2023.11.14
「五十肩」と決めつける前に疑うべき"3つの病気"|特徴的な症状3つ、思い当たった人は要注意
就寝中の強い痛みは、五十肩の典型的な症状の1つ。夜中に何度も起きてしまうので、睡眠不足の問題も起こります(写真:nonpii/PIXTA)
ある日突然、腕が上がらなくなったり、肩が痛くて眠れなくなったり。五十肩は命にかかわるような病気ではないけれど、手や腕を使わずに生活することは難しいため、生活の質を著しく下げてしまう厄介な症状だ。
そもそも五十肩とは何なのか、肩関節のスペシャリストである東京スポーツ&整形外科クリニック院長の菅谷啓之医師に聞いた。
五十肩の病名は「凍結肩」!?
腕が動かせる範囲が狭くなり、痛みも強い。背中を洗えない、髪を結べない、棚の上のものが取れないなど、毎日の生活にかなりの支障をきたす五十肩。
では、この五十肩の正体は何かというと、意外にも「五十肩の症状そのものをぴったりと表現する病名はない」(菅谷医師)という。専門的になるが、広い意味では「肩関節周囲炎」、可動域の制限を起こす病態としては「凍結肩」という病名に該当する。
通常の肩関節(左)と凍結肩。正常な関節包(骨を覆う青い部分)には関節が動くための余裕があるが、凍結肩になると分厚く縮むため、関節が動かなくなる(イラスト:菅谷医師提供)
肩関節周囲炎とは、文字通り、肩関節の周辺の組織に炎症が起きる病変の総称だ。腱板(上腕骨と肩甲骨をつなぐ腱)に炎症が起こっているもの(腱板炎)、腕の前側の筋肉である上腕二頭筋に炎症が起こっているもの(上腕二頭筋長頭腱炎)、などがある。
一方、肩関節をおおっている関節包という袋状の膜に炎症が起きて、この膜が厚くなって縮こまってしまうと、可動域制限や強い痛みが長期間続くようになる。治りにくい五十肩はこちらのパターンだ。
つらいのは就寝中の激痛
五十肩の典型的な症状は、主に3つ。
1つめは動作時、つまり肩を動かしたり、腕を上げたりするときに痛みが出ること。2つめは、動かせる範囲(可動域)が制限されること。そして3つめが就寝中の強い痛みだ。
痛みの強さや可動域の制限は人によってさまざまだが、クリニックに来院する患者の多くは、挙上(腕を上に挙げる)は90度程度まで、背中へ手を回すときも、お尻くらいまでしか届かないことが多い。どの方向に動かしても痛むそうだ。
五十肩になると腕が90度(水平)ぐらいまでしか上がらなくなる(イラスト:suma/PIXTA)
「五十肩はまた、就寝時に非常に強い痛みが出るのが特徴です。夜間痛がもっともつらいという患者さんが非常に多いですね。夜中に何度も起きてしまうので、睡眠不足の問題も起こります」(菅谷医師)
就寝中に痛みが強くなる理由はよくわかっていないが、寝る姿勢になると重力の加わり方が変わることで、腕が後ろに下がるためではないかと菅谷医師は考察する。痛む側を上にして寝ると、痛みが軽減することもあるようだ。
診断ではまず、転倒や打撲など明らかなケガがあるか、病気の既往歴(糖尿病では肩の炎症が起きやすい傾向にあるため)などを確認したあと、可動域チェックとX線検査を行う。
X線検査を行う目的は、五十肩であると診断するためというより、他の病気と間違えないようにするためだ。というのも、五十肩はX線検査では異常がみられないからだ。
「五十肩と同じような肩の炎症や痛み、可動域制限が表れても、五十肩ではない場合があるのです。病気やケガによって痛みや炎症、拘縮(こうしゅく:関節が硬くなり、正常な範囲で動かなくなること)が起きたものは、二次性なので五十肩とはいいません。これらに該当しない一次性の炎症や痛みが五十肩になります」(菅谷医師)
五十肩と間違えやすい肩の痛みを引き起こす主な病気は次の通り。それぞれ治療法が違うので、しっかり見極める必要がある。鑑別はX線検査のほか、超音波検査、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)などで行う。
菅谷医師によると、クリニックには腱板断裂ではないかと心配される患者さんが多く来院するそうだ。両者はどう違うのだろうか。
「腱板断裂の場合、健康な状態よりも可動域は落ちるものの、五十肩ほど動かしにくさはありません。専門家であれば可動域をチェックすれば断裂の有無はほぼわかりますが、念のため超音波検査やMRIで確認します。これらの検査は腱板に傷がついていないか、関節内に水が溜まっていないかなどを確認するためにも役立ちます」(菅谷医師)
