2024.08.03
「ダイエット薬」実はあまり知られてないメリット|生活習慣病の治療パラダイムが変わっていく
ダイエット薬というと、あたかも悪い薬であるかのように誤解されている方も少なくない。実際のところ、どのようなメリットがあるのだろうか(写真:tabiphoto/PIXTA)
ダイエット薬というと、日本では医療機関による安易な適応外処方が問題視され、社会問題化している。
ダイエット薬の代表はオゼンピックやリベルサス(セマグルチド)、マンジャロ(チルゼパチド)などのGLP-1受容体作動薬に分類される薬だ。とても有用な薬なのだが、あたかも悪い薬であるかのように誤解されている方も少なくない。実際のところ、これらの薬にはどのようなメリットがあるのだろうか? 新たな知見を紹介しつつ、健康上のメリットについて解説する。
認知機能低下を予防する効果
7月11日、オックスフォード大学は、セマグルチド治療を受けている2万人以上の患者を含む、アメリカの1億人以上の患者記録を用いた研究結果を発表。セマグルチドは他の一般的な抗糖尿病薬と比較して、認知症、うつ病、不安などの神経学的および精神医学的疾患のリスク増加とは関連がなかった。さらには、認知障害およびニコチン依存症のリスクは低かった。
研究 ※外部サイトに遷移します
一般的に、糖尿病患者は認知症や精神疾患を発症するリスクが高い。また精神疾患のある人は糖尿病を発病するリスクが高い。さらなる研究での確認が必要だが、糖尿病患者はセマグルチドで治療を受けることで認知症やニコチン依存が予防できるならば、これは大きな意味がある。
もちろん、糖尿病でない人がセマグルチド治療を受けることで認知症のリスクを低下できるかは不明だ。しかしながら、少なくともリスクを増加させることはないと考えてもよさそうだ。
腎機能低下を予防する効果
糖尿病は、糖尿病性腎症を引き起こし、腎機能を低下させ、慢性腎臓病の原因となる。日本では、腎臓の機能が低下して血液透析治療が必要となる原因の最多は糖尿病だ。
28カ国387施設が参加した臨床試験で、2型糖尿病と慢性腎臓病の両方を患う人3533人がセマグルチド群(1767人)とプラセボ群(1766人)に無作為に割り付け検証したところ、セマグルチド治療群の死亡率はプラセボ群に比べて20%低かった。また腎不全や、腎機能がもとに比べて半分以下に低下すること、腎臓や心血管が原因の死亡、のいずれかの発生率はプラセボに比べて24%低く済んだ。
臨床試験 ※外部サイトに遷移します
慢性腎臓病は糖尿病だけでなく、高血圧や高脂血症、肥満などさまざまな生活習慣病に伴って生じる。近頃では腎機能が低下した人は短命であることがわかっている。2012年のカナダでの研究では、40歳の男女の平均余命を調べたところ、推算糸球体濾過率(eGFR)の低下に伴って余命が短くなることがわかった。糸球体濾過率は腎機能の指標で、若くて健康な腎臓を持つ人では100mL/分/1.73㎡だ。
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(画像:Nephrology Dialysis Transplantation「Chronic kidney disease and life expectancy」を基に筆者作成)
セマグルチド治療が、糖尿病以外の原因による慢性腎臓病を予防できるかは未知だ。もし予防できるならば、健康上の意義は大きく、今後の研究が待たれる。
睡眠時無呼吸症候群が改善する
睡眠時無呼吸症候群(OSAS)は、寝ている間に舌が気道を塞ぎ、呼吸ができなくなることで睡眠の質が低下する。睡眠不足となり日中の眠気を催すだけでなく、高血圧や糖尿病、心血管病のリスクが上昇する。10秒以上呼吸できない状態を無呼吸とし、1時間あたりの無呼吸や低呼吸の回数を無呼吸低呼吸指数「Apnea-Hypopnea Index(AHI)」と呼び、5回未満が正常で、それ以上が軽症、15回以上が中等症、30回以上が重症に分類される。
私の外来ではOSAS検査と治療をおこなっているが、中にはAHIが60や70というような超重症の方もいる。持続陽圧呼吸「Continuous Positive Airway Pressure (CPAP)」という呼吸をアシストする機械を装着して寝るのだが、治療開始してから「ドーピングみたい」に体が楽になったと喜ばれることが多い。日本では中等症以上のOSASの患者は900万人いると推定されており、そのうち治療を受けているのは90万人ほどであり、多くの人が適切な診断や治療を受けていない。
肥満はOSASの大きなリスク因子であり、日本人での研究によると、OSASの人はBMIが26程度であり、OSASのない人が約22であることと比較すると、体重の多い人がなりやすいと言える。肥満を改善するとOSASは改善するが、GLP-1作動薬はどの程度有効なのか?
