2023.12.07
大人でも発症「ぜん息」注意すべき季節と"前ぶれ"|実態調査「症状を抑えられず仕事や生活に支障」
「子どもの病気」とは限らない、気管支ぜん息。悪化する季節や、仕事や生活への影響について紹介します(写真:Ushico/PIXTA)
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近年、気管支ぜん息(以下、ぜん息/喘息)が、労働生産性を下げるとの研究が報告されている。一度始まったら止まらない強い咳のせいで、夜中に眠れなくなったり、仕事や家事に集中できなくなったり……たかが咳ではない。そのつらさは経験した人にしかわからないだろう。
意外と知られていないが、ぜん息は、成人になってから初めて発症するケース、子どもの頃にかかって一度治ったあと、成人になって再発するケースがあることがわかっている。成人では有病率が3〜5%程度とされており、決してひとごとではないぜん息について、日本大学医学部呼吸器内科学分野主任教授の權寧博(ごん・やすひろ)医師に聞いた。
「呼吸がしにくい」という恐怖
ぜん息は、空気の通り道である気道が発作的に狭くなり、息がしにくくなる病気だ。喘の訓読みは「あえぐ」であるように、呼吸のたびにヒューヒュー、ゼイゼイする喘鳴(ぜんめい)、息苦しさ、胸を締め付けられるような感じ、咳、痰などの症状が表れる。
「患者さんによっては、呼吸がしにくいことで恐怖感を覚える人もいます。狭くなった気道は自然に、または治療によって元に戻るため、その後は無症状ですが、何らかのきっかけで発作を繰り返すのが特徴です」(權医師)。
発作時に呼吸困難で酸素が取り込めず、命に関わることもゼロではない。治療薬などの進歩によってぜん息が原因で死亡する人は、1980年代と比べて6分の1にまで減少したが、依然として年間1000人ほどはぜん息で命を落としている(厚生労働省人口動態統計)。
ぜん息は、気道に慢性的に炎症が生じていることが本質的な特徴。慢性炎症が長年続くと、気道の壁が分厚くなり徐々に狭くなっていく。発作時はさらに気道は狭くなって、より呼吸が困難になり、咳も強まる。
ぜん息患者の気道の断面図(イメージ)=発作のない時でも正常な人よりは気道が狭い。発作時には粘液の分泌が増えるなどしてさらに狭くなる(イラスト:sasami018/PIXTA)
なお、発作のきっかけには、ほこりや花粉といったアレルギー原因物質(アレルゲン)のほか、ウイルス感染、気温の変化、精神的ストレス、タバコの煙、大気汚染、強い香り、アスピリンなどの薬物、運動、月経など、さまざまなものが挙げられる。
「子どもの病気」とは限らない
ぜん息は子どもばかりでなく、成人の患者も多い。高齢者や、女性では30~40代に増えることが、複数の調査で明らかになっている。
「ぜん息を『小児発症』と『成人発症』に分類した場合、成人発症例に際立った特徴はないと思われます。ただし、妊娠・出産を契機に、あるいは肥満がもとで発症することはあります」(權医師)。
調査の1つから成人ぜん息患者の発症時期をみると、次のとおり。成人になってから発症した人が約6割を占めている。自分はかからないから大丈夫、とは言いきれない。
風邪からぜん息になるケースも
先ほど挙げたアレルゲン、ウイルス感染などは、ぜん息発作の引き金であると同時に、ぜん息ではない人が新たに発症するきっかけにもなりうる。權医師によると、風邪やインフルエンザを何度も繰り返すと気道の損傷が重なり、ぜん息になる可能性があるという。
「咳が長引いたり、息苦しさがあったりと、『ただの風邪ではない違和感』を覚えて受診する人がいて、そのなかには、ぜん息と診断される人もいます」
もう1つ、ぜん息と季節性については興味深い調査があるので、紹介したい。
これは、都内に住む成人ぜん息患者200人を対象とした研究で、患者の約7割は症状に季節変動があり、「ぜん息が悪化する季節・気候」は「秋の冷え込み」が1位、「冬の寒い時期」が3位だった。
その意味では、風邪やインフルが流行し、気温が低い秋から冬にかけては、ぜん息を含めた呼吸器の病気に誰もが要注意といえるだろう。
