2023.02.27
「餃子の雪松」が全国制覇しても絶対変えない流儀|現金商売の原点は“商店街の息子たち"にあり
全国各地で見ることができる「餃子の雪松」の無人販売店(写真:YES)
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ここ数年で、各地に店舗を増やした業態のひとつに「冷凍餃子の無人販売」がある。
その人気をリードするのが「餃子の雪松」だ。メディアに登場する機会も多く、最新の店舗数は「432店」(2023年2月2日現在)となり、そのすべてが直営店。北は北海道から南は鹿児島県まで、沖縄県以外の全国各地に店を構えるようになった。冷凍餃子を買って食べた人もいるだろう。
店舗拡大したのがコロナ禍と同時期なので、「(売り上げ不振で)居抜きとなった飲食店跡地に出店」とも報道されたが、実はそうではない。その出店戦略は後述する。
そもそも、なぜ「餃子」に目をつけ、どうして現在のやり方にこだわるのか。事業の立ち上げ人の1人に話を聞き、「日本の生活者にとっての餃子」も考えてみた。
無人店舗の現金販売、代金は箱に入れる
「餃子の雪松」は現在、24時間営業の無人運営。商品は36個入りの冷凍餃子で1000円(税込み)、1種類のみの単品販売だ。特製の「たれ」も1個200円で販売し、客が冷凍庫から商品を取り出し、購入商品の合計額を自分で計算し、備え付けの箱に現金を入れる。
店舗内はシンプルだが、見えない部分で運営コストがかかっているという(写真:YES)
キャッシュレスはなく、お釣りも出なければ領収書も発行されない。防犯カメラは設置されているが、利用客の性善説に委ねる運営だ。400店超でも不採算店は1店もないという。
「無人販売方式で店舗展開を始めたのは2019年7月からで、その1号店は大泉学園店(東京都練馬区)でした。『雪松の餃子を全国に広めたい』思いで、2022年に沖縄県以外の46都道府県に出店することができました」
「餃子の雪松」を運営する株式会社YESの高野内謙伍さん(マーケティング部 部長)はこう話す。沖縄出店も計画したが物流面で採算が合わず、まだ実現できていない。
少しユニークな社名は、もともと同社代表の長谷川保さんが経営する会社だからだ。実は、高野内さんと長谷川さんは幼なじみ。同じ小学校と中学校の同級生で、大人になってからも交流が続く。この事業に関わる前、高野内さんは靴の輸入販売業、長谷川さんはヘアカットサロンや不動産業も営んでいた。「何か一緒にやりたいね」と話していたという。
そんな飲食業未経験だった2人が、「雪松」と出合い、現金商売に行き着くのは、血縁と地縁が関係していた。
YESの高野内マーケティング部長。商売を行う家庭で育った(写真:YES、撮影のためマスクを外しています)
群馬県水上温泉「お食事処 雪松」の味
群馬県みなかみ町に「水上温泉」という観光地がある。人気温泉地も多い同県で、かつては「草津温泉」「伊香保温泉」に次ぐ存在だったと聞くが、現在は往年の勢いがない。
当地で昭和15(1940)年に創業して営業中なのが、「お食事処 雪松」だ。歴史は長いが、町中華や温泉街の食堂といった風情でハードルも高くない。メニューもチャーハン、オムライス、ラーメン、唐揚げなど庶民的で、芸能人やプロアスリートがひそかに訪れる人気店でもあった。
「餃子が看板商品でした。この店を切り盛りしていたのが3代目店主の松井茂さん(2020年に77歳で死去)で、長谷川の叔父になります。3代目が高齢になられ、4代目を継ぐ予定だった息子さん、そして奥さんが病気で亡くなった後、長谷川が『雪松の味』を引き継ぐことを決意し、幼なじみだった私も一緒にやることになったのです。
以前から『店の権利を譲ってほしい』『FC(フランチャイズチェーン)でやりたい』という声も多くありましたが、3代目はすべて断っていました」(高野内さん)
その中でも「餃子」に絞ったのは、消費者に身近な料理だったことと、店の歴史や味へのストーリー性があったからだという。
飲食未経験だったが研究を重ね、松井店主に作り方を教わって帰社すると味の再現を繰り返した。各地の人気店も実食。都内の「亀戸餃子」(東京都江東区)、餃子で有名な宇都宮市の「みんみん」(栃木県)や浜松市の「浜太郎」(静岡県)などの餃子も試食したという。
(写真:YES)
「お食事処雪松」と3代目の松井茂店主。現在は3代目の親族が店を切り盛りする(写真:YES)
埼玉県で「有人の飲食店」をスタートさせたが…
2016年から味の継承を始めたが、昭和の職人気質の3代目は、経験則での調理法。「焼き方は、パチパチいっているのがチリチリしてから」といった説明を再現するのに苦労した。
「2年近く試行錯誤した末、餃子を完成させました。1号店のオープンが迫ってきた頃、調理して3代目に試食してもらったのですが、『これならまったく一緒だよ。もう作るのが大変だから、オマエのところから仕入れるわ』と言っていただけました」
