2023.07.24
「認知症の母」施設に入れるタイミングを知りたい|「生活に慣れるには早めがいい?」悩む50代女性
認知症の症状が出始めた親。施設に入れるタイミングは? 読者の相談に中村医師が答えます(写真:KY/PIXTA)
「住み慣れた自宅で療養したい」「最期まで自宅で過ごしたい」という患者や家族の思いを支えるのが、患者宅を訪問して医療や介護を届ける在宅ケアだ。
これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。読者から寄せられた医療や介護に関するお悩みや疑問に、中村医師が答える。
4回目の相談は、親を施設に預けるタイミングについて。預けどきをはかる目安や考え方、施設に預けるときに大切なことなどについて、実際にあったエピソードをまじえながら解説する。
<K.Hさん(50代)の相談>
親を施設に預けるタイミングについて知りたいです。85歳の母と2人暮らしをしている、50代後半の娘です。
母は2年ほど前から認知症の症状が出始め、介護保険サービスを利用しながら、自宅で生活を続けています。私はフルタイムで働いているため、平日の日中はデイサービスを利用したり、ヘルパーさんに自宅に来てもらったりしながら、仕事と介護を何とか両立させています。
ところが、昨年末頃から母が歩くのが難しくなってきて、通院にも介護タクシーが必要になってきました。今は何とか自力でトイレに行けている母ですが、最近は夜中に1人でトイレに行かせるのが心配で、私も起きてしまいます。
そして今後、母の状態がさらに悪くなってきたとき、仕事と両立しながら介護を続けていく自信がなく、施設に預けたほうがいいかもしれないと迷っています。
いずれ施設に預けるのなら、少しでも元気なうちのほうが、母も新たな環境に馴染みやすいかもしれないとも考えるのですが、親を施設に預けるのに適したタイミングについて教えてください(※相談内容は一部変えています)。
「家で過ごすのが大変か」が目安
<中村医師の返事>
お仕事と介護の両立が難しくなってきたということですね。フルタイムで働きながら、同居するお母様の介護をされているということで、とても頑張ってこられたのだと思います。
さて、お母様を施設に預けるタイミングについてですが、結論から言えば、「家で過ごすのが大変だと感じるようになったとき」がその時期だと考えます。つまり相談をくださっている時点で、施設に預けることを選択肢に入れていいと思います。
私の患者さんのご家族の中にも、K.Hさんと同じように、仕事と介護との両立で悩んだ末に、親を施設に預けることに決めた人がいます。認知症と心臓病がある90代の母親を介護してきた60代の娘さんで、母親が自宅で転倒したのをきっかけに体のあちこちに痛みが出て、トイレの介助にもかなりの時間と労力を要するようになりました。
娘さんは平日フルタイムで仕事をしています。介護士が自宅に来る訪問介護を軸に、介護サービスを利用していましたが、日中ずっと母親を見てもらえるわけではありません。
そこで転倒後、1カ月ほどリハビリを続けて、少し歩けるようになったタイミングから、デイサービスに週6日通うことになりました。娘さんが家にいない日中はデイサービスで過ごすことで、何とか仕事と介護を両立しようとしたのです。
しかし、母親の体の状態を考えると、毎日施設に通うのは大きな負担です。それも自宅はエレベーターのないマンションの3階にあり、外出のたびに1階から3階までの階段の上り下りを伴います。施設の送迎サービスで介助を頼めるとはいえ、毎回のこととなるとかなりの負担になります。
「自分で母親を支えたい」という気持ちがとても強い娘さんですが、苦労しながらデイサービスに通う母親の姿を見るにつれ、やはり居住型の施設に預けたほうがいいのではないかと考えるようになりました。
娘さんは過去に介護休業をとって、つきっきりで母親の介護をしていたことがあります。このときも再び休職し、自分が家で介護をすることも考えたようですが、母親亡き後の自分の人生を考えると、休まずに仕事を続けたほうがいいという結論に至ったようです。ようやく気持ちを固め、施設に預けることに決めたのが、つい最近のことでした。
「自分が介護すべき」は手放す
「介護は、自分がすべき」と、かたくなに考えているご家族の方に、時折お会いすることがあります。
