2023.02.15
老老介護の限界を感じた娘が出した「2つの選択」|明け方に何度もオムツ交換…負担を軽くしたい
自宅で過ごす患者さんを診る中村医師。在宅医療の様子(写真:筆者提供)
コロナ禍や高齢化の影響で需要の高まりをみせている在宅ケア。「住み慣れた自宅で療養したい」「最期まで自宅で過ごしたい」という患者や家族の思いを支えるのが、患者宅を訪問して在宅医療や訪問介護などを行う在宅ケアだ。
これまで1000人を超える患者を在宅で看取り、「最期は家で迎えたい」という患者の希望を在宅医として叶えてきた中村明澄医師(向日葵クリニック院長)が、若い人たちにも知ってもらいたい“在宅ケアのいま”を伝える本シリーズ。
10回目のテーマは、老老介護の見守り方について。老親から困りごとを引き出すコツや、希望と現実との折り合いのつけ方などもまじえて解説する。
80代で老老介護中の親を、近居で見守りながら都内で暮らしている50代のA子さん。母親は5年ほど前に進行性の神経変性疾患であるパーキンソン病と診断され、現在はA子さんの父親が介護しながら、自宅での生活を続けています。
A子さんは仕事仲間で、私は彼女の両親に医師として直接、関わっているわけではありません。ですが、A子さんが直面している悩みが、老老介護を見守る多くの家族に共通するものだと感じたため、今回ご紹介したいと思います。
早朝に起こされ「オムツ替えて」
あるとき、A子さんから「母親の介護をしている父親の負担が増している」と相談がありました。聞けば、就寝中の母親の尿漏れが原因で、早朝に父親が起こされることが続き、頭を悩ませていると言います。
昼間は何とか自力でトイレに行ける母親ですが、夜はぐっすりと寝込んでいます。しかし、就寝中でも夜間頻尿は活発で、母親は毎朝明け方に尿漏れで目を覚ましては父親を起こし、「オムツとシーツを交換してくれ」と訴えるのだそうです。
自身も高齢で、体の不調も出てきている父親です。妻の願いとはいえ、明け方に起こされることが毎日ともなれば、どうしても疲労が溜まってしまいます。
父親もA子さんも、何とか尿漏れを防げないかと、市販品の中で最も吸水性の高いパッドとオムツを選び、さらにオムツの上から防水パンツを履かせるなどの対策を講じたものの、どうしても尿漏れが起きてしまいます。
夜間の排泄介助を誰かに頼めたらいいのですが、現行の介護保険制度に夜間巡回は含まれません。そのため、例えば夜間のオムツ交換を誰かに依頼するとなると、自費の介護サービスを別途契約する必要があり、毎日ともなれば大きな負担額になります。
現在、A子さんの母親が毎月支払っている介護保険利用料は、下の表の通り、1割の自己負担で1万4000円ほどに抑えられています。
一方、自費の介護サービスは事業所によっても金額が変わってきますが、1時間につき3000〜5000円程度で、夜間や早朝の対応は金額がさらに加算されるところが多いです。
A子さんは、両親の家の近くに住んではいますが、フルタイムで働きながら、育ち盛りの子どもを育てる母親でもあり、とくに平日は介護の時間を取るのがなかなか難しい現状があります。
週に一度は実家に顔を出し、両親の生活を見守っているA子さんですが、実は母親の尿漏れの事実を知ったのは最近のこと。「両親が尿漏れで困っている事実を、ずっと私に言わなかったんです」とため息をつきます。A子さんは、毎週実家に顔を出すたびに「何か困っていることはない?」と両親に聞いていたそうなのですが、両親は「ない」と答えていたため、困っている事実に気づくのが遅れたといいます。
妻を支える夫。いまや老老介護は6割にものぼる(写真:筆者提供)※画像は一部加工しています
老老介護は約6割、調査開始以降最多
高齢化が進むなか、自宅で介護を受ける人と介護者の双方が65歳以上の高齢者という老老介護は、年々増加傾向にあります。厚生労働省の調査(国民生活基礎調査、2019年)によれば、同居する家族や親族が自宅で介護をする在宅介護のうち、老老介護の割合は59.7%と、調査を始めた2001年以降、最も多くなっています。
こうしたなかで、子ども世代から聞かれるのが、「老老介護をする親が困っていることを、どうやったら引き出せるのか」という声。往々にして親というものは、子どもに迷惑をかけたくないという心理が働き、困りごとがあってもぐっと胸に秘めてしまいがちです。また、子どもがよかれと思って、いろいろと親に構うのを、親が嫌がる場合もあります。
子どもから見ると、老老介護をする親が大変そうであっても、親にしてみれば「老老介護ができている事実そのものが自信になっているのだから、邪魔しないでほしい」という場合もあるのです。一口に老老介護といえども、そこに込められた思いはそれぞれで、子どもに積極的にサポートしてほしい老老介護もあれば、本当に困るギリギリのところまで放っておいてほしいケースもあります。
こうしたことを踏まえて、なるべく早い段階から考えてほしいのが、年を重ねるにつれ、少しずついろんなことができなくなってくる親との関わり方。いざ老老介護が始まってから、親との関わり方を考えるのではなく、親が少しでも元気なうちから考えておくことをお勧めします。
老化を認めるのは、親にとっても子どもにとっても簡単なことではありません。「自分はまだまだ大丈夫」「うちの親は元気だから」などと、親も子どもも、どこかに老化を認めたくない気持ちがあるものです。