X線検査で石灰沈着性腱板炎が疑われる場合は、石灰性病変が写りやすいCTを撮るという。
五十肩の進行と主な治療
五十肩は「炎症期」「拘縮期(こうしゅく)」「回復期」の3段階を経て治っていく。
炎症期は痛みが強く出ている時期。その次に訪れるのが拘縮期。痛みは軽減するが、炎症した組織が硬くなり、肩の動きが悪くなっていく。凍結期と呼ぶこともある。その後、硬くなった組織がほぐれて可動域が広がっていく回復期に移行する。
■炎症期の治療
炎症期は、痛みの根源となっている関節の炎症を抑えるための水溶性ステロイドと局所麻酔薬を患部に注射し、消炎鎮痛薬を服用しながら経過を見ていく。通常、痛みが治まるまでに1カ月から2カ月かかる。
「注射は2週に1回が基本です。消炎鎮痛薬は強い鎮痛作用があるオピオイド系を使うことが多いです。ドラッグストアなどで購入できる市販薬(非ステロイド系の消炎鎮痛薬)はあまり効きません」(菅谷医師)
炎症期は、安静にしていることが最も重要だ。
「その間は、とにかく腕を大きく動かさないこと。使う場合は体の前、視界に入る範囲での動きにとどめるようにしてください。関節が動かなくなったら大変だからと痛みを我慢して動かす人がいますが、それをやると炎症が悪化し、痛みはずっと続くので注意してください」(菅谷医師)
■拘縮期~回復期の治療
拘縮期から回復期は、人にもよるが半年から1年程度。リハビリをすることで、可動域が戻って、以前のように痛みなく動かせるようになる。リハビリは週1回、理学療法士に動作をチェックしてもらいながら行うのが一般的だが、それだけでは足りないので、家でも毎日行うこと。
「ある程度可動域が戻ると、途中でやめてしまう人が多いのですが、それだと完全に元通りにはなりません。完治の目安は、肩の可動域だけでなく、胸郭や肩甲骨もよく動く状態に戻ること。できれば、左右差がない状態が理想です」(菅谷医師)
再発予防という意味でも、胸郭の動きもよくしておくことが重要だ。
菅谷医師が勧めるのは、胸郭(きょうかく)や上半身全体を動かすエクササイズ。この運動は、炎症期から始めたほうがいいそうだ。腕は動かさずに、背骨や骨盤を動かす運動を積極的に行っていく。深呼吸も有効のようだ。肋骨を広げたり閉じたりすることで、胸郭をほぐす。
骨盤前後傾運動 イスに浅く座って、手は腰に置く(肩の可動域制限が強い場合は、手を腿の上に置く)。骨盤をうしろに傾けた状態(後傾)から、骨盤を立てる(前傾)を繰り返す(提供:東京スポーツ&整形外科クリニック)
手術が必要なケースは5%
五十肩の約95%は薬物療法とリハビリで治るが、残りの5%は手術が必要となる。
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「対象となるのは、痛みがなくなってリハビリを続けているにもかかわらず、可動域がまったく改善しない人です。関節包が分厚くなったまま戻らなくなったケースです」(菅谷医師)
肩周辺の炎症は関節包にも及ぶ。すると関節包の厚みが増したり、癒着が起きたりする。これは時間経過とともに戻るのが普通だが、まれに分厚くなったまま戻らないことがあり、こうなった関節はガチッと硬くなった状態になるため、可動域は戻らなくなる。
「リハビリ開始後、3カ月経過しても可動域が改善しない場合は、手術を決断すべきです。手術は、厚く縮こまった関節包をぐるっと切るというものですが、さほど難しい手術ではありません。術後すぐに可動域が改善したことが実感できますし、その後、適切なリハビリを継続すれば3カ月から半年で治ります」(菅谷医師)
(取材・文/石村紀子)
東京スポーツ&整形外科クリニック院長
菅谷啓之医師
1987年千葉大学医学部卒業。年間肩肘手術600件、年間外来診察1万2000名以上をこなし、多くのプロスポーツ選手やオリンピック選手などのトップアスリートから一般患者まで広く診療する。ハイレベルな理学療法と関節鏡手術を駆使して診療を行っている。学術面では、英文著書論文約100編、日本語著書論文は300編を超える。例年国内外での講演を多数行い、2017年10月には第44回日本肩関節学会を主催した。2020年9月、東京スポーツ&整形外科クリニックを開設し、2022年10月には一般社団法人日本肩関節学会の理事長に就任。
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提供元:「五十肩」と決めつける前に疑うべき"3つの病気"|東洋経済オンライン