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2020.08.17

イソジンを買いに走った人に致命的に欠けた力 │インフォデミックで情報の真価を見極める方法


新型コロナウイルス感染拡大による不安で、世の中の医療情報は錯綜しています(写真:metamorworks/PIXTA)

新型コロナウイルス感染拡大による不安で、世の中の医療情報は錯綜しています(写真:metamorworks/PIXTA)

新型コロナウイルス感染拡大により、全世界の人々の社会生活や経済が大きな影響をうけています。そんな中、医療情報に関しても、多くの情報が錯綜するとともにあふれており、どれを信じてよいのか、誰を信じてよいのかと悩まされている声を頻繁に聞きます。

8月4日夕方にも、友人より「医者だからイソジンうがい薬を手に入れられないか」との問い合わせがありました。「10年以上イソジンうがい薬を処方したことはないよ。なぜ?」とたずねると、「大阪府の吉村洋文知事が、うそみたいな本当の話として、ポビドンヨードの入ったうがい薬がコロナの特効薬だとテレビで話していた」というのです。

「いや、そんなのは、デタラメだから信じないほうがいい」と返答してみたものの、気になってネットで調べると、すでにイソジンうがい薬は店頭から消え去り手に入らないとの記事が出回っていました。「○○が健康にいい」とテレビ番組で紹介されると、それがすぐに売り切れて店頭から消えるという既視感のある現象が起きていたのです。

科学的根拠がなく、医学的な常識に合わない

わたしが「そんなのは、デタラメだから」と答えられたのには、次のような考察ができたからです。まず、医療情報はエビデンス(科学的根拠)の積み重ねの上に成り立っています。ですから、1つの情報について「科学的常識に合うか合わないか」で、ふるい分けられるのです。

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加えて、それが「誰によって、どのような形で発せられたのか」をみます。さらに、その情報は「何を目的に発信されているか」を推測します。そのうえで、「科学的なエビデンスに基づいているものかどうか」、情報の内容を吟味することになります。

今回のイソジンうがい薬の件に当てはめてみると、当初の発表は医学的な常識と合いませんでした。2005年の『American Journal of Preventive Medicine』という学術雑誌に、京都大学川村孝教授(当時)らが、ポビドンヨードのうがいは、水でのうがいに比べてむしろ風邪にかかりやすくするという結果を報告しています。

そのことは、多くの臨床医の間で常識となっています。だから、これまでもポビドンヨード液を処方することはせず、他のうがい薬を処方してきましたし、水でうがいするだけで十分であることを伝えてきました。

川村氏の研究は、無作為にグループを分けてうがい液の効果を観察するという科学的にしっかりとした方法で行われており、アメリカの学術雑誌に発表されていることを踏まえても、信頼性が高いものです。通常医師は、このような科学的根拠を大切にして日常の臨床にあたっています。ただし、以前は正しいとされていた内容が、その後ひっくり返されることもあります。

そのため、以前からの常識と異なる結果が発表されれば、どちらを信じるべきか吟味しなければいけません。その際にも、「学会で報告された」という段階であれば、そういうことを報告する人もいるのだという程度で受けとめます。

最終的に一流の学術雑誌に掲載された時点で、今までの医学常識が間違っているかもしれないと考え、新しい論文を精読し吟味します。一流の学術雑誌に掲載されているということは厳しい審査を通り抜け、専門家の間で行われる質疑応答を経ているからです。ですから、学会での報告時点でマスコミに取り上げられていても、まだ信用できる情報とは言えません。

今回のイソジンうがい薬の件は、専門家が集まる学会で報告されたわけでもなく、大阪府知事がフライング気味に発表したものであり、多くの臨床医は首を傾げています。このようなときは、「情報を発信した人は、そのことによりどのような恩恵(利益)を得るだろうか」「何を目的に発信しているのか」という目で、起きていることを見ることが重要です。

「期待」とともに広がる情報発信の罪

たとえば私は次のように推察しました。大阪府知事が情報をテレビで発信したのは、市民からのウケがよくなることを期待してのことでしょう。テレビ局などがこぞってこの情報を発信したのは、視聴者(お客様)である市民の側に、「何か特別の薬が、新型コロナ感染拡大という大きな問題を解決してくれる」という期待があるからでしょう。

テレビ局などのマスコミが、市民の期待に応える形で、有効なワクチンや特効薬が短期間に開発され、今にもあらわれるかのように報じることは、市民が現実から目を背けることを後押しすることになると私は思います。

大阪府知事は今回の発表について、研究の推進と協力を求めるためだと言い訳していますが、むしろ、このことによって、研究は停滞することになるのではないかと懸念しています。なぜなら、ポビドンヨード液がよいという結論が先にありきで研究を進めることになってしまい、従来コントロール群(例えば「うがいしない」や「水でうがい」)に入っている人が、研究に参加することを拒否する可能性があるからです。

そもそも、公表された大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センターの研究計画を見ると科学的な根拠が弱く感じられます。ポビドンヨード液でうがいをしたところ唾液中のウイルス量が減少したという結果を根拠に、重症化を予防したり、他者への感染を予防したりするのではないかとの推論には論理の飛躍があるように思います。

科学的な研究は本来、過去の論文を積み上げた先になされるものです。ポビドンヨードのうがい薬がコロナ対策としてよさそうだと考えた場合でも、科学的な方法にのっとり、適切な統計処理がなされ、新しい事実として学術雑誌などに報告されたものでなければ、今回の会見のような形で発表されるのは望ましくないし、マスコミも取り上げるのは適切ではないと考えます。

長期間、大人数が対象となる感染予防の考え方

新型コロナウイルスの感染予防は、今後年単位の長期間のものとして考えねばならず、対象となる人も一般市民全体と大人数になります。ポビドンヨード液の副作用として、ショックやアナフィラキシー(呼吸困難、不快感、浮腫、潮紅、じんましん等)などの発症は0.1%未満と発表されていますが、分母が大きくなれば無視できません。

ポビドンヨード液を使用すると、血中ヨウ素濃度が高くなり甲状腺機能にも影響をもたらす可能性があります。咽頭の常在細菌が消失するため、かえって健康を害する結果になる可能性も指摘されています。万が一、年単位で数百万人もが使用すれば、稀な副作用も無視のできないものになります。

幸い、その後の新聞などの報道では、科学的なエビデンスが十分でないと解説が付け加えられています。しかし感染拡大が続く現状を考えると、今回のような不確実情報が瞬く間に全国に広がり、人々の行動に影響を与えてしまうようなことが繰り返されるのではないかと危惧しています。情報に振り回されることなく、しっかり情報を吟味して行動できる人々が増えるよう、反省する機会としてとらえることが必要でしょう。

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提供元:イソジンを買いに走った人に致命的に欠けた力| 東洋経済オンライン

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