しかし、老化は年を重ねるごとに、誰しもに訪れる現実です。多くの場合、体が弱ってからや、介護で大変な時期に差し掛かる前の段階のほうが、正直な気持ちを言えたり、素直に頼めたりする人が少なくないように感じます。早い段階から親を知ろうとすることで、親の希望や価値観を少しずつ掴んでいきましょう。
私も今、娘として年老いた父親を見守っている1人ですが、親とはいえ自分とは別人なので、考え方や価値観をすべて理解しようとするのは、どうしても難しい。幼い頃のしつけが親の価値観とも限らず、それこそ日々発見の連続です。
親子だからこそ感情が邪魔したり、先入観を持ってしまったりもするため、一筋縄ではいかない部分もありますが、それでも親を知ろうとすることは大切だと実感しています。
なるべく早い段階で、親がどれくらいの関わり度合いを求めるかなどの希望を聞きながら、自分が関わることができる現実的なラインも見定めつつ、関わり方について話しておきましょう。
親だけでなく、兄弟がいれば兄弟同士で関わり方について話し合っておくことも大切です。見守るうえでのスタンスを話し合っておくことで、互いに意識のギャップを感じることなく、いざというときにも動きやすいと思います。
施設への入居も選択肢の1つ
ここまでは自宅で介護する前提でお話ししてきましたが、生活における困りごとが増えてきたり、自宅での介護に限界を感じたりしたら、施設に入居するのも選択肢の1つとして考えてみてください。
大切なのは、家族が介護を誰かに委ねたり、施設に入れる選択を「悪い選択」だと思ったりしないことです。介護の負担が増すと、夫婦関係や親子関係がギスギスしてくるケースも出てきます。
その場合は、無理に自宅での生活を続けるより、施設での生活のほうが介護する側・される側にとってよい場合も十分にあります。また、施設でいろんな人と接することが心身ともに良い作用をもたらす場合もあります。
冒頭のA子さんも今、母親の施設入居を考えています。自宅での生活を続けるのが難しくなる大きな境目の1つが、自力でトイレに行けなくなったときです。実際、私が関わっている患者さんやそのご家族のなかにも、排泄介助が必要になったことをきっかけに、施設入居を選ばれる方がたくさんいます。
問題は、介護される側が入居を希望するかどうか、です。A子さんの父親も、排泄介助の負担が積み重なるなかで、妻を施設に預けたいという思いが出てきているそうですが、母親は「施設には入りたくない」という意思が強く、本人の希望をどこまで尊重すべきかについても頭を悩ませています。
こうした場合、家族全員が100%満足できる結論を探ろうとしても、それは残念ながら難しく、どこかで折り合いをつけることが必要です。「施設に入らず、自宅で過ごしたい」という本人の希望はもちろん大事ですが、介護している側に負担がかかりすぎてしまうのはよくありません。支える家族側の人生も大切にすべきです。
こうしたことを踏まえて私がA子さんに提案したのは、「父親の負担を減らすためにも、母親に二択を提示してみる」というものです。
1つめの選択肢は、今後も自宅で過ごしていきたいなら、「オムツ交換の回数を減らすのを受け入れる」というもの。少なくとも、オムツ交換のために毎朝父親を起こすのはやめて、ある程度は濡れている状態を我慢してもらいます。
オムツ交換の頻度を「濡れたら都度」ではなく、例えば「日中ヘルパーが来たときを中心に、1日◯回」などにするのです。定期的なオムツ交換で耐えられたら、父親の負担もぐっと軽減されるはずです。
厳しいようですが、もしそれを受け入れられなければ、施設に入ってもらわないと難しい、と伝えるのもときには必要で、この施設入居が2つめの選択肢となります。「施設に行きたくない」という本人の思いを尊重するなら、本人も何かを譲歩する姿勢が大切です。
夜間のトイレ介助やオムツ替えは介護の大きな問題の1つ(写真:筆者提供)
第三者の意見を聞くのも手
こうした折り合いをつけるときは、在宅医やケアマネジャーなど、医療や介護に関わる第三者の意見を聞いてみるのも手で、より適切な判断がしやすいと思います。
誰かに負担が集中しすぎていたり、黙って我慢している状態は、後悔を生みかねません。家族の様子も鑑みながら、その時々に適切な選択肢を考えるサポートをするのも、在宅医の大切な仕事の1つだと感じています。
A子さんも、母親に二択を提示してみるという提案を聞いて、「相談してよかった」「モヤモヤしていた迷いがすっきりした」と言ってくれました。
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困っている渦中にいるときには、どう前に進めばいいかわからなくことがあります。しかし何か迷うことや困ったことがあれば、家族だけで悩むのではなく、医師や看護師、ケアマネジャーなど、第三者の意見もぜひ聞いてみましょう。
もし第三者との関わりが始まっていなければ、まずは地域包括支援センターに相談してみるとよいでしょう。本人と家族がよりよい時間を過ごすためにも、困りごとは抱え込まず相談してほしいと願っています。
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提供元:老老介護の限界を感じた娘が出した「2つの選択」|東洋経済オンライン