2023.05.19
「出勤前にお腹が下る」腸の中で起きていること|ストレスの判定は腸内細菌が実は行っている
(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/PIXTA)
人間の行動は脳がコントロールしていると思われがちですが、腸(腸内細菌)が決めている部分があるわかってきました。腸に関する国内外の最新研究を基にパフォーマンスを高める方法を紹介した書籍『すごい腸とざんねんな脳』より一部抜粋・再構成してお届けします。
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私たちはストレスを感じるとお腹が痛くなり、下痢や便秘などになったりします。皆さん、特に男性の会社員の方々は、次のような経験があるかもしれませんね。
例えば朝、大きなプレゼンがあるときには、下痢の症状で悩まされることがあるかもしれません。ではなぜ、出勤前になるとお腹が下ってしまうのか? その人はもともとお腹がゆるいのでしょうか? 実は脳の中で考えていることは、私たちが思っている以上に腸に反映されやすいのです。こうした脳と腸のつながりを脳腸相関とか、腸脳相関と呼んでいます。
もともと生まれつき胃腸が弱い人は確かにいらっしゃいます。また、男性が女性に比べて胃腸が弱い人が多いのも統計的な裏付けがあります。しかし、それ以上に脳と腸の関係は深いのです。
皆さんも経験があるでしょう。空腹のはずなのに極度の緊張から食欲が出ないとか、不安が続くと頻繁にトイレに行きたくなるなどです。
検査に異常がなくてもストレスに腸が反応する
最近、有名人の方も罹患して、報道されることも多くなってきている「過敏性腸症候群」はストレスが腸の症状に密接に関与している症状として知られています。この症状はストレスや不安感が原因なのですが内視鏡検査などで調べてみても具体的な腸の変化は見られないのに、腹痛、便秘や下痢といった症状が現れるのが特徴です。
とても不思議な現象です。しかしなぜ、このようなことが起きるのでしょうか? もちろん、これは脳腸相関が原因です。
脳と腸の関係は、古くから研究対象になっていました。「脳」がストレスや不安を感じると、その情報が臓器に伝わります。とくに消化器官である「腸」の機能に影響が出ます。
そこで研究者は次のような仮説を立てたのです。脳から腸に何らかの信号が出て、それが腸の調子を変えているのではないかということです。
解析技術が発展したこともあり、これまでの研究では副腎皮質刺激ホルモン放出因子(cortictropin releasing factor; CRF)や(thyrotropin releasing hormone; TRH)といった視床下部ホルモンが、視床下部、下垂体、副腎軸(HPA軸)を活性化するだけでなく、中枢神経系を介して消化管機能を調節することが明らかにされてきました。
つまり、脳がホルモンを通じて腸をコントロールしているのではないかということが、ホルモンの作用からわかってきたのです。
こうした考え方に対して、腸のほうも何らかのコントロールをしているのでは、という仮説を立てる研究者も増えてきました。
腸に関する研究が進み、腸で生じたさまざまな生理的、病理的な変化が脳へと伝えられて、脳内の情報処理機能に影響を与えることも明らかになってきました。前述したように脳腸相関という言葉がありましたが、最近では腸も脳に影響を与えているということで、腸脳相関とも呼ばれています。さらに、脳と腸は相互に情報伝達・情報交換を行っていて、互いに作用を及ぼしあう関係にあることがわかっています。
具体的には脳と腸はホルモンや細胞に指令を与えるサイトカイン(血中を流れる情報タンパク質)などを利用し、自律神経系のネットワークを介した作用によって、互いに影響しあう関係にあるのです。
最近、医療技術が発展することによって、この相関に新しい影響があることがわかってきました。それが腸内細菌の存在です。腸内に生息する常在細菌は約1000種、約100兆個とも言われ、100万以上の多彩な遺伝子を持っています。あるときは直接的に、あるときには神経の活動に影響を与える物質を生成しながら、腸脳相関の主役になりつつあります。「腸内細菌—脳—腸」相関といった言葉もあり、最も注目の研究領域となっているのです。
心と体にかかるストレスの判定は腸内細菌が行っている
「今日も上司に怒られて、胃が痛いな……」なんて、私たちはよく言いますが、実は胃は消化器官の中でも最も弱い臓器として数々の実験からわかっています。胃は強いストレス要因があると、すぐに傷ついてしまうのです。
では、そのストレスの度合いを測定するような器官は私たちの身体の中にあるのでしょうか? 多くの方は脳がその役割を果たしていると感じるでしょう。しかし、実はそうではなく、腸内細菌がストレス情報を脳に送っているのではないかということが、わかってきました。
このようなストレス応答(ストレスに対応する防御のしくみ)に腸内細菌が関与していることを世界で初めて明らかにしたのが、九州大学の須藤信行博士らの研究チームです。
2004年、須藤博士は腸内細菌をまったくもたない無菌マウスと、通常のマウス、そしてビフィズス菌やバクテロイデス属の細菌(体の抵抗力が弱っているときに病気を引き起こす細菌を含む)など、特定の腸内細菌だけを持つマウスを使い、ストレス応答が腸内細菌によってどのように影響を受けるかを、調べてみました。
ビフィズス菌を持っているとストレスはどうなる?
すると次のような結果が明らかになりました。
(1)無菌マウスは、通常マウスより、ストレス反応が過敏であること
(2)バクテロイデス属の細菌を持つマウスのストレス反応は、無菌マウスと同程度に過敏であること
(3)ビフィズス菌を持つマウスのストレス反応は、通常マウスと同じ程度に低い
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さらに、無菌マウスでは通常飼育マウスに比較して、拘束してストレス与えたことで生じたACTH(副腎皮質刺激ホルモン)およびコルチコステロンの上昇反応が有意に亢進することを見いだしています。コルチコステロンとは、ACTHによって分泌がコントロールされているホルモンの一種で、ストレス状態にあると分泌されるものです。
また、このACTHおよびコルチコステロンのストレス反応の亢進は、バクテロイデス菌(バクテロイデス・ブルガダス)を移植したマウスでは無菌マウスと同じでしたが、ビフィズス菌(ビフィドバクテリウム・インファンティス)を移植したマウスでは通常環境飼育マウスと同程度まで反応が減っていました。
つまり、ビフィズス菌はマウスの過剰なストレス反応を腸脳相関で介して抑制することが示されたわけです。以上のように、腸内細菌は体が成長した後のストレス反応や脳内の神経成長因子に影響することは明らかです。
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提供元:「出勤前にお腹が下る」腸の中で起きていること|東洋経済オンライン