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2023.07.03

風呂や土いじりで感染、急増する「肺NTM症」の正体|注意したい人や症状、治療などを専門家が解説


風呂やガーデニングなどで感染する感染症の話です(写真:プラナ/PIXTA)

風呂やガーデニングなどで感染する感染症の話です(写真:プラナ/PIXTA)

「肺非結核性抗酸菌症(肺NTM症)」という病気をご存じだろうか。

抗酸菌という結核と同じタイプの細菌が原因で起こる呼吸器の感染症だ。ヒトからヒトにうつらない点では結核と異なるが、土の中や水回りなどに生息する菌を吸い込むことで感染する。

これまでは肺の病気を患っている人がかかりやすいと考えられていたが、近年は、“健康なやせ型の中高年女性”に急増しているという。これはどういうことだろうか。

肺非結核性抗酸菌は、“結核菌”と“らい菌”を除いた抗酸菌の総称。抗酸菌の種類は200以上あるが、日本人で起こっている感染のうち、9割を占めるのが「MAC(マック)菌」と呼ばれる菌だ。近年急増しているのも、このMAC菌によるものが多い。

MAC菌は風呂場や水道、貯水槽などの給水システム、畑や庭の土など、あらゆる場所に存在していて、それを含んだエアロゾルやほこりを吸い込むことで感染する。その点では、ヒトからヒトへ感染するコロナや麻疹とは異なる。

感染すると、初めのうちは無症状だが、次第に咳、痰、血痰、発熱、倦怠感、体重減少、息切れなど、結核と似た症状が表れる。重症化すると、喀血(かっけつ)や、呼吸不全による呼吸困難に陥り、命にかかわることもあるという。

罹患率は7年間で2.6倍にも

実は今、日本で肺非結核性抗酸菌症の患者が急増しており、世界で最も罹患率が高い国といわれている。

罹患者は2007~2014年の7年間で約2.6倍に増えており、罹患率は10万人当たり14.7人に達した。ほかの国を見てもここまで増えている例はなく、アメリカでは10万人あたり5.5人、ドイツでは2.6人と、日本の罹患率の高さが際立つ。

この病気に詳しい複十字病院(東京都清瀬市)呼吸器センター医長の森本耕三医師によると、2017年には人口10万人あたり19.2人にまで増加し、現在も増え続けているという(図)。

肺NTM症罹患率の年次推移(濱口、森本ら)

肺NTM症罹患率の年次推移(濱口、森本ら)

肺非結核性抗酸菌症の増加は、1980年ごろから始まっているようだ。

森本医師によると、まず呼吸器内科医など関係者の間で「増えているのではないか」という実感があったという。

2000年以降、増加が顕著になっていると思われたが、データに乏しく、2014年に組織された現・国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究班の疫学調査によって、初めて罹患率が結核を超えたことが明らかになった。それが上に示したデータだ。

日本で増えている理由は?

では、日本で増えている理由は何だろうか。

森本医師は、「医療者の間でこの感染症の認知度が高まり、健康診断のレントゲン検査で積極的に見つけるようになったこと」や、「薬物治療などによって免疫が低下した人が増えていること」、「(感染症に弱い)高齢者の増加」などを理由に挙げた。このほか、「明確な答えはまだなく、研究途上」としながらも、日本の特徴として「風呂の習慣と、追い炊き機能など給湯器の進化」も挙げている。

増加している罹患者の内訳を見ると、ある特徴が見えてくる。それは、やせ型の中高年女性に多いという点だ。それまで肺の病気を指摘されたことがなく、たばこを吸っているわけでもないのに、なぜかこうしたタイプの女性がかかっている。

これについて森本医師は、「(女性ホルモンの)エストロゲンや、脂肪の燃焼に関わるホルモンであるアディポネクチンなどのバランスが崩れている(のがリスク)という報告もある。ただ、一致しない研究報告もあり、まだ原因はわかっていない」と話す。

また、中高年の女性は、免疫の異常で起こる膠原病(関節リウマチ、シェーグレン症候群など)にかかりやすいということとも関係している可能性があるという。「しかし、いずれにしても複合的なもので、明確な答えはわかりません」(森本医師)

このほかの背景としては、女性のほうが家事を担うケースが多く、生活習慣的に水の曝露を受けやすいことも一因だという。

当然ながら、肺に何らかの病気がある人も感染リスクが高い。肺結核後遺症や気管支拡張症、COPD(慢性閉塞性肺疾患)など基礎疾患を持っている人たちだ。また、抗がん剤やステロイド薬、関節リウマチに対する生物学的製剤などの使用によって、免疫が低下している人も、この病気にかかりやすいことがわかっている。

初期は無症状であることが多い非結核性抗酸菌症。「近年は健康診断のレントゲン検査や、ほかの病気の検査がきっかけとなって、偶然に見つかることが多い」と森本医師は言う。

病気が疑われたら、CT検査、痰の検査、肺や気管支を内視鏡でチェックする気管支鏡検査、採血による抗体検査などで確定診断となる。

「放射線画像検査(レントゲン検査やCT検査など)をすると、壊れて拡張した気管支の周囲に粒状の影が点在したり、肺の一部が壊れて空洞ができていたりするなど、特徴的な所見があります」(森本医師)

