2022.10.28
個人の「遺伝子情報」がわかる時代に起きること|遺伝的な疾病の要因がわかるが、差別要因にも
陰電子情報の解析がビジネスや社会に及ぼす影響とは(写真:anamejia18/PIXTA)
デジタルの次の革新的技術として産業界・学術界から注目される「バイオテクノロジー」。その中でも遺伝子情報の解析は、医療分野や私たちの日々の生活を大きく変えるだけでなく、肌の色や身長といった情報も「書き換える」ことが可能になるなど倫理的な問題もはらんでいます。本稿では齊藤三希子氏の新著『バイオエコノミーの時代―BioTechが新しい経済社会を生み出す』より、遺伝子情報の解析がビジネスや社会に及ぼす影響をお伝えします。
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自分の遺伝子情報を「知る」時代に
遺伝子はシステム同様にプログラムされ、バグを修正できるようになると考えられます。ゲノム編集技術の進展、革新的なゲノム編集技術CRISPR-Cas9の登場により、あらゆる生物の遺伝子情報を文章のように、簡単に編集できる時代が目の前にきています。
ゲノム編集により、あらゆる生物が抗うことのできない運命と思われてきた“老化”をコントロールできるようになりつつあります。われわれは、最先端のバイオテクノロジーを駆使すれば、生命そのものを操ることができる段階にまできました。これまで考えられてきた生物の限界線が変わり、新しい時代に入っています。
バイオテクノロジーは、デジタル技術と同様、工学だけではなく、脳科学、人工知能、コンピュータサイエンスなど、さまざまな分野とつながってきており、SF映画や小説、漫画のなかの世界でしかありえなかったことが現実化してきています。
血液型や誕生日と同様、自分の遺伝情報を把握することが一般的となる時代が到来しています。ゲノム解析技術の急速な革新によって、ゲノム解読コストの低減化、短時間化が可能となり、解析コストは1990年と比較して100万分の1以下となっています。
最近では、健康な人でもDNAの解析により、がんの発症に係る遺伝子の変異が起き始めていることがわかるようになりました。近い将来、遺伝子の変異度合いにより、いつくらいに、どのくらいの確率でがんが発症するかを予測できるようになるでしょう。
パーソナルゲノムを解析し、あらかじめ遺伝的な疾患を把握しておくことができれば、食事や運動、睡眠などの生活習慣について気を付けることにより、疾患の発生を招く環境要因リスクをある程度低減化することが可能です。
これまでのような発症後の治療中心ではなく、発症前から予防措置をとることができるようになり、予防中心にシフトできます。これまでの予防医療が劇的に変わります。
日本はまだ黎明期ですが、アメリカを中心に体質の特徴やあらゆる疾患への罹患リスクなど、遺伝子検査・解析サービスが急拡大しています。
個人の遺伝子情報を把握し、身体の状態に合わせて食事や日々の運動、過ごし方など、新たな介入を提案し続けることにより、ライフケア、ヘルスケア、シックケアまでをカバーする総合的なサービスが重要になってきます。
「遺伝子差別」を防ぐ法整備が必要に
一方、遺伝子データそのものをどう扱うかも課題となっています。
体質の特徴やあらゆる疾患への罹患リスクなどの可能性がわかる遺伝子情報は、極めて機微な個人情報です。今後、遺伝子が要因となった差別につながる可能性もあります。そうした事態に陥らないよう、遺伝子のような機微な情報の取り扱いについては、グローバルな制度を整えておくことが不可欠です。出産や生命保険への加入など、遺伝子情報により新たな差別を生み出しかねません。
実際、アメリカでは雇用における遺伝子差別が社会問題となり、2008年に「遺伝子情報差別禁止法」が制定されました。EUでは、2000年に起案された欧州連合基本権憲章第21条において、遺伝的特徴に基づく差別を禁止しています。
数年前からすでにサービス提供が開始されている個人のゲノム解析サービスは、これまで予防が難しかった疾患について、個人での対策を講じることができるものです。まだ、個人情報保護や倫理的な課題などが残っていますが、すばらしいバイオテクノロジーを健康維持促進に対して有効にできるようにすることができれば、国の医療費負担の削減にもつながります。
また、これまで変えることができなかった“運命”を人為的に変えられるようになると、身長や肌の色、運動能力、知能面など、人間の多様性が損なわれる可能性も出てきます。ある種の遺伝子を排除して多様性が狭まったとき、今後新しい疾病やウイルスに直面した際にヒトの生存率が下がる可能性もあります。人間があらゆる生命を操ることができることのリスクは、計り知れないものがあります。
世界的な社会課題の解決に向けて有効に活用されるのか、それとも、使い方を誤り人類にとって最悪の事態を招いてしまうのか。バイオテクノロジーの進化だけが先行することのないよう、国際的なルールづくりをいっそう加速することが必要です。
世界で大きなうねりになっているバイオテクノロジー。新時代のバイオテクノロジーは研究開発体制にも変化をもたらしています。
ゲノム編集技術はあらゆる生命・分野に応用ができ、最先端のバイオテクノロジーは、大量に多種多様な遺伝子データを取り扱うため、研究スタイルは大規模化かつオープンサイエンス化に進んでいます。
さらに研究組織は、拠点化、ネットワーク化が進み、分散型から相互連携ネットワーク型に移行しており、さまざまな分野の研究との連携を促進するため、大型拠点化が進められています。
欧米諸国では、1つ屋根の下に大学や企業の関係者が集まり、一体となって研究開発に取り組むイノベーション拠点である「アンダーワンルーフ型」の研究施設が構築されています。大型拠点のアメリカのブロード研究所や、イギリスのフランシス・クリック研究所ではデータや異分野人材の交流により、新たな領域の多種多様な研究が開始されています。
「研究機関」の枠を超えたバイオファウンドリ
一方、日本は、依然として従来の個別ラボでの分散型の研究スタイルを踏襲しているため、他分野との連携や社会全体のデジタル化、オープンサイエンス化が必須のバイオテクノロジー分野において、なかなかイノベーションが生まれにくい環境となっています。
海外では大型拠点化にとどまらず、ゲノム編集技術などを含めた合成生物学分野において、大学や研究機関が組織内で基礎から実用化研究までの一連の研究開発を担う体制や設備を整える、研究機関の枠を超えた「バイオファウンドリ」が各地で構築されています。
バイオファウンドリとは、「バイオ由来製品の生産性向上やコスト低減化を図ることを目的とした培養・運搬・受託製造などのバイオ生産システム」とNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)では定義されています。また、Global Biofoundry Allianceなど、世界的なアライアンス立ち上げの動きも起こっており、グローバル連携が進んでいます。
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日本では、が2020~2026年度で「バイオものづくりプロジェクト」を推進しており、国内において世界と競争できるバイオファウンドリの構築を目指しています。
バイオテクノロジーは、もはや大学や研究所だけで実験するものではなくなり、家庭でも気軽にできるようになっています。1990年代、インターネットでさまざまなITベンチャー企業が立ち上がり、技術革新が進みました。バイオテクノロジーも一般市民が参加することで新しい潮流ができようとしています。技術がオープン化され、異なる知識や経験を持つ人が議論しながら研究可能となることで、新たなイノベーションの創出が期待されています。
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提供元:個人の「遺伝子情報」がわかる時代に起きること|東洋経済オンライン