2022.11.19
医師が指摘「腹筋がない人」は大腸がんに注意の訳|がんで手術をする人の腹筋は筋肉も筋膜も薄い
20数年間にわたり見てきた、がんと患者の腹筋の関係(写真:Mills/PIXTA)
「筋肉とがんの予防効果には相関関係がある」。そう語るのは、がんの専門医であり、ヘルスコーチでもある石黒成治氏です。
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「がん患者の腹筋は薄い」という事実
外科医として20数年間に2000人以上の大腸がん手術に携わってきましたが、そのときいつも思っていたことがありました。それは、「この人も、おなかの筋肉がペラペラだな」ということです。
性別や年齢に関わらず、がんで手術をする人の腹筋は筋肉も筋膜も薄く、簡単に切ることができたのです。これは外傷などで腹部の手術をするときに開腹する場合とは明らかに違っていました。しかし、この腹筋が薄いことに意味があるとは、当時の僕は気がつきませんでした。
ですが今は違います。医学界の主流はいまだに「がんを治療すること」が中心ですが、その間に「がんの予防」に関しての知見は、20年前に比べて格段の進歩を遂げています。
がんは高血圧、糖尿病、高脂質血症と同じく生活習慣病の一形態と見なされるようになり、その予防法は体の慢性炎症を抑えることであるという結論も出ています。
現在、僕はヘルスコーチとして予防医療に取り組んでいますが、がんを防ぐための「筋肉」の重要性を伝えたいのです。定期的な運動ががんを予防することはここ20年の疫学的調査からも明らかです。
現在、日本人100人当たり53.8人が生涯を通じてがんになると試算されています(日本がん治療学会ホームページより)。そして、日本人の死因の第1位はがんです。昭和56年に死因1位となって以降、がんによる死亡数は増加の一途をたどり、40年後の現在では2倍の年間33万人以上ががんで亡くなっています。
部位別に見ると、男性では前立腺がん、女性では乳がんで、それぞれのがん罹患者数1位となっています。男女ともに増加しているのは大腸がんです。この3つのがんはもともと日本人がなりやすいがんではなく、主に欧米人で多く認められているがんです。肉の摂取量は50年間で約10倍、脂肪は約3倍になり、野菜や果物を食べなくなってきた食生活が欧米型のがんの増加の主要因だと考えられています。
がんは別名で悪性腫瘍といわれますが、悪性=命に関わる状態を引き起こす、腫瘍のことです。腫瘍とは、正常な細胞とは異なる細胞が塊になっている状態です。がんは、周囲の正常細胞に比べて増殖が早いのが特徴です。細胞の分裂には多くのエネルギーを要しますので、がん細胞の増殖にエネルギーを使われてしまうと次第に正常な細胞へのエネルギー供給が少なくなっていくため、がんが進行するとやせて筋肉がなくなり元気がなくなります。
また悪性腫瘍が大きくなると、臓器が機能しなくなります。例えば肝臓の腫瘍が大きくなりすぎると、栄養の代謝や毒素の処理ができなくなりますし、がんに免疫細胞が動員されるために免疫の働きが低下して感染症にもかかりやすくなります。そのためがんの末期には、肝不全、呼吸不全、感染症を発症し命を落とすことになります。
がんの潜伏期間は10年以上、全米1位がんセンターが「がんは防げる」と明言
そもそも僕たちの体の中には毎日5000~10000個のがん細胞が出現しています。しかしそれらの細胞が増殖することはありません。未熟な細胞であるために自ら増殖がストップして細胞死する、または免疫細胞に処理されるためです。
検診で発見するためには少なくとも1cm程度の大きさになることが必要です。その大きさになるためには、10年から20年の年月を要します。免疫細胞がその能力を適切に発揮していれば、その細胞はことごとく壊され、がん細胞は増殖することはできません。がん細胞が免疫細胞の網の目をかいくぐって増殖したということは、10年から20年免疫機能が低下している状態が続いていたということになります。
免疫細胞の成長と十分な機能を発揮するためにはビタミンC、ビタミンD、亜鉛、セレン、鉄、タンパク質などの栄養素が必要です。加工食品ばかり食べるなど、これらの栄養が不足するような食事が長く続けば免疫機能は低下します。喫煙などの環境毒素や、慢性のストレス、慢性の睡眠不足、慢性感染症も免疫力を落とします。年齢が上がるにつれて免疫力は低下しますが、がんになる人はこれらの生活環境の乱れを放置している人が多いというのが事実です。
これらの生活環境を改善することに努めれば、がんは予防可能な疾患であると全米1位の患者数を治療するMDアンダーソンキャンサーセンターからの論文にも記載されています。改善すべき生活習慣の中にはもちろん、「運動」を欠かさないということも含まれます。
筋トレが慢性炎症を改善しがんを予防する
筋トレをすることで得られる効果は全身の慢性炎症の改善です。筋肉は動かせば動かすほど筋肉からミオカイン(myokine)と呼ばれるサイトカイン(細胞間の伝達物質)を放出します。このミオカインには炎症を抑える物質が含まれており、筋トレを繰り返すことで全身の炎症が改善していきます。
がんは体の中に慢性炎症が持続することによって発生します。全身の炎症が起これば筋肉はどんどん退縮していきます。そのため僕がおなかの手術をした多くのがん患者さんの筋肉が萎縮していたのは、慢性炎症の結果だったのです。がんを予防するためには慢性炎症を改善することです。そのためにはまず、いい食習慣を形成することが重要です。しかしそれだけでは十分ではありません。筋トレをして筋肉自身から出る抗炎症物質を使って全身の炎症を改善することも併せて必要です。