肺非結核性抗酸菌症はゆっくり進行することが多いので、検査で見つかっても軽症の場合は治療をせず、定期的に検査を受けながら経過をみることもある。一方、肺に空洞ができている、血痰や喀痰などの症状がある、といった場合は治療が必要となる。

菌によって異なる治療法

治療は原因となる菌によって異なる。冒頭でも紹介したが、肺非結核性抗酸菌症にはいくつかの種類がある。日本ではMAC菌が最も多く、残り1割弱はカンサシ菌やアブセッサス菌だ。

MAC菌による肺MAC症は、基本的にマクロライド系の抗菌薬のクラリスロマイシンかアジスロマイシンに、抗結核薬のリファンピシンとエタンブトール2種類を加えた、計3種類の薬を服用する。この治療であまり改善されない人や、症状が重い人は注射薬(アミノグリコシド系抗菌薬のアミカシンやストレプトマイシン)を追加する。

こうした薬物治療で効果が見られない場合は、手術で肺の悪い部分を切除することもある。ただその場合も、術後には先に挙げた薬を長期間服用する必要がある。

「カンサシ菌ではリファンピシンやマクロライド系の抗菌薬などの飲み薬でほとんどが治癒可能です。一方、アブセッサス菌がもっとも複雑で、アジスロマイシン、抗らい薬のクロファジミンなどに、アミカシンやカルバペネム系抗菌薬のイミペネムなどの点滴を組み合わせた治療になります」(森本医師)

この感染症の問題は、治癒にいたるのが非常に難しいという点だ。

森本医師は「薬剤が効きにくいので薬の量が多くなります。また、検査で菌が消失していることが確認されてからも、最低で12カ月以上の継続治療が必要」と話す。同院のデータでは、治療にかかる期間は平均で18~19カ月だという。

飲み続けるだけでも大変なのだが、薬が効きにくくなる薬剤耐性ができたり、副作用が出たりして続けられず、同院に紹介される患者も少なくないという。国のレセプトデータを解析した研究では、6カ月以上継続できる人は60%程度しかおらず、12カ月になると40%にまで下がるそうだ。

このため、薬の飲み方を工夫するなどして、できる限り耐性の問題や副作用を少なくし、長く継続できるように、患者ごとに調節して治療を行っているという。

「しかも、一度治っても再感染しやすいのが、この感染症のもう1つの問題です。複数の報告によると、再感染率は4~5年で40%に上ります。1日も早く、有効性が高く、副作用が少ない薬の登場が望まれます」と森本医師。現在、研究・開発は進んでいるものの、実際に使えるまではいくつものハードルがあり、「最短で出てくるとしても、3~4年は先になるだろう」と考察する。

肺非結核性抗酸菌症の予防法

ここまで見てきたように、非常にやっかいな感染症といえる肺非結核性抗酸菌症。できればかからないことにこしたことはない。

では、どうすれば予防できるのだろうか。

菌が生息しているのは、風呂場や庭の土など。入浴時や風呂掃除のときに発生するエアロゾルや、ガーデニングのときに出る土ぼこりを吸い込むことで感染するといわれている。このため、次のような予防法がある。

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しかし、どれぐらいの時間、菌にさらされると感染するのかといったことは、まだはっきりとはわからない。菌が生息する場所を掃除するのは除菌につながるが、風呂場の配管や、銭湯や温泉、スポーツジムといった浴用施設などの場合、個人の力では限界がある。

「そうかといって、患者さんに『プールや温泉に行ってはいけません』『土をいじってはいけません』と言えば、それはそれでストレスになりますよね。ですので、私の場合は、日本でこれまで示されている客観的なデータをお伝えしつつ、患者さんの生活パターンを伺ったうえで、重症度や再感染のしやすさに応じて、どのようにするか提案するようにしています」と森本医師は言う。

森本医師が望んでいるのは、非結核性抗酸菌を簡単に調べる方法や除菌法の確立だ。

「公衆浴場や温泉施設では厚労省や自治体がレジオネラ菌などを調べる水質検査のルールを作っています。そのような形でこの菌も調べられればいいのですが……」

複十字病院には現在1500人以上の患者が通院していて、さらに毎年300~400人ずつ新たに診断されているという。「この病気を専門的に診るのは呼吸器内科医ですが、日本では呼吸器内科医の数が少ない。もっと増えてほしい」。これも森本医師の切実な願いだ。

森本耕三医師(写真:本人提供)

森本耕三医師(写真:本人提供)

複十字病院呼吸器センター医長
森本耕三医師

1974年、長野県出身。2000年信州大学医学部卒。国立病院機構茨城東病院、日本赤十字社医療センターなどを経て2008年から複十字病院で勤務。現在、結核研究所抗酸菌部主任研究員、長崎大学大学院医歯薬学総合研究科新興感染症病態制御学系専攻臨床抗酸菌症学分野教授も務める。

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提供元:風呂や土いじりで感染、急増する「肺NTM症」の正体|東洋経済オンライン

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