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2019.06.10

老後の資金が不足する問題にどう対処すべきか |家計貯蓄の減少、欧州に年金改革のヒント


老後の生活を安定させるだけの資金を確保するのはたいへんです(写真:プラナ / PIXTA)

老後の生活を安定させるだけの資金を確保するのはたいへんです(写真:プラナ / PIXTA)

厚生年金および国民年金は、法律によって少なくとも 5 年に1度財政検証を行うこととなっており、今年はその年に当たる。検証結果は遠からず発表されるはずだが、前回の検証以上に厳しい結果になると予想されており、老後生活を維持するために自助努力がより強調されることになるだろう。

こうした中で、金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループの「高齢社会における資産形成・管理」報告書が公表された。報告書は、高齢夫婦無職世帯(夫65歳以上、妻60歳以上で収入のほとんどが公的年金)では家計収支は平均で月約5万円の赤字で、20年生きるとすれば1300万円、30年では2000万円の資金が必要になるとしている。さらに、介護や住宅のリフォームなどの出費の可能性や、今後退職金の縮小が続く可能性などを挙げて、用意すべき資金はより多くなることを指摘している。

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この連載の過去記事はこちら ※外部サイトに遷移します

高齢夫婦無職世帯の家計収支が5万円の赤字というのは家計調査(総務省統計局)の2017年の結果によるものだが、最新の2018年の結果によると、収支は平均で毎月4万1872円、年間約50万円の赤字だ。

これをベースにすると、20~30年分として必要な資金は1000~1500万円程度となって、金融庁の報告書の試算より減少するが、それでもかなりの資金を用意しなくてはならないことには変わりがない。

老後に必要な資金を貯蓄できている人は少ない

大きな問題は現在でも老後に必要となる資金を貯蓄できている人は少数派だということだ。2018年の高齢夫婦無職世帯の保有貯蓄額は平均で2344万円なので、老後を支えるために必要な貯蓄を保有しているように見える。しかし、身長や体重は平均値付近に多くの人が分布しているが、家計が保有する貯蓄額の平均は高額貯蓄者が引き上げている形で、多くの世帯の保有する貯蓄額は平均よりも少なくなっている。

図は2人以上世帯を世帯主の年代ごとに、貯蓄額の少ない世帯から順に並べて、同数の5つのグループに分け、各グループの平均を見たものだ。高齢の世帯は若い世帯に比べて貯蓄額が多く、世代別の保有貯蓄額の平均は20代では384万円だが、60代では2327万円となっている。しかし、真ん中のⅢ分位の世帯の平均貯蓄額は60代でも1528万円で、平均の2327万円を大きく下回っている。これは、最も保有貯蓄額が多い第Ⅴ分位の世帯の平均貯蓄額が6437万円となっていて、平均を押し上げているからだ。

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用意しなくてはならない資金額が膨らむ原因は、報告書が指摘しているように「長寿化でこうした蓄えはもっと多く必要になる」ということだけではない。何歳まで生きられるのかは誰にもわからないという、予測が困難だという問題もある。予想外に長生きすることができたとすると、30年分の資金を用意しても不足してしまう恐れがある。

人々が「予想外に長生きする」という不確実性に備えようとすると、平均余命よりも長い期間生活できる資金を蓄えようとすることになり、現在の消費を大きく削減する必要が出てくる。ところが現在の消費の減少は、日本経済の活動水準を低下させてしまうので、所得の減少を招き、結局は家計が計画しているだけの貯蓄ができないという問題を引き起こす。マクロ経済学で必ず習う、「倹約のパラドックス」が起こってしまうのだ。

自分が平均よりも長生きするかも知れないという問題に全員が対処するのは実はムダなことだ。多数の人のリスクと資金をプールしてしまえば、その集団の中で平均よりも長生きする人と、平均より短命に終わる人がいるので、生涯に必要な資金が相殺される。これが社会保険の仕組みで、あまり強調されることはないが、社会全体では不必要となる貯蓄を削減できるという効果もある。

高齢化で日本全体として貯蓄は取り崩されていく

GDP(国内総生産)統計であるSNAの家計貯蓄率は、1990年代に入って大きく低下してきたが、この主因は人口構造の高齢化が進んだことだと考えられている。以前にもこの連載で説明したことがあるが、家計貯蓄率としてわれわれがよく目にする数字には、もう1つ、総務省統計局が発表している「家計調査」の数字がある。家計調査の数字は2人以上の勤労者世帯のもので、正式には「黒字率」だが、マスコミ報道や調査機関のレポートでは、家計貯蓄率と呼ばれることが多いので注意が必要だ。