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日本を含む世界各国で実施した臨床研究では、糖尿病治療薬「チルゼパチド」により52週時点までに体重が20%近く低下し、AHIが30回ほど(63%ほど)少なくなることがわかった。プラセボ群では1時間あたり5〜6回(5〜6%ほど)低下したのみで、ほぼ変わらず。OSASは主にCPAP治療を行うが、減量することで気道が開きやすくなり、気道にかかる圧が低く済み、不快感が減るため有効だ。なかにはCPAP治療が不要になる人もいるだろう。
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注意しておきたいのは、日本人のOSAS患者の4割ほどは肥満でなく、日中の眠気を感じない人が男性では2割いることが報告されており、肥満でないから無呼吸でない、とは限らない。寝ている間にいびきをかく人は、OSAS治療の心得がある医師に相談してみることをお勧めする。
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GLP-1作動薬は膵炎のリスクを上げる
アメリカのデータベースをもちいた研究結果が2023年11月に発表されている。GLP-1作動薬のリラグルチドとセマグルチドで治療を受けている人の消化管に対する副作用を、同じく肥満の治療薬だがGLP-1作動薬ではないブプロピオン-ナルトレキソンで治療している人と比較した。膵炎と腸管閉塞、腸管麻痺の発生率がGLP-1作動薬使用者で高かった。膵炎の発生率(1000人年当たり)は、セマグルチドで4.6、リラグルチドは7.9、ブプロピオン-ナルトレキソンが1.0であった。
薬には副作用がつきものであり、リスクとメリットを天秤にかけて治療に用いるか決め、副作用が起きていないか症状や血液検査でチェックする必要がある。セマグルチドは、1000人の人が1年間治療に用いたら、4.6件の膵炎が発生するということであり、頻度は決して高くないものの、膵炎は重症となると治療に難渋し、ときに致命的となる厄介な病気だ。医師の監視下で治療に用いるべき薬剤であることには間違いない。
簡単な問診でGLP-1作動薬を処方し、副作用が起きても物理的に面倒をみられないオンライン診療での安易な処方には注意が必要だ。
「肥満」は治療すべき病気
高血圧や脂質異常症、糖尿病など生活習慣病と称される病気では、生活習慣を変えることが症状の軽減につながることは言うまでもない。ただし「習慣」だけに変えることは困難だ。特定保健指導を受けても、せいぜい1キロ程度しか体重は減らないし、当然ながら血圧や脂質を下げることも容易ではない。生活改善では効果が得られない場合、次は薬物治療となる。
近年は、肥満そのものを治療すべき病気と捉えるようになってきている。肥満が解消すれば血糖値や悪玉コレステロールは下がるので、糖尿病や脂質異常症を薬物で治療するより、肥満そのものを治療するほうが、より根源的だ。
GLP-1受容体作動薬のネックは、価格が高いことだ。1カ月の薬剤費は1万円を超えることも多い。健康保険の対象となる方であれば1〜3割の自己負担分だけ支払えばいいが、より安くなることに越したことはない。セマグルチドやチルゼパチドはペプチドという物質で作られており、低分子の化合物に比べて製造コストが高くつく。
現在、低分子の化合物でGLP-1受容体を刺激する働きのある薬が開発されつつある。ロシュはCT-966という薬を開発しており、先ごろ発表された第1相臨床試験では有望な結果が報告され、さらに開発が進められることになった。このニュースの発表により、セマグルチドを売るノボ ノルディスク ファーマの株価が下がり、ロシュの株価が上がった。世界は、それくらい注目しているのだ。
結果 ※外部サイトに遷移します
低分子薬であれば製造は容易となり、ジェネリック薬が登場すれば価格は一気に下がる。肥満は低所得国、低所得者の健康問題であるため、そのような国々で治療が受けられるようになれば、その健康に対するメリットは計り知れない。
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提供元:「ダイエット薬」実はあまり知られてないメリット|東洋経済オンライン