影)
5)焼き終わったら、高く膨らんだ生地がしぼまないように、逆さまに吊るし12時間ほどおいて冷ます。
結論からいうと、これはプロに任せたほうがいい、ということがわかった。できがそんなにひどかったわけではないけれど、どうせ食べるなら「そんなにひどくない」ものではなく「すごくおいしい」ものが食べたいから、プロにお任せしたほうがいいと思ったのだ。でも実際に作ってみて、本当にプロの仕事のすごさ、苦労と努力と労力の大きさがわかった。私たちが5分で食べてしまうパネットーネの一切れに、どれだけの仕事が込められているのかがわかると、日本でパネットーネに出合ったときにも、よりありがたく、よりおいしく、堪能できるのではないだろうか。
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提供元:クリスマスの代表的菓子「パネットーネ」の正体|東洋経済オンライン