2022.11.30
走りを楽しむ女性が注意したい「骨折と貧血」問題|選手が対策のために摂っている「予防食」とは?
今回は、ランニングと女性の体の健康について考えてみます(写真:buritora/PIXTA)
足を蹴り上げ、腕を大きく振る――。この「走る」というシンプルな動作に隠されている心とのさまざまなつながりを、プロランニングコーチの金哲彦さんがひもといていく本連載。
第4回は、「女性ランナーの疲労骨折」について考えてみます。健康増進やストレス解消などさまざまな目的があるランニングですが、そこでケガをしてしまっては元も子もありません。どんな点に注意すればいいでしょうか。
2022年10月23日に福岡県の宗像市で開催された全日本実業団対抗女子駅伝の予選会「プリンセス駅伝 in 宗像・福津」で、アンカー区間に起用された白井明衣選手(京セラ)がフィニッシュまで残りわずか1キロという地点で突然転倒し、そのまま途中棄権してしまうというアクシデントがありました。
その原因はその後、「左大腿骨骨折」と公表されました。
社会問題になったことも
この女子駅伝は全国大会の予選会という位置づけとなっているため、事実上セミプロである実業団チームの選手たちにとっては相当なプレッシャーがかかるレースとしても知られています。過去、この大会では同じように足を骨折しながら中継所まで襷(たすき)をつなぐために地面を這って進む選手がいたり、脱水症状でフラフラになりながら途中棄権した選手の痛々しいシーンが社会問題となったこともあります。
駅伝のレース中に最も長くて頑丈な大腿骨が折れてしまう。にわかに信じられないアクシデントですが、実は、長距離を専門とするアスリートに時々起きる故障の1つです。
そもそも骨折は、交通事故などで起きる「外傷性骨折」と、病気などが原因で骨がもろくなって折れる「疲労骨折」に分類されます。レース中に起きた骨折は、後者の「疲労骨折」に分類されます。
見るからに健康的で鍛え上げられた肉体を持つスポーツ選手が、なぜ疲労骨折を起こしてしまうのでしょうか? その原因は、とくに女性が気をつけなければいけない健康問題と関わりがあります。
駅伝の選手たちは年間を通じて毎日20キロ以上の距離を走り続けます。夏の走り込み合宿では一度に30キロ以上走り、時々実施するスピード練習では倒れる寸前まで追い込むこともあります。
極限まで追い込むことで体が鍛え上げられ強くなるという仕組みが「トレーニング」ですが、その最大限の効果を発揮するためには、トレーニングの質と量に見合った「休養(睡眠やマッサージなどのメンテナンス)」と「栄養(食事とサプリメントなど)」も同じように大切な要素として考えなくてはいけません。
長距離選手に生じる矛盾
ここで、長距離選手(特に女子選手)にとって1つの矛盾が生じます。
長距離ランニングの大切な能力の1つである最大酸素摂取量(体重1キログラムあたりに摂取する酸素の量=持久力にかかわる大切な能力)は、体重が軽ければ軽いほど高くなるので、より速いタイムで走りたい選手は、体重を減らすために食事を減らすのです。
当然、3つの要素の「栄養」が足りなくなり、身体のバランスを崩します。
トレーニング・休養・栄養、3つのバランス(筆者作成)
トレーニングはすでに限界近くまで行っているので、体重を落とすためには食事をコントロールするしかないと考えてしまうジレンマに陥っている駅伝選手は、今でもたくさんいます。
食事を制限して体重を落とせば、体脂肪が減って体型はガリガリになります。女性は体脂肪率が10%近くになると生理が止まる可能性が高くなります。そして、生理が止まった(月経不順)女性は女性ホルモンであるエストロゲンが不足してしまい、いわゆる「骨粗鬆症」になるのです。
「骨粗鬆症」は一般的に50歳を超えた閉経後に起きる健康問題ですが、「月経不順」に陥ると20歳そこそこの女子駅伝(マラソンも含む)選手たちにも起きうるのです。
1980年代にマラソン選手として活躍した増田明美さんは20代半ばで引退したとき、骨密度が65歳くらいと診断されたそうです。
京セラ女子陸上競技部は、アクシデントが起きたレースの2日後に「レース前の白井選手に特に異常はなく、不安のない中での出走で突然の出来事でしたが、細かい体調管理が不足していた部分もあったと反省しております」というコメントを発表しました。
「細かい体調管理」に定期的な「骨密度」の検査が入っていなかったのではないかと推測できます。
女性市民ランナーが駅伝選手のようにタイムを伸ばすためにギリギリまで体重を落として「骨粗鬆症」になることはないと思います。しかし、閉経後は女性ホルモンのエストロゲンが減っていき、体脂肪率が低くなくても骨密度の低下はありえます。
骨密度が低下すると市民ランナーでも疲労骨折のリスクは高くなるので、年に数回は病院で骨密度の検査をしておくことをお勧めします。
そして長距離ランナーには疲労骨折以外にも気をつけなければならない健康問題があります。それは「貧血」です。
長距離ランニングでは、たとえ10キロ程度のジョギングでも固い道路の上を一歩につき体重の3倍以上もの着地衝撃を受けながら数千歩以上進みます。クッション性の高いランニングシューズを履いていても、その衝撃により足の裏で赤血球が壊れ「溶血」することが、長距離ランナーの貧血の原因だといわれています。
走ることと貧血の関係
さらに、閉経前の女性ランナーは生理による出血も加わるため、貧血のリスクが高くなります。
貧血状態かどうかは病院で行う血液検査のヘモグロビン値で判断します。正常範囲は男性が14~18g/dl、女性が12~16g/dlなので、正常値を下回った場合「貧血」状態であると考えます。
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長距離ランナーが貧血状態になると、酸素が脚の筋肉までうまく運ばれず、スピードをあげて走ることができなくなります。また、上り坂ですぐに息が切れるようになります。走れば走るほどトレーニングの効果が出るどころか、ますます貧血がひどくなってしまうこともあります。
さらに、ヘモグロビン値が10g/dlを下回るようになると、日常生活でも身体のだるさや重さを感じるようになり、ランニングどころか病的な状態に陥ってしまいます。
ただし、貧血は予防できます。食事から鉄分とタンパク質、ビタミンCを摂取することで、あらかじめ新しい赤血球を作る材料を準備しておくのです。
レバーや大豆、豚肉がおすすめ
日本ではあまりなじみがないデーツ(撮影協力:JUSUR)
マラソン選手が長期合宿を行うときに食べる貧血予防の食材として定番なのが、鉄分を多く含んだレバー、植物性タンパク質の代表である大豆、動物性タンパク質で代謝を促すビタミンB群が豊富な豚肉、そしてミネラルが豊富なひじきなどの海藻類です。
また、貧血予防になる珍しい食材としてデーツがあります。
デーツは鉄分がプルーンとほぼ同量含まれているほか、血液を作るビタミンとして注目されている「葉酸」が豊富で、その値はプルーンの6倍強にもなります。さらに、血糖値を徐々に上げてくれる低GI食品でもあります。サウジアラビアではデーツが貧血の治療に使われているそうです。
このように、日ごろ口にする食材を意識してみるだけでも、貧血予防につながりますので、取り入れやすいところから試してみるのがお勧めです。
ランニング習慣が健康にいいことは間違いないと思います。しかし、健康管理を怠って、とにかく走ることばかりやりすぎると骨密度の低下や貧血などの問題が起きるという事実も忘れないようにしましょう。
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提供元:走りを楽しむ女性が注意したい「骨折と貧血」問題|東洋経済オンライン