2023.09.20
不安にとらわれず"しなやかに"生きるススメ|「心の言葉は、ときに有害」だからどうする?
自分の考えにとらわれない、“しなやかな心”を手に入れて、毎日を健やかに過ごしましょう(写真: Fast&Slow / PIXTA)
心を病む人が多い現代社会において、しなやかな心を育て、自分らしく生きていくための新しい心理療法として注目されているのが「ACT(アクト、Acceptance and Commitment Therapyの略)」です。
ACTは「私たちを苦しめているのは、マインド(心の中の言葉)」である」という前提に立ち、心理的柔軟性、すなわち“しなやかな心”を持って、豊かな人生を送ろうと伝えます。
では“しなやかな心”はどうすれば手に入れられるのでしょうか?
日本におけるACT研究の第一人者で、「ACT Japan」の顧問(初代理事長)、武藤崇氏の新刊『ACT 不安・ストレスとうまくやるメンタルエクササイズ』から、その方法について一部を抜粋・編集しご紹介します。
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目指したい“脱フュージョン”
フュージョンとは、何かと何かが溶けて混じり合い、一つになってしまったような状態をいいます。日本語に訳すと「融合」となります。
たとえば五円玉は、銅と亜鉛を混ぜ合わせてつくった真鍮(しんちゅう)という金属です。五円玉を見て「銅と亜鉛が混じっている」とは少しも思わず、「金色だから金かもしれない」などと思ってしまいます。これがフュージョンです。
同じように、私たちは私たちのマインド(心の中の言葉)とフュージョンしがちです。
例えば「私は太っている。だから彼に愛されるはずがない」というのも認知的なフュージョンです。太っていることと、愛されないことは別問題です。にもかかわらず、それが絶対的に正しいことだと信じて疑わない、それを「認知的フュージョン」といいます。
“しなやかな心”を作る方法その1「脱フュージョン」のポイント(イラスト:docco)
マインドさんはいろんなことをつぶやきますが、「○○が悪い」「○○のせいだ」「○○が怖くてしかたない」などブラックなつぶやきをする黒マインドさんには注意が必要です。
黒マインドさんの考えにフュージョンしてしまい、それを信じ切ってしまうと、ほかの方向から物事を考えることができなくなってしまうのです。
黒マインドさんとフュージョンしてしまっても、私たちはそれになかなか気づくことはできません。だってそれが自分の考えだと、それが正しいことなのだと、思い込んでいるからです。
イメージしてください。夢の国のねずみさんや、ゆるキャラさんたちの姿を。
外見は世界的に有名なねずみや、ご当地の威信をかけたオリジナルキャラクターですが、中にいるのは熟練のダンサーさんだったり、自治体の職員だったりします。
でも、中の人の姿は見えません。だから私たちは中の人とキャラクターをフュージョンさせてしまいます。
同じように私たちも、猜疑心(さいぎしん)、固定観念、思い込み、自信のなさにとりつかれてしまいます。妖怪になってしまったマインドさんの着ぐるみと、すっかりフュージョンしてしまっている状態です。
その着ぐるみを脱ぐのが、脱フュージョンなのです。
脱フュージョンのためのエクササイズ
でも、その前にもっと大事なことがあります。それは自分が着ぐるみを着ていることに気づくことです。実はここが難しいのです。
「思考は、着ぐるみでしかない」「思考は、思考でしかない」。そう考えようとしても、マインドさんは「いやいや、なに言ってんのさ。私は私でしょ?」と主張します。
「ACTなんてバカバカしいにもほどがある。着ぐるみってなによ、それ。くだらない」と言ってきます。その声を聞き流して、着ぐるみを脱ぐのってけっこう大変なのです。
だからこそ、ACTは脱フュージョンするためのエクササイズを用意しています。
考えがフュージョンしてしまった例(イラスト:docco)
上図の例でいえば、「私は母親失格だ」と思ったら、語尾に「と考えている」とつけ加えてみてください。「私は母親失格だ、と考えている」です。それだけでいいんです。ほんのわずかですが、思考との距離ができます。
ほかの例も同じです。「きっと失敗する」ではなく、「きっと失敗する、と自分は思っているんだなぁ」に変換するのです。「外国人と結婚したら娘は幸せになれない、と私は思い込んでいるんだ」と言ってみるのです。
「財布を盗まれた、と私は考えた」です。
着ぐるみを脱いだら、ちゃんと見てみてくださいね。それがどんな着ぐるみなのか、いつどんなときに自分をのっとり、自分にどんな影響を与えていたのか。その確認こそが、マインドさんと距離をとるために必要なことなのです。
思考は受け止めるしかない
アクセプタンスとは「受容する」「受け止める」という意味を持つ言葉です。
ここでは、つらい記憶や後悔や嫉妬や悩みや自己嫌悪といったマインドに対して、戦うことや逃げることや従うことをやめて、受け止めるという意味を持ちます。
“しなやかな心”を作る方法その2「アクセプタンス」のポイント(イラスト:docco)
「受容する? そんなの無理です。そんな感情と四六時中いっしょにいるなんてできません!」と、思うかもしれません。
いえいえ、四六時中いっしょにいなくていいのです。単に「そこにいていいよ。しゃべっててもいいよ。でも注目しないよ」というスタンスでいる、ということです。
たとえばあなたの住む国が、川をはさんだお隣の国といがみ合っているとしましょう。うっかりするとドンパチの戦争になりそうな状況です。
隣国の人たちを追い出そうとすれば、戦争は避けられません。もしかしたら隣国から侵攻されて、あなたの国に被害が出るかもしれません。
では停戦交渉をしますか? お互いの領土はここまでだと決め、条約を結び、今後は仲よく貿易なんかしちゃいますか?
