2018.03.15
「激しいスポーツと認知症」の意外に深い関係│米国ではアメフト選手の告発映画も話題に
アメフト選手に若年性認知症が多いという映画も話題になった(写真:fstop123 / iStock)
わが国の認知症患者は予備軍も含めると900万人以上、2025年には1300万人と推定されている。認知症は高齢者の病気と思われがちだが、40代、50代の患者も珍しくはない。64歳以下の認知症を若年性認知症と呼んでいるが、その数は4万人弱で男性に多い。
原因はさまざまだが、最近、注目されているのがスポーツなどによる頭部外傷だ。頭に強い衝撃が加わることで、将来認知症発症リスクが高まるという。日本ではあまり知られていないが、米国ではアメフト選手に若年性認知症が多く、社会問題となっている。2015年にはこのことをテーマにした映画『コンカッション』(脳震盪)(主演ウィル・スミス)がゴールデングローブ賞にノミネートされたほどだ。
私は大学病院のメモリークリニック(もの忘れ外来)で、認知症やその予備軍の患者さんを診察しています。最近、40代、50代の働き盛りの方が「もの忘れがあるが、認知症ではないか」と心配して受診するケースが目につくようになりました。
親の認知症を心配こそすれ、自分の認知症を心配する年齢ではないのですが、この世代にも認知症への関心が高まっているのだと思います。
実際、ある調査では、40代以上で「いちばんなりたくない病気」と「いちばん知識のない病気」のトップは認知症という結果が出ており、今や認知症はがんと並んで恐れられる病気といってもいいかもしれません。
脳の病気、主に認知症の研究と診療に携わって25年が経ちましたが、この20年間で認知症の発症メカニズムがだいぶ解明されてきました。しかし、まだわからないことも多く、特効薬の開発には至っていません。現段階では、認知症はいったんかかったら治すことができない進行性の病気なのです。
認知症は脳に特殊なごみが蓄積するのが原因
認知症は高齢になればなるほど増加するため、65歳以上を認知症、それ以下で発症する場合には若年性認知症と呼んでいますが、年齢によって分けただけで、発症メカニズムなどは基本的には同じです。
認知症には、アルツハイマー病、脳血管性認知症、レビー小体型認知症など複数のタイプがあります。認知症全体では最も多いのがアルツハイマー病です。若年性認知症に限れば、脳血管性認知症がトップで次にアルツハイマー病、3番目に頭部外傷です。
若年性認知症の原因となる疾患〈図のクレジット〉出典 若年性認知症ハンドブック(平成25年度版)※本図は用語統一のため一部改編しました
近著『認知症 専門医が教える最新事情』でも詳しく書いていますが、認知症の原因は、脳内に特殊なたんぱく質(いわゆる脳のごみ)がたまることです。
『認知症 専門医が教える最新事情』 ※外部サイトに遷移します
アルツハイマー病では最初にベータ・アミロイドというたんぱく質がたまり、次にタウというたんぱく質がたまります。レビー小体型の場合は、アルファ・シヌクレインが蓄積します。脳血管性は脳卒中が発症の原因となりますが、アルツハイマー病を合併することが多く、同様に脳のごみの蓄積が見られます。
この脳のごみの蓄積が脳神経にダメージを与え、記憶力や判断力、理解力などさまざまな認知機能の障害を引き起こし、日常生活に支障をきたすようになるのです。
残念ながらいったんダメージを受けた脳神経は元に戻すことはできません。そのため、ダメージの原因である脳のごみの蓄積をできるだけ少なくすることが重要なのです。
米国のアメフト選手を襲う若年性認知症
では、ごみの蓄積はどうすれば少なくできるでしょうか。
ひとつは、認知症になるリスクが高い病気を予防することです。主なものに40代になると増えだす身近な病気があります。たとえば糖尿病。この病気の人の認知症罹患リスクは約2倍、血管にダメージを与える中年期の脂質異常症ではリスクが2~3倍になります。その他、うつ病や慢性的な睡眠不足、難聴や歯の喪失などもリスク要因です。特に、うつ病との関係は深く、認知症の初期の症状としてうつ状態があります。60歳未満でうつ病の経験のある人は、認知症リスクは約4倍という調査もあります。
若年性認知症の分野で、最近問題になっているのは、くり返される頭部外傷のリスクです。スポーツ選手が転倒や打撲などで頭部に強い衝撃を受け、ときには脳震盪を起こすこともありますが、こういった頭部外傷が将来認知症のリスクにつながるのではないかというのです。
実際、以前から慢性頭部外傷による後遺症は、「ボクサー脳症」として知られていました。頭部にくり返しパンチを受けるボクサーには、認知症やパーキンソン病に似た症状が出る慢性外傷性脳症が起きやすく、進行すると認知症、パーキンソン病を発症することが知られています。
