2022.12.26
「管理職になりたい日本人」極端に少ない根本理由|職場コミュニティからはみ出てもいいことない
周囲からの嫉妬が、出世の「足かせ」になっている?(写真:mits/PIXTA)
出世しても、給料が上がらない。ならば「やらないほうが得」。しかし、日本のビジネスパーソンのモチベーションが低い理由はそれだけではない。人間関係の摩擦や嫉妬といったストレスを計算に入れたら、チャレンジは割に合わないのだ。同志社大学教授の組織学者である太田肇氏が、日本企業の躍進を阻む構造的欠陥にメスを入れる(本記事は、太田肇『何もしないほうが得な日本』の一部を抜粋・編集したものです)。
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「管理職になりたい」意識が低い日本人
「迷惑」は嫉妬、すなわちねたみやそねみの感情と結びつきやすい。実際はそれほど迷惑がかかっているわけではなくても、背後にある嫉妬心から相手の足を引っ張ったり、仲間はずれにしたり、調和や協調を名目に相手を押さえつけたりする場合がある。とくに出世、すなわち昇進や昇格をめぐって、それがしばしば露骨に表れる。
パーソル総合研究所が2019年の2〜3月に行った調査によると、日本人は「現在の会社で管理職になりたい」という人も、「会社で出世したい」という人も、調査対象になった国のなかで最も割合が低い。
実際に海外の企業で聞き取りをすると、管理職志向が日本に比べ明らかに強いことがわかる。そもそもホワイトカラーで管理職になりたくないという社員はほとんどいないという。
日本人の管理職志向が低い理由としては、昇進しても給与が大きく上がらないことや、責任が重くなりストレスが強まること、それに仕事が忙しくなり残業が増えるなど私生活へのしわ寄せが大きくなることがあげられる。
しかし、それだけではないようだ。つぎの調査結果は、やはり周囲からの嫉妬が昇進を尻込みさせていることをうかがわせる。
2016年に行われたある調査で「ビジネスで成功した女性は妬みを買いやすいと感じているかどうか」を聞いたところ、「あてはまる」「ややあてはまる」と答えた女性は22.2%で、男性は7.2%だった。
調査結果を見るかぎり、男性より女性のほうが嫉妬を強く意識していることがわかる。それは、男性と女性の属するコミュニティの違いを反映しているのではなかろうか。
日本ではまだビジネスで成功を遂げた人も、管理職の数も女性は男性に比べて少ない。厚生労働省が2021年に行った「雇用均等基本調査」によると、課長相当職以上の管理職に占める女性の割合は12.3%で、部長相当職になると7.8%と一割にも届かない。そのため管理職になると、仕事だけでなく人間関係においても男性中心の社会に入っていかなければならず、孤立感を味わうおそれがある。
女性にとって嫉妬が出世の「足かせ」に
一方では職場の仲良しグループのような現在属しているコミュニティから切り離され、仲間を失うかもしれない。
女性に家事や育児の負担が偏っている現状を考えたら、管理職になって仕事が忙しくなり、家事や育児へのしわ寄せや肉体的・精神的な負担が増すのは避けたいと思うのは当然かもしれない。それに加え人間関係の問題が、女性にとって管理職昇進の足かせになっているのだ。
嫉妬や孤立、人間関係の悪化などは外から直接見えないので対策を打つことが難しい。しかし、それが「負の報酬」として強く意識されている以上、これまでのように女性活躍を支援するような制度を設け、管理職の門戸を広げるだけでは十分とはいえないのではないか。
共同体の圧力によって社員の前向きな行動や挑戦が妨げられるケースはほかにもある。「いくら正しいと思っても、突っ走ったら損!」。それを強いメッセージとして発信する場面がある。
データの改ざん、ミスの隠蔽、作業の手抜き、偽装表示といった企業不祥事。その多くは会社組織という閉ざされた共同体のなかで起きるので、早期に発見して対策を打つには内部者の協力が欠かせない。そこで不正摘発の切り札として導入されたのが、いわゆる内部通報制度である。2004年に制定された「公益通報者保護法」では、内部通報者の解雇や降格など不利益な取り扱いをすることを禁じた。
それを受けて多くの企業では内部通報制度を導入した。2018年に行われたある調査では、上場企業の97.4%が内部通報制度を取り入れている。しかし、制度の利用状況は年間0〜5件が54.8%と過半数を占め、制度は存在するが必ずしも十分に利用されていない実態が明らかになっている。
実際、不祥事により大きな社会的非難を浴び、企業を揺るがすまでにいたった大手電機メーカーや自動車メーカーなどでは、社内に内部通報制度が設けられていたにもかかわらず、不正を早期に発見することができなかった。このことは、社員にとって制度の利用がいかにハードルが高いか、すなわち会社という共同体を敵に回すことがどれだけ困難かを物語っている。
通報に対する「しっぺ返し」恐れる風潮
そもそも不正を通報することが社会的利益はもとより、長期的には企業の利益につながるとしても、短期的には企業と関係者の利益を損なうものと受け止められやすい。またよい悪いは別にして、通報が仲間を裏切ることになり、共同体の一員としての連帯感や信頼感を失いかねない。そして、いくら秘密裏に通報したとしても、共同体型組織のなかでは、だれが通報したかおおよその見当がつく。
通報者が不利にならないよう法律で処遇上の不利益な扱いが禁じられていても、日本企業のあいまいな評価制度と人事の大幅な裁量のもとでは、通報したことに対していつ、どのような形でしっぺ返しを食らうかわからない。
たとえば、つぎのようなケースを考えてみよう。ある人が、上司の温情で社内の基準から外れる働き方を黙認されていたとする。ところが内部告発したことを機に、「コンプライアンスの徹底」という理由で規則どおりの働き方を求められたとしても文句はいえまい。温情の撤回が実質的な報復になるのだ。あるいは人事異動の際に、「適材適所」の名のもと、本人が希望しない部署へ配属されても報復人事だと立証することが困難な場合がある。
通報者にとって、それ以上に厳しいのは周囲との人間関係にヒビが入ることである。
職場が重要なコミュニティである日本人にとって、親しく声をかけてくれ、大事な情報を教えてくれ、お茶や食事に誘ってくれる仲間ほど大切なものはない。そうした関係が絶たれたり、よそよそしくなったりしたら、たいていの人は耐えられないだろう。
公益通報者保護法は2020年に改正(2022年6月施行)され、保護の対象や保護の内容を拡大するなどいっそう強化されているが、欧米企業のドライな組織ならともかく、日本企業のような共同体型組織の特徴を考えたら、「糠に釘」に終わる可能性がある。
現状を変えようとすることは「迷惑」
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このように日本企業のような共同体型組織では、何かに挑戦すること、現状を変えようとすること、突出することは多くの場合、周りの人にとって迷惑なのだ。そのため人間関係が疎遠になったり、ときには反発や敵意を招いたりする。あえて挑戦し、失敗したら孤立無援になりかねない。
それでも摩擦を覚悟で挑戦するに値する有形無形の報酬があれば、多くの人は挑戦するはずだ。現在の日本では、リスクを冒し挑戦しても獲得できるものの価値は大きくない。やってもやらなくても大差がなければ、人間関係の摩擦や周囲の冷たい視線から受けるストレスを計算に入れたら「やらないほうが得」と考えてしまう。
ただ組織にとって挑戦や改革は不可欠であり、「何もしないほうが得」になる組織の構造が健全でないことは明らかだ。そこにどうメスを入れ、構造を変えていくかは、次章以下で詳しく述べていきたい。
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提供元:「管理職になりたい日本人」極端に少ない根本理由|東洋経済オンライン