先に述べたとおり、ぜん息は子どもの病気とは限らない。大人になると、ぜん息発作やその不安のため、仕事や家事などが手に付かずさまざまな支障が出てくることが、權医師らの興味深い研究で明らかになっている。
「2018年に約800人の成人ぜん息患者を対象に質問票を用いて調査したところ、患者さんの3人に1人は症状をコントロールできていませんでした。コントロール不良な人は生活の質が低下していたばかりか、労働生産性も低下していました。他の研究者からも同様のデータが出ています」(權医師)
症状をコントロールすることが大事
労働生産性の低下には、大きく2つのパターンがある。
1つは、欠勤(アブセンティーズム)。症状のため、あるいは通院や入院のために仕事を休むような状態。もう1つは、勤務に就いているにもかかわらず仕事がはかどらない状態。プレゼンティーズムと呼ばれる。
上の図を見るとわかるが、權医師らの研究では、ぜん息の症状をコントロールできていない人は、良好な人と比べてプレゼンティーズムや総労働損失の割合が明らかに高かった。
つまり、治療がうまくいっていないと、労働損失がより大きいと考えられる。權医師は、「想像ですが」と前置きしつつ、「発作時に使う薬を頻繁に使っている患者さんは、仕事がはかどらないのではないか。症状が治まっているときも、いつ発作が表れるか不安で、集中力が落ちていると思われます」と説明する。
ぜん息の治療は、気道の炎症を抑える吸入ステロイド薬と、狭くなった気道を広げる吸入の気管支拡張薬が基本となり、この2つの成分を1つの吸入器に配合した吸入薬がよく使われる。発作が起きたときは、発作を抑える吸入薬を別途使う。
では、なぜ症状がコントロールできないのか。「まず考えられるのは、吸入薬の使い方が誤っていること」と權医師は指摘する。その可能性は以下のとおりだ。
・息をしっかり吐いた後に吸入器をくわえて吸う、という動作ができていない
・薬を吸う勢いが弱すぎる
・吸入薬を所定の回数で使用していない
ただし、なかには吸入薬を正しく使用してもコントロールできない、重症の人がいるのも事実。アレルギー性鼻炎などほかのアレルギー疾患や、胃酸が逆流して食道の粘膜を荒らす逆流性食道炎、肥満などの病気が背景にあることもあり、その場合は、ぜん息と並行して合併症の治療も必要となるそうだ。
「症状なし」で暮らせる時代に
基本的な吸入薬を正しく使用したり、合併症の問題に対処したりしても薬の効果が不十分なときは、ステロイドを含む3成分を1つの吸入器に配合した「トリプル吸入薬」、あるいは従来の薬と違う効き方をする「抗体薬」を使う。いずれもこの10年ほどの間に新薬が相次いでいる。
最後に、長く治療をしている人が陥りやすい問題について、權医師はこんな注意喚起をする。
「診察室で、『変わりないですか?』『大丈夫です』という会話があるとしましょう。この“大丈夫”が、『子どもの頃からこうだから』『日常生活は何とか送れているから』という意味であれば、病気を十分にコントロールできていないと考えられます」
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ぜん息歴が長くなると、日々の生活や仕事に本当は不自由があるのに何となくそれが普通と思ってしまうものらしい。「でも、それを当たり前だと思わないでください。今は、ぜん息であっても症状なしで暮らせる時代です」と權医師。
意識していなかったが、思い返せば症状が月に何回か出ている──。例えばそんな状態なら、改めてかかりつけの医師に相談してみてはどうだろうか。
(取材・文/佐賀 健)
日本大学医学部内科学系呼吸器内科学分野主任教授
權 寧博医師
医学博士。1992年、日本大学医学部卒業。2007年、日本大学医学部准教授。2018年より現職。喘息などの呼吸器疾患を専門とし、医師向けの診療ガイドラインである「喘息予防・管理ガイドライン」(日本アレルギー学会)、「喘息診療実践ガイドライン」(日本喘息学会)などの作成にも携わる。
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提供元:大人でも発症「ぜん息」注意すべき季節と"前ぶれ"|東洋経済オンライン