2つの貯蓄率には、いくつかの定義の差があるので水準も違っている。家計調査の貯蓄率は会社などに雇用されている人の世帯を対象としているので、無職世帯が含まれていない。SNAの貯蓄率にはすべての消費者が含まれるので、高齢化、すなわち貯蓄を取り崩す年金生活者の増加による貯蓄率の低下がはっきり表れている。

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日本の高齢化は進行速度も速く、かつ今後予想される高齢化の水準も他の先進諸国よりも高い。しかし、高齢化自体は先進諸国のみならず、多くの新興国でも起こっていることだ。1995年以降の欧州主要国の家計貯蓄率を見ると、英国、イタリアでは低下傾向が見られるが、フランス、ドイツではほとんど横ばいだ。

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日本ほどの速度ではないものの、高齢化の進展は先進国共通の現象である。65歳以上人口の割合は、ドイツでは1995年の15.4%から2017年には21.2%に上昇し、フランスでは14.8%から19.2%に上昇している。

高齢者の就業と私的年金の拡充は効果がある

高齢化が進んでいるにも関わらずドイツやフランスで家計貯蓄率が低下していない原因の1つは、高年齢者の就業が増えたことだ。第1次石油危機ごろから、欧州では若年失業者が大きな問題であったために、年配の労働者を早期に退職させて若年失業者を減少させようとする政策が行われてきた。しかし、人口構造の高齢化が進む中で、社会保障制度の収支問題や労働力不足問題への対処が課題となり、企業に対する高齢者の雇用促進、高齢者に対する就労促進を行う方向へと政策転換が行われている。

ドイツでは老齢年金の支給開始年齢が2012年から2029年にかけて、65歳から67歳に引き上げられている。このため、55歳~64歳までの就業率は大きく上昇している。フランス、イタリア、英国はドイツほど大きなものではないが、この年齢層での就業率の上昇がみられる。

もうひとつは、公的年金から私的年金を拡充する方向に政策が転換していることだ。例えばドイツでは、公的年金の給付率引き下げによるマイナス分を補完するために個人が払い込む年金保険料に直接・間接の補助が与えられる「リースター年金」が、2001年の改革で導入された。これがSNAでは、現役世代の家計貯蓄を増加させて、家計貯蓄率を押し上げる効果を持ち、貯蓄を取り崩す高齢者の増加による貯蓄率低下を相殺する効果を持っていると考えられる。

日本の家計貯蓄率は、消費税率が引き上げられる前に駆け込みで家計消費が増加したために大きく落ち込んだが、その後持ち直している。日本でも、つみたてNISA、iDeCo(個人型確定拠出年金)など、個人で老後資産を用意する制度の整備が進んでいる。このため、比較的所得水準が高い世帯ではこれらの制度を利用した貯蓄が促進されている可能性が高い。

日本でも勤労者世帯の中で相対的に貯蓄率の低い世帯主年齢60歳以上の割合が高まっているにも関わらず、勤労者世帯の貯蓄率が2015年以降顕著な上昇を見せている。これは、欧州主要国のように公的年金から私的貯蓄へのシフトが日本でも起こりつつあり、世帯主年齢60歳未満層の家計貯蓄を押し上げていることが原因である可能性がある。

低所得で貯蓄ができない人への対策も必要

高齢夫婦無職世帯の家計収支は平均で4〜5万円程度の赤字であるが、個々の世帯では現役時代に用意できた資金によって赤字額はかなり異なっている。同じ所得を得ていても、若い時代の生活を楽しみたい人と、余裕ある老後生活のために若い時に節約する人では、退職するまでにどの程度の貯蓄を形成できるかが異なってくる。

貯蓄の最も大きな制約要因は、所得水準だろう。貯蓄に回せる資金の差が40年以上にわたって積み重なった高齢者の貯蓄残高の差は、毎年の所得額の差に比べて大きなものになる。公的年金制度を維持するために、年金の平均的な支給水準を引き下げて自助努力を求めることはやむをえない。だが、所得水準の差によって老後生活水準の格差が拡大してしまうことへの対策も不可欠ではないだろうか。高齢者内部で所得再分配機能が働くように税制を調整することや、現役時代の老後準備に適用される諸控除の総枠に上限を設けるなどの工夫が求められる。

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半減案も浮上、「専業主婦の年金問題」の核心

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提供元:老後の資金が不足する問題にどう対処すべきか| 東洋経済オンライン

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