2023.06.26
「待つ時間がムダ」と思う人が知らない薬局の変化|電子処方箋で薬の受け取りはどう変わるのか
薬局での待ち時間どう変わる?(写真:8x10 /PIXTA)
病院で受診をして処方箋を受け取り、薬局で説明を受けて薬を調剤してもらう――。ご自身やご家族に持病があると、数カ月に一度、1日がかりで薬局に行く必要があります。
事前に予約をとっていたとしても、自宅から病院への移動時間はもちろん、受診待ちや検査の結果待ち、調剤待ち・・・・・・。このために、忙しいビジネスパーソンが貴重な有給をとることもあるでしょう。
一方で受診後に発行される院外処方箋は年間約8億枚という推計もあり、薬局側にとって、ビジネスマンを含めた患者さんへの日々の処方には大きなインパクトがあるということがわかります(出典(1))。
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そんな、休日らしからぬ休日も「電子処方箋」を使えば減らせるかもしれません。
今年1月、紙の処方箋を電子化し、医療機関と薬局の間で患者さんの服薬情報をオンラインでやりとりする「電子処方箋」の運用が始まりました(出典(2))。
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6月16日に閣議決定された骨太方針の中にも、「医療DXに関連するシステム開発・運用主体の体制整備、電子処方箋の全国的な普及拡大に向けた環境整備、標準型電子カルテの整備、医療機関等におけるサイバーセキュリティ対策等を着実に実施する」と記載されています。
処方元の医療機関と薬局が相互に患者さんのデータを把握し、薬の重複や飲み合わせが悪い薬(併用禁忌)をあらかじめチェックできるようになります。
昨今、国が主導して医療情報基盤の整備が進められており、現場での情報の利活用や、患者さん自身のデータを日常生活改善などにつなげるPHR(Personal Health Record)の充実などがあげられています。電子処方箋の導入は、医療機関と患者さんとのつながりをデジタルの力で強化する柱のひとつです(出典(3))。
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電子処方箋でなにがどう変わるのか?
患者さんにとって、薬局に処方箋をもらいに行く際の流れは、どう変わるのでしょうか。
通常、患者さんは医師の診察後に紙の処方箋をもらい、それを薬局に持参して薬を調剤してもらいます。患者さんは薬局で薬剤師が調剤をしている間、待つ必要があり、その分薬局の滞在時間が長くなります。出勤途中で薬局に寄る患者さんにとっては、時間のロスにもなるかもしれません。
しかしこれからは、患者さんが電子処方箋を希望すれば、医師によって専用のサーバーに処方箋情報が登録された後、病院窓口で処方箋の引換番号が渡されます。その番号を患者さんが、一部の調剤薬局で提供されているLINE上のミニアプリや専用のアプリを用いて事前に薬局へ引換番号を送れば、薬剤師はサーバーにアクセスしすぐに薬を調剤することができます。
処方内容(控え)、受け取りのイメージ(写真:厚生労働省資料より)
さらに保険証として使えるマイナンバーカードを持っていれば過去の処方歴が管理データベースに記録され、ほかの医療機関や薬局での情報を取得できます(出典(4))。
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保険調剤薬局側のシステムで電子処方箋情報を取り込めば、そのほかに処方されている薬との重複や併用禁忌のリストが表示されるので、薬剤師はあらかじめ服用の問題がないかをチェックできます。市販薬をお使いの患者さんは、それを薬局へ伝えておくとよいでしょう。
患者さんが病院に行く前にすでに情報が薬局に届き、その場で調剤を始めることができるため、待ち時間の短縮にもつながります。
一方で、こんな疑問も生じます。確かに、重複や併用禁忌のチェックがより機能することで、患者さんは安全性が向上するメリットを享受できます。しかし、紙の処方箋を薬局に持参する行為が、直接薬局に持参、または引換番号が記された処方内容(控え)をアプリを通して写真で送信する行為に置き換わっただけで、あまり手間は変わらないのではないかと。
オンライン診療と組み合わせる方法も
電子処方箋と、オンラインの診療や服薬指導を組み合わせて利用する場合、少し様相が異なり、次のような使い方が想定されます。
例えば、勤務前にオンライン診療を受け、発行された「処方内容(控え)」を手元のスマートフォンでスクリーンショットなどでとっておき、専用アプリで薬局へ送信すると、薬剤師によるオンライン服薬指導をアプリ内で受けられます。仕事の合間や終業後にオンラインで薬剤師からの服薬指導を受けて薬は自宅に届くよう発送依頼ができます。
医療機関や薬局に行くという動線が省けるので、遠方の方や忙しいビジネスパーソンだけでなく、小さなお子さんを持つ保護者の方や体力が乏しい重病の患者さんにも便利な仕組みです。もちろん、対面で診療を受けて、薬局の服薬指導はオンラインで受ける、という使い分けも可能です。
元々、オンライン服薬指導を受ける場合、処方箋内容を医療機関から薬局へ直送してもらう方法が以前からありましたが(出典(5))、電子化すれば患者さんにとって利用のハードルがより下がるでしょう。