いいえ、うまくいけばいいけれど、そうとも限りません。時間だってかかることでしょう。最良の決断は何かというと、「何もしない」という平和構築です。
それぞれの政策も宗教も農作物の収穫量も気にせず、特に仲よくすることもせず、貿易もせず、自国の発展だけを考えるということです。
隣国を好きになる必要もありませんし、領土を奪ったり与えたりもしません。ただ、そこにいることを受け止めるだけです。
それがアクセプタンスです。
不安や苦痛に居場所を
ACTでいうところのアクセプタンスとは、不愉快な思考や感情に対し「場所をあけておく」「スペースを拡張する」というニュアンスが含まれています。
え? わかりにくい? ではちょっと想像してみてください。
不愉快な感情、つらい記憶、避けられない現実の問題……。そういうものが心に浮かんできたとき、私たちはどんな状態になるでしょうか。
胸がキューッと握りつぶされたようになりませんか? 血管が収縮して頭に血が上ったりしませんか? 緊張で手足がこわばったりもしますよね?
視野が狭くなり、周囲の人の気持ちや立場にも目が行かなくなります。
そう、狭くなっちゃうんです。小さくなっちゃうんです。全身のいろんな部分が。
アクセプタンスはその逆です。力を抜いて緩めるのです。スペースをつくるのです。拡張するのです。窓を開けるのです。風を送り込むのです。
そこで生まれたちょっとしたゆとりの空間を、不愉快な感情や、つらい記憶や、避けられない問題の置き場所にするのです。とりあえずおいておく。そんなイメージです。
収縮ではなく、拡張。緊張ではなくリラックス。そんなふうに自分を導くのがアクセプタンスです。
「好ましくない感情や思考に居場所なんかつくってしまったら、好き放題にされちゃうんじゃないの?」と思うかもしれませんね。
でも、その心配は無用です。
先ほどからお話ししているように、戦えば戦うほどマインドさんも応戦してきます。その思考から離れられません。いつまでも終わらない綱引きのようなものです。
嫌な感情や思考との“綱引き”から手を引く
綱引きを終わらせるには、どうすればいいでしょう?
相手が自陣になだれ込むまで引っ張り続けるしか方法がないと思い込んでいませんか? それこそフュージョンしている状態ですね。
もっといい方法があります。綱から手を離すのです。パッ、とね。
マインドさんたちはそのまま後ろに倒れてしまうでしょう。壁にぶつかり、座り込み、怒って文句を言います。
でもあなたは気にしなくていいんです。
「ごめんね。でも疲れたから休憩。そこに座ってていいよ」と彼らに居場所を与え、マインドさんとのつまらない綱引きよりも、もっと価値のある何かをすればいいのです。
先ほどの「着ぐるみ」の例でいえば、脱いだ着ぐるみはたたんでおいておきましょう、ということです。
着ぐるみを脱いだことで、あなたが座っている椅子には少し余裕が生まれたはずです。そこにたたんだ着ぐるみをおいておけばいいんです。
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着ぐるみを丸めて燃えるゴミに出してしまえばもっと安心できるかもしれませんが、この着ぐるみは捨てても捨てても戻ってきてしまうんです。
想像すると、ちょっとホラーっぽくて怖いですよね。
そんなことがないように、たたんでおくのです。着ぐるみを入れておけるカゴや箱を用意しておくのもいいでしょう。そこにしまうイメージです。
気づくと再び着ぐるみを着ていることがあるかもしれません。でもまた脱いでたたんでカゴに入れておく。それがアクセプタンスです。
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提供元:不安にとらわれず"しなやかに"生きるススメ|東洋経済オンライン