イングランドとスコットランドの80306人を、平均9.2年経過観察して運動と死亡率の関係を見た研究があります。運動の種類はジョギングなどの有酸素運動と筋トレ、有酸素運動+筋トレ両方の3群で死亡率に影響を与えるかを検討しました。あらゆる原因での死亡に関しては、筋トレでも有酸素運動でも死亡率の低下を認めました。しかしがんによる死亡率だけを検討したところ、筋トレのみの群、筋トレ+有酸素運動の群は、がん死亡率の有意な低下を認めましたが、有酸素運動のみの人はがん死亡リスクの低下は認めませんでした。このことを理解してから、祖父も父もがんで亡くしたため、僕もいつかがんになるのではないかという漠然とした恐怖は消えていきました。食事に気をつけながら、毎日筋トレをすればがん予防ができるとイメージできたからです。
全身を巡る体液には血液とリンパ液があります。血液は血管の中を流れ、リンパ液はリンパ管の中を流れます。血管と同様にリンパ管は全身に張り巡らされ、免疫系の維持および腸管での脂肪の吸収に重要な役割を果たします。リンパ管はリンパ球、樹状細胞などの免疫細胞や抗体などの免疫因子を運ぶ役割があります。リンパ管の途中にはリンパ節と呼ばれる結節状の組織が存在します。リンパ節は免疫細胞の貯蔵庫として働きます。
リンパの流れを早くし循環させる
血管とリンパ管の最大の違いは、血管は心臓がポンプとして血液を送り出すのに対して、リンパ管にはポンプが存在しないことです。静脈と同じく逆流防止の弁はついていますが、そのリンパ液を流すためには外力が必要です。呼吸の動きや皮膚の緊張、動脈の拍動、姿勢の変化などでもリンパ液は移動しますが、最大の外力は筋肉を動かすことです。リンパは平均分速20ml程度で流れていますが、運動時にはこの速度が10倍以上になります。
運動をすることにより筋肉が収縮しリンパ管を圧迫してリンパ液が急速に流れます。リンパ管は左右鎖骨の裏で血管に合流します。そのためリンパ管の中に存在した免疫細胞が急速に血管内に流入することになります。頻回に血液内を循環すれば、免疫細胞が感染ウイルスやがん細胞などの病原体を見つけやすくなります。
筋肉を強く収縮させることにより、筋肉は微小な損傷を受けます。筋肉から分泌されるミオカインは、この筋肉組織の修復を促すように免疫細胞にメッセージを送ります。筋肉細胞から放出されるミオカインで最も多い物質はインターロイキン6(IL-6)です。
IL-6は運動強度に比例して分泌量が増加し、炎症を抑えるサイトカインの産生を高めます。筋肉から放出されたIL-6は、筋肉を修復しながら内臓脂肪を減らす作用も発揮し、慢性炎症を抑える抗炎症効果を倍増させます。また骨の老化予防の効果や、動脈硬化を予防する効果も認めます。
このように筋トレの際に放出されるミオカインを通じて、筋肉は絶えず免疫細胞に話しかけて、無駄な炎症が起こらないように炎症をなだめてくれます。現在では筋肉によって誘導されるIL-6の抗炎症効果は、がんの進行を遅らせる効果も期待されています。
前節で紹介したイングランドとスコットランドの運動と死亡率の関係を見た研究では、ジムの器具を利用した筋トレでも、自分の体重を利用した筋トレ(自重筋トレ)でも明らかな低下を認めました。がん死亡に限定して見ると、ジム筋トレと自重筋トレ両方を行っている人ではリスクの低下を認めました。しかし自分の体重を利用した運動でも、がん死亡リスクの低下傾向は認めています。何らかの運動をするだけで、がんになるリスクは10~20%低下します。
運動習慣がない人は「習慣化」のための作戦を
一般に運動というと最初に思いつくのはジョギングやジムへ入会することだと思います。しかしジョギングは毎回30分以上かかりますし、その都度着替えてランニングシューズを履かなくてはいけません。ジムで運動するには往復ジムまで移動する必要があります。ジョギングを開始しても80%以上の人は3カ月継続することができません。ジムも1年の継続率は5%以下です。長期的に継続できるようにするために、運動を始めるときは、わざわざ着替える必要がなく、運動に出かけなくてもいいように自宅での筋トレからスタートすることが重要です。
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今まで運動習慣がない人が身につけるためには、習慣化のための作戦が必要です。どんなに忙しくても1日のうちに必ず、できれば同じ時間にその行動を行うこと。心理的な抵抗があるうちは決して負荷を増やさないことです。
まずは1日2分から、腕立て伏せ1回、スクワット運動1回でもいいから行うこと。そしてその1回を毎日続けること。習慣化とは自分で意識をしなくても、その行動をとろうとする思いが浮かんでくることです。
1回の筋トレをする自分に慣れたら次は5回の筋トレをする自分に慣れていきます。この習慣化の過程を経ないで筋トレを続けても、何かやらないもっともらしい理由、今日は疲れたから、この仕事を片付けなくてはいけないから、などがあればやらないことを簡単に正当化してしまいます。
習慣化されていない行動は、いったんやめてしまうと二度と再開することはありません。1年後、5年後も筋トレしている自分を作るためには、ちょっと物足らないぐらいの回数を続けることで、初めは十分なのです。
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提供元:医師が指摘「腹筋がない人」は大腸がんに注意の訳|東洋経済オンライン