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電子処方箋に対応している医療機関・薬局のリストは厚生労働省のホームページに掲載されていますので受療の参考にできます(出典(6))。
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電子処方箋普及への壁もある
その一方で、2023年4月23日時点で、電子処方箋は全国3352施設(病院9、 医科診療所250、 歯科診療11、薬局3082)で運用開始とされており、広く普及しているとは言いがたい状況です。(出典(7))。
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普及の壁として、システムベンダーのリソース逼迫(ひっぱく)や各医療従事者が電子的な作業に対して署名を行うためのHPKIカードの申請・発行・取得および運用に時間を要しているという話題もありますが、導入に対する費用負担の面も大きいです。
電子処方箋を導入する際は「医療情報化支援基金」に補助金を申請できますが、各種病院会・医師会・薬剤師会等の団体より補助率引き上げの要望がでています(出典(8))(出典(9))(出典(10))。
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実際に大学病院では、「システムを入れると数千万円の負担が生じるので厳しい」という話や、診療所などでもご年配の医師が「もうすぐやめる予定なのにここで追加費用をかけてシステムを変えるのか」と抵抗の気持ちを示されるケースもあるようです。
薬局経営者の方と話していると、「今後、電子処方箋のさらなる広まりが予測されるので導入しようとは思うものの、費用を考えると足踏みしてしまう。補助金を申請しても店舗当たりの準備費用や月々数千円のランニングコストが生じるのは、現状の処方元における普及度合いをみても見合わない」といった声も聞きます。
日本医師会や全日本病院協会等が「電⼦処⽅箋の最終受益者は、より最適な医療を受けることができる患者であり、必要としない重複投薬の回避等により国⺠医療費の適正化を実現できる国であると考えます。⼀⽅で、医療機関側は、電⼦処⽅箋の導⼊は収益増につながるわけではありません」と述べているように、お金と手間をかけても患者数が増える確証はないため、費用対効果が悪いと業界関係者に評価されている側面があるのかもしれません(出典(8)、出典(9))。
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視点を変えると、海外では日本に先行してシステムを導入している国が多数存在します。例えばエストニアは、2010年に運用を開始し、2021年時点での電子化率は99%と言われています。
まず診察時に医師が電子処方箋情報を専用データベースへ登録。薬局では、薬剤師が患者さんの本人確認を行った後、データベースにアクセスして情報を取得し調剤を行います。また、慢性疾患で繰り返し同じ薬が必要な場合は、患者さんがメールや電話をすれば、医師が処方箋を出すことも可能です(出典(11))。
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物理的な紙情報への依存がなくなり、患者さんご自身の履歴をオンラインで閲覧できるほか、身分証明書提示のみでどの薬局においても電子処方箋に基づき薬を受け取ることができるメリットがあります。
厚生労働省 電子処方箋サービス推進室によると国内においては、実際に事前利用申請をしている医療機関も増えてきています(出典(12))。中長期的な目標としては、2025年3月をメドにおおむね全ての医療機関・薬局への導入を目指すとされています(出典(13))。
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電子処方箋システムによりオンラインでの診療や服薬指導など患者さんの選択肢に広がりが生まれて利便性がより増すからこそ、本人が服用中の体調変化に気づけるかどうかがカギとなります。
例えば、慢性疾患の治療のため血圧を下げる薬を長年にわたり続けていた50代男性の患者さんは、以前から歯茎の腫れが気になっていました。
薬剤に関して気になることがないかを尋ねる薬剤師からの連絡をきっかけに、薬の副作用が原因だったと判明。長期間服用していたからこそ、ご本人は副作用という考えに及ばなかったのです。その後、処方内容の変更が行われ、症状は落ち着いたそうです。
医師と薬剤師の付き合い方を考えるきっかけに
普段の生活の中で、体調に違和感があっても受け流してしまったり、検索したりする方は多いと思いますが、専門家に聞いてみることも時には大切です。
ささいな異変が起きた際、特定の薬や治療を症状の原因と紐づけて考えられる人ばかりではないと思います。医師や薬剤師との付き合い方について考え直すきっかけとして、電子処方箋はもちろん医療機関や薬局のサポートを利用してみるのもよいでしょう。
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提供元:「待つ時間がムダ」と思う人が知らない薬局の変化|東洋経済オンライン