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2023.02.02

「医師の働き方改革」で手術や救急に支障が及ぶ訳|来年春から「勤務医の残業時間に上限」の懸念点


医師の勤務時間に上限が設けられる「働き方改革」。どんな影響があるか取材しました(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/ PIXTA)

医師の勤務時間に上限が設けられる「働き方改革」。どんな影響があるか取材しました(写真:ペイレスイメージズ1(モデル)/ PIXTA)

テレビでは医療や病院を舞台にしたドラマが増えている。そういったドラマでよく目にするのが、勤務医が長時間労働をしている場面だろう。

実は、この長時間労働は勤務医の大きな負担になっていて、ドラマで描かれている以上に現実は厳しい。過労で体調を崩したり、メンタルヘルスで問題を生じたりするなどしており、労働環境の改善が喫緊の課題となっている。

そうしたなか、長時間労働が常態化している勤務医の働き方が、来年から大きく変わる。「医師の働き方改革」といわれるもので、2024年4月から勤務医の時間外労働の上限が原則、年960時間となる。960時間というのは、ざっくりと計算すると1日4時間ほどの残業になる。例外として、救急など緊急性の高い医療を提供する病院の医師や、短期間で集中的に症例経験を積む必要がある若手医師は、上限を原則の約2倍となる年1860時間とする。

過酷な長時間労働を強いられている医師の働き方が見直されるのは悪くないが、手放しで喜んでいいかは微妙だ。なぜなら、患者側にしてみると、これまでのように「受診したいと思ったときに自由に病院を選ぶ」ことが今後できにくくなるなど、日々の受診に大きな影響がおよぶ可能性が指摘されているからだ。

産婦人科医の4人に1人が時間外労働

今回の働き方改革の対象となるのは、勤務医だ。そこでまず、今の勤務医が実際にどの程度の時間外労働をしているかみていこう。

厚生労働省が2019年に実施した勤務実態調査によると、勤務医の約1割が、年1860時間を超える時間外労働をしていた。3000時間を超えるケースもあり、自宅に帰ることもなく、ほとんど病院に住み込み状態となっている医師が少なからずいる実状が明らかになった。

上記の調査とほぼ同時期に、まめクリニックグループ創業者で医師の石川雅俊氏(筑波大学ヘルスサービス開発研究センター客員教員)が、「全国の産婦人科医師の勤務実態等を踏まえた医師の働き方改革の推進に向けたアンケート調査」を実施した。その結果、時間外労働が年960時間以上の医師が65.5%、年1920時間以上の医師が27.1%いた。

要するに、24時間対応や救急対応が求められる産婦人科では医師が不足しているため、それだけの長時間働かなければ、産婦人科医療は成り立たないということだ。現場は“医師の自己犠牲的な労働に支えられている”といってもいいだろう。

石川氏は言う。「働き方改革で懸念されるのは、現在の医療提供体制を維持できるかどうか。例えば1人の医師が院長として運営している産婦人科クリニックで、2人目か3人目の医師を大学病院からの派遣で充当している場合、その医師が時間外労働の上限に抵触すれば、そのクリニックで勤務できなくなるという事態も想定される」

実際、働き方改革のための対応策として、「医師派遣の中止・削減」を挙げる病院も出てきている。

そうなると、このようなクリニックでは医師の確保が難しくなり、夜間や救急医療を標榜できなくなるだけでなく、診療科自体がなくなったり、廃業に追い込まれたりする可能性も。地域で子どもを産める場所がなくなってしまうといったシナリオもありうるのだ。

簡単に受診できなくなる恐れも

それだけではない。

「医師の働き方改革によって、患者はがんのような重篤な病気になっても、すぐに手術が受けられない事態も生じてくる」「患者はこれまでのように病院を簡単に受診できなくなるかもしれない」――。こう危惧するのは、国際医療福祉大大学院(東京都港区)教授で医師の高橋泰氏だ。

高橋氏は、「実は勤務医といってもいろいろで、ほとんど残業がない診療科もある。長時間労働が常態化していて、今回の働き方改革で改善をさせる必要がある勤務医は、手術や、集中治療室などで働く外科系の医師、救急医、出産を担当する産科医。またはバイトで生計を立てている研修医です」と解説する。

地域の病院では、派遣元である大学病院などとの調整がうまくつかず、医師が充足できなければ、医師不足が深刻になる。その結果、その病院でがんなどと診断されても、長い時間待たないと手術を受けることができなくなるし、夜間を含めた24時間対応の救急体制を維持できなくなり、受け入れを拒まれることも予想される。

医師の働き方改革で発生しそうな副作用(イラスト:メディカル・データ・ビジョン作成)

医師の働き方改革で発生しそうな副作用(イラスト:メディカル・データ・ビジョン作成)

さらに、1人の医師が主治医を続けることは難しくなり、複数の医師がチームを組むことになれば、何かあったときには誰に頼ればいいかがわからなくなり、患者や家族の不安につながることもある。

働き方改革の時間外労働の上限規制などを盛り込んだ「働き方改革関連法」は、2019年4月から順次施行されているが、医師の労働環境改善には長期的な見通しが必要なため、5年間の猶予が与えられて、2024年4月スタートになった経緯がある。

ところが、医療界はその間の丸3年近く、新型コロナウイルス感染症への対応に追われ、働き方改革への対策が十分にできていない。そのため、働き方改革で想定される長期的な課題、医師の診療科ごとの偏在問題には有効な手立てが見つかっていない。