こうして開業した“1号店”は現在とは違い、有人の飲食店で、6個入りの「餃子定食」(300円)を提供。2018年9月、埼玉県入間市にオープンした。ところが……。
「連日、行列ができてすごかったのです。スタッフ全員で朝の5時までかけて用意しても、すぐ売り切れてしまう。あまりに周囲が渋滞して、警察から指導を受けたりもしてしまい、1カ月足らずで有人販売はやめました」
入間市の1号店は飲食提供もした。持ち帰り用の生餃子と冷凍餃子も販売し、連日行列となった(写真:YES)
その後、無人業態に変更したのは「昔からある野菜の無人販売」をイメージしたという。無賃購入がほとんどない日本人の良識に期待しつつ、似た事例を調べた末に決定した。
「会社のオフィスに常備する置き菓子『オフィスグリコ』(江崎グリコ)さんも参考にしました。当時、代金回収率を調べたら100%近くあり、これならいけると思ったのです」
冷凍餃子のみに変え、大量生産・大量販売にする生産体制の構築にも苦労した。
「取引先のご協力も欠かせません。餃子の皮に使う粉は、粉の種類、水分量、皮の厚さなどを何度も試行錯誤し、昭和産業さん(本社:東京都千代田区)がオリジナルの粉を開発し、ご提供いただいています。規模の拡大につれて工場も移転し、入間工場を稼働させました」
“鶏肉屋と和菓子屋の息子”が行き着いた、現金商売
それにしても、キャッシュレス決済が増える時代に、なぜ現金販売のみにしたのか。
「無人店舗の展開前は、電子決済でピッとやればドアが開くようなテクノロジー系も検討しました。でも、すべての人が気軽に使えるやり方ではありません。自動販売機も検討しましたが、伝統の餃子をそんなふうに扱うべきではない、という思いが勝りました」
長谷川さんと高野内さんには、もう1つ共通点がある。東京都東大和市にある栄商店街。2人はここで子ども時代を過ごし、実家は鶏肉店と和菓子店だった。
「まだ商店街が元気で、活気があった時代です。買い物に来た主婦に対して、八百屋のオジサンが、『今日はこれで料理を作って、旦那に一杯飲ませてやろうよ』と掛け声をかける光景が日常でした。その原点を持つ私たちは、結局、『昔ながらの現金商売でいこう』と決意したのです」
「餃子の雪松」の店舗立地も、生活感のある場所にこだわる。昼間人口は多いが夜間人口は減る繁華街には出店せず、家賃の高い幹線道路沿いよりも生活道路沿いに構える店も多い。
「無人だとコストがかからなくていいですね」とも言われるが、苦笑しながらこう語る。
「実際は毎日1~3回、スタッフが店に足を運び、商品補充や清掃をしたりします。備品の補充・発注もすれば、棚卸し作業もあります。見えない部分でコストがかかっているのです」
伝統を預かっているから「餃子の味」は変えない
雪松の餃子は、野菜中心で肉は全体の1%程度。ニンニクと生姜が多く、皮は薄皮なのも特徴だ。筆者も買って食べてみた。週に何度か食べても、飽きのこない味に思えた。
「よく『中身をこうしたらどうか』や『〇〇味を追加したら』というご提案もいただきます。人によって味の好みが違うのも承知していますが、3代目から引き継いだ伝統の味を預かっているので、勝手に味を変える気にはなれません」
野菜中心の餃子が特徴だ(写真:YES)
日本の食卓に「餃子」が浸透したのは戦後からだが、今では外食でも家庭内の食事でも人気メニューのひとつとなった。主役にも脇役にもなれる存在で、「町中華」ではラーメンやチャーハンに次ぐ主力メンバーだ。
(筆者撮影)
町中華や中華チェーンの「セットメニュー」にも餃子は欠かせない(筆者撮影)
餃子は地域による味の違いが少ない
筆者はラーメンの味の地域性について記事にしたこともあるが(ラーメン好きな人も知らない「味の地域性」の深奥/2021年10月23日配信)、ラーメンに比べると餃子は、地域による味の違いが少ない、と思う。
ラーメン好きな人も知らない「味の地域性」の深奥/2021年10月23日配信 ※外部サイトに遷移します
店舗数が増え続ける「餃子の雪松」だが、今後の出店数をどう考えているのか。
「全国展開も達成し、工場の生産供給量もありますので、今後は急激に店舗拡大することはないでしょう。日々の商売を淡々と続けるだけです」
こう話す同社が、現在注力するのが冷凍ラーメンだ。「日本ラーメン科学研究所」として販売し、醤油と豚骨の2種類。価格はともに3食入りで各1000円(税込み)となっている。
冷凍餃子も冷凍ラーメンも作り方は簡単だが、調理するときは、焼いたり沸騰させたお湯に投入したり、各家庭でひと手間かける。そのライブ感も大切にしているように感じた。
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提供元:「餃子の雪松」が全国制覇しても絶対変えない流儀|東洋経済オンライン