米国ではこの慢性外傷性脳症が大きな問題になりました。米国の国技であるアメリカンフットボールで活躍した花形選手たちが、引退後、脳に障害を起こし、認知症と同様の症状を示す人が何人もいることが明らかになったのです。
亡くなった複数の元フットボール選手の脳を病理解剖すると、タウたんぱくのごみが発見されました。頭部外傷による衝撃が、アルツハイマー病でたまる脳のごみ、タウたんぱくを放出させ、その蓄積を促進させているのではないかという研究も報告されています。
外傷を受けてから数年~数十年後に症状が現れ、次第に悪化することもわかってきました。記憶障害や注意障害に加えてうつ病や妄想などを合併することが多く、自殺のリスクが高いことも特徴です。パーキンソン病のような手足の震えなどの症状もあり、アルツハイマー病とは異なる症状も見られます。
ナショナル・フットボール・リーグ(NFL)の調査では、アルツハイマー病やそれに近い病気と診断された元フットボール選手は米国の30~49歳の一般男性の19倍、全NFL選手の3分の1が認知症を患っている可能性があり、しかも、一般人よりかなり若くして発症すると報告されました。
2011年にはNFLに所属する6000人の選手たちが、脳障害の補償を求める集団訴訟を起こし、全米の関心を呼びました。2015年には、ウィル・スミスが主演し、この集団訴訟のきっかけとなった医師が主人公の映画『コンカッション』(脳震盪)がその年のゴールデングローブ賞にノミネートされたほどです。
米国ではサッカー、ラグビーや柔道でも注意が呼び掛けられ、頭部外傷による脳障害や認知症のリスクが広く知られるようになりました。
また、スポーツによる慢性外傷だけでなく、交通事故などによる単発の重い頭部外傷でも、アルツハイマー病でみられる脳のごみが蓄積することが観察されており、認知症の原因となる危険性が指摘されています。
米国では10歳以下の子どもはヘディング禁止
子どもたちに人気のスポーツにサッカーがありますが、小中学生から本格的にプレーしている子どもたちは世界にたくさんいます。サッカーにつきもののヘディングは、軽いとはいえ頭部への衝撃があるため、将来、脳障害のリスクへの懸念が出ています。
2015年よりアメリカサッカー協会では、10歳以下の子どものヘディングを禁止しています。11~13歳以下の子どもは練習中のヘディング回数を制限し、慎重な対応を勧めています。ただし、これまでの研究では、ヘディングと認知機能障害の関連ははっきりしていません。
こういった措置は子どもたちの健康や安全を最優先してのことですが、一方、サッカーは子どもたちの心身の発達に大きなメリットがあり、ヘディングを一概に禁止することには異論もあります。
今後はヘディングによる脳ダメージの科学的検証を進める必要があります。そのうえで、ケガをしにくいヘディングの技術を指導し、ヘッドギアなどの保護具の使用、過度な練習、試合数制限を設けるなどルールづくりが必要ではないかと思います。
脳振盪後遺症リスクを減らす方法は?
頭部外傷による脳振盪対策が、医学界やスポーツ団体から出されています。脳障害リスクを減らすために、該当する競技のアスリートや頭を打つスポーツをする機会が多い人、コーチや監督、子どもが運動部に所属している親は、事前に知っておくべきでしょう。
対応策は、日本サッカー協会(JFA)などからも出されています。ホームページに掲載されています。
日本サッカー協会(JFA)│サッカーにおける脳振盪に対する指針 ※外部サイトに遷移します
日本脳神経外傷学会と日本臨床スポーツ医学会が監修した「スポーツ現場における脳振盪の評価」も役立ちます。
「スポーツ現場における脳振盪の評価」 ※外部サイトに遷移します
まずは、脳振盪かどうかを正しく評価し、脳振盪と診断あるいは疑われた場合には、すぐに練習に復帰せず、段階的手順を踏んで復帰をするようにします。復帰手順についてはこちらを参考にしてください。
日本サッカー協会(JFA)│競技中、選手に脳振盪の疑いが生じた場合の対応 ※外部サイトに遷移します
このように子どもの頃から脳振盪対策に留意することが必要ですが、激しいスポーツをしない人でも、40代からの予防が重要となります。なぜなら最新の研究では認知症が発症する20年も前から脳のごみがたまり始めるということがわかってきたからです。
将来認知症にならないために、正しい情報収集をすることをお勧めします。
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提供元:「激しいスポーツと認知症」の意外に深い関係│東洋経済オンライン