高橋氏はかねて、診療科の偏在がこの国の医療提供体制の維持を脅かすかもしれないと訴えてきた。実際、医師の間でも仕事中心からワーク・ライフ・バランス(仕事と生活を調和させること)を重視する意識が高まっている昨今、術後管理や夜勤が多い外科や救急など外科系医師数の減少がここ20年間で顕著になっている。

「この改革は短期的に大きな副作用をもたらすだろう。だが、今改革をしなければ、(過酷労働といわれる) 外科系、救急、産科の医師のなり手が減少し、中長期的には日本の外科系、救急、産科などの崩壊が起きる」(高橋氏)

医師の働き方を変えることは、これからの日本の医療のためでもあるというわけだ。高橋氏は働き方改革をきっかけに、長時間労働が常態化している診療科の医師でもワーク・ライフ・バランスを保てるようになり、これらの診療科を目指す医師が増えることを期待する。

働き方改革ではまた、厚生労働省が、ほとんど勤務していない宿日直(しゅくにっちょく)と呼ぶ、いわゆる寝当直を労働時間から省ける制度の活用を促しているが、これを高橋氏は評価する。

もちろん、これらの対応は対症療法であり、医療の抜本改革には医療DX(デジタルトランスフォーメーション)が欠かせない。医療DXは患者へのホスピタリティー(心からの思いやり)や医療の質の向上、スタッフの労働環境改善、病院経営の改善などを実現するものだ。

高橋氏は「医療DXに積極的に取り組み、電子カルテなどの患者情報を複数の医師が共有する仕組みを整備し、生産性を上げるような働き方に変えて、働き方改革の副作用を減らす準備をすれば、医療の質を落とさず医師の労働環境を改善することは可能だと思います」と話す。

すでに働き方改革を進める病院も

厚生労働省が2022年6月に公表した「医師の働き方改革の施行に向けた準備状況調査」では、回答した3613病院のうち、勤務医の副業・兼業先を含めた時間外労働をおおむね把握しているとしたのは、1399病院(39%)にとどまっていた。

時間外労働時間の上限規制スタートを約1年後に控え、勤務医の長時間労働を解消しようと具体的な取り組みを始めている病院もある。

日本赤十字社愛知医療センター名古屋第二病院(名古屋市)には常勤医が約280人いる。院内に「働き方改革推進委員会」を設置しており、毎月開催する委員会で、診療科ごとや医師ごとの勤務状況を把握し、特定の医師などが過度な長時間労働になっていないかなどをチェックしている。また、毎年春ごろに医師は病院に対して副業・兼業の申請をしているので、病院は医師の勤務実態を把握している。

同委員会の副委員長を務める渡辺徹氏(事務部長)は、社会保険労務士の肩書も持つ。毎月の委員会で長時間労働が指摘されるのは、やはり救急や外科系の医師だという。渡辺氏は「初期研修を終えた後に専門医資格の取得を目指す3年目以降の専攻医に、長時間労働が目立つ。専門性を極めようと1つでも多くの症例に立ち会い、自己研鑽に一生懸命な医師がどうしても長時間労働になってしまっている」と言う。

具体的な取り組みとして、同病院では長時間労働の多い診療科を中心に、労働時間として認める「自己研鑽」の判断基準を明確にしようとしている。医師がプロとして患者を診ていくために自己研鑽は必須だが、すべてを青天井で労働時間と認めていたら、働き改革の実現に向けて労働時間の管理ができない。

また同病院では、医師免許がなくてもできる業務を看護師や医療クラークなどにやってもらう医師のタスクシフト(業務の移管)だけでなく、1人の医師による主治医制から複数(チーム)主治医制などへの移行を円滑にするために医師間のタスクシェア(業務の共同実施)も推進している。

勤務医が不安視する収入減

ところで、医師の働き方改革は、医師の労働時間だけでなく、医師のお財布事情にも変化を来たす可能性がある。

渡辺氏は病院に勤務している社会保険労務士なので、全国の病院からの依頼で医師向けセミナーの講師を務めている。質疑応答で勤務医から出てくる質問の多くが、「今の収入が減ってしまうのか」というものだ。

そうした懸念があるのは当然だろう。これまで条件のいいバイトなどで勤務先の給料を補填してきた医師にとって、バイトができないということは収入減に直結する。また、30代、40代の勤務医だと、ちょうど子どもが高校や大学に入る時期だ。わが子の教育資金を稼ぐために、我が身を削って夜間や休日にバイトを入れているケースもあると聞く。

これに対して渡辺氏は、「収入についてはケースバイケースで、一概に収入が減ると答えることはできない。しかし、勤務する病院の形態と、派遣元と派遣先との間の労働時間のバランスによっては、大きく収入が減る勤務医がでてくることもある」と話す。

ファイナンシャルプランナーの内藤眞弓氏は、働き方改革は“公私の境もなく医師の使命感で患者対応などをしてきた”勤務医が正当に評価され、適切な賃金が支払われるきっかけにもなる可能性があるとみている。

医師としての労働が明確になることで、いわゆるサービス残業的な労働が減り、患者対応にかかった時間が労働時間に正しくカウントされる機会になるかもしれないというのだ。

何より、医師は望めば開業ができ、よほどのことがない限り、一生涯医師であり続けられる特殊な職種である。働き方改革の影響はどう私たち国民に及ぶのか、しっかり見ていく必要がある。開始時期は来年4月に迫っているのだ。

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提供元:「医師の働き方改革」で手術や救急に支障が及ぶ訳|東洋経済オンライン

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