しかし、「自分じゃないといけない」という思いは、できる限り手放したほうがいいと考えます。自分を犠牲にして介護する状況は、精神的にもどうしても追い詰められてしまいますし、それは介護をされている本人にも伝わるものです。
「大切な人をそばで見守ってあげたい」という気持ちは大切ですが、一方で誰か1人に負担が集中する状態では、どこかで限界が来ます。在宅医療やケアが必要になったときに大切なのは、必ずしもご家族が直接的に介護に関わることではなく、介護サービスをうまく利用して第三者の手を借りながら、無理のない暮らしを続けることです。
K.Hさんは、すでに介護サービスを利用されているとのことですが、自宅で受けられる介護サービスだけでは負担が大きくなってきたのなら、施設に預けることを本格的に考えていいタイミングだと思います。
この場合、本人が希望するかが大きなハードルとなりますが、たとえ本人が自宅で過ごすことを希望しても、家族の負担が大きい場合には、どこかで折り合いをつけることが必要になってきます。トイレ介助の負担についても言及されていますが、「トイレに自力で行けなくなったとき」が、自宅以外の場所に移る1つの目安ともいえます。
施設に入所する時期について「環境に馴染むためにも、早いほうがいいのでは」とのことですが、施設の選び方は病状や体調によっても変わってくるため、「早めに入るほうが吉」ともいえません。
高齢者施設は、施設の種類によって入居条件が定められています。そのため、最初に入った施設にずっといられるとは限らず、どれくらいの期間を過ごすことができるかも、お母様の状況によって変わってきます。
一口に施設といっても、表のようにさまざまな種類があり、民間施設と公的施設でも異なります。本人に合った施設を選ぶためには、まずはケアマネジャーなどに相談のうえ、どんな施設が入居条件に当てはまるのかなどを検討するところから始めてもいいかもしれません。
本人の希望も踏まえて、ある程度候補が絞られたら、お母様と一緒にいくつかの施設に見学に行ってみて、どんな施設が良いのか話していきましょう。
時折、施設に預けることに対して罪悪感を持たれるご家族の姿を目にすることがありますが、例えば同世代との交流や、レクリエーションを通じた楽しみなど、施設ならではの良さもあります。
もしお母様に、施設に移ることを提案されづらいようでしたら、身近な介護者や医療者に協力を仰ぐのも1つの方法です。第三者からの客観的な意見があることで、お互いに気持ちを固めやすい場合もあります。ただし、最終的に預けるかどうかは、ご家族自身が感じる負担感で判断することが大切です。
施設入居には理解と覚悟が必要
最後に、施設に預けるときには、ある程度の理解と覚悟が必要です。先ほどの娘さんの例ですが、母親が通っていたデイサービスの施設から通所を断られる事態が起こりました。母親につきっきりで介護をしていた期間もある娘さんは、お母様のふとした表情で、便意や尿意をもよおしたことが分かります。
そんな娘さんは、お母様がデイサービスでオムツを汚すたびに「もっとちゃんと母親を見てほしい」「オムツを汚す前に、トイレに行きたいことを察してほしい」と、施設に対して何度となく意見していて、それで通所を断られてしまったようでした。
施設には多くの専門のスタッフがいますが、入居している人もたくさんいて、1人ひとりに対して、娘さんが求めるほどの細やかなケアができるわけではありません。
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預ける際には、施設側が“できること・できないこと”を理解したうえで、ある程度任せるという覚悟も必要です。そのあたりでうまく折り合いをつけながら、お母様やご家族の希望に合う施設が選べたらいいですね。
介護している側に負担がかかり過ぎてしまうのは、お互いにとって良くありません。支える家族側の人生も大切にしてほしいと思います。ご自分の人生も大切にしながら、お母様とK.Hさんにとって良い選択ができるよう願っています。
(構成:ライター・松岡かすみ)
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提供元:「認知症の母」施設に入れるタイミングを知りたい|東洋経済オンライン