2022.10.22
早期ならほぼ治る大腸がん「検便」は超優秀の理由|精度高める採取のポイント、容器入れすぎ注意
簡単で痛みがない大腸がんの便潜血検査(検便)。実はすごく優秀な検査だったのです(写真:beauty-box/PIXTA)
大腸がんになる人は40代から増え始める。
国立がん研究センターの2019年のデータによると、生涯で男性は10人に1人、女性は12人に1人が診断されると推定されている。
がん検診で要精密検査(要精検)と判定されても、結局、医療機関を受診せず、早期治療の機会を逸しているケースもあるだろう。大腸がんの早期がん(ステージ1)で治療すれば5年相対生存率(全がん協生存率、2011~2013年診断症例)は98.8%だが、進行がん(ステージ4)では23.3%に低下する。
がん対策には、がんにならないための生活習慣の改善や、受動喫煙を含めた喫煙対策といった「一次予防」と、がんを早期に見つけて治療することで死亡にいたらないようにする「二次予防」としてのがん検診がある。死亡率を減少させる検査法が確立されているのにもかかわらず、欧米など諸外国に比べて大きく後れを取っているのが、大腸がん対策だ。
便潜血検査は思った以上に優秀
大腸がん検診は、40歳以上が年1回受けるもので、国が推奨しているのが便潜血検査(検便)だ。
大腸にがんやポリープなどがあると、便の動きに伴って組織がすれて出血することがある。その血液を調べることで大腸がんを判定する。精度をより高くするために、今は2日間の便を採取する「2日法」が一般的となっている。科学的根拠(エビデンス)に基づく検査法だ。
大腸がん検診の受診率はここ数年で少しずつ上昇し、厚生労働省の2019年の国民生活基礎調査によると、男性47.8%、女性40.9%。それでも国が目標とする50%に届いていない。
便潜血検査はアメリカで1960年代に開発されたが、ヒトの血液以外に、肉に含まれる血液や野菜にも反応したため、検査前に食事制限が必要で、検査の精度も低かった。そこで1980年代後半に日本で開発されたのが「免疫便潜血検査」だ。ヒトの血液だけを検出するので、食事制限の必要がなく、精度も高く、世界中で用いられるようになった。
医師で、国のがん対策推進協議会の委員をしている松田一夫・公益財団法人福井県健康管理協会副理事長は、「年齢調整大腸がん死亡率は欧米では減少している。一方で、日本は主要7カ国の中でもっとも高い。世界中で広く用いられている免疫便潜血検査は日本で開発されたものだが、残念ながら本家本元の日本では十分な効果が発揮されていない」と強調する。
その理由の1つは、職場のがん検診は法的な規定がないため、中小企業の社員のなかに、がん検診を受けていない人がいることが挙げられる。検診費用などがネックとなり、自営業や主婦など、がん検診を受けづらい人がいるのも問題だ。
何より、市区町村が実施したがん検診と、職場のがん検診を合わせた受診率を正確に把握する手段がない。受診率の算定は3年に1度実施する国民生活基礎調査に頼らざるをえない。自己記入によるアンケート調査では、受診時期の記憶違いや、がん検診と診療で受けた検診と混同している可能性もある。そう考えると、先に挙げた2019年の同調査の検診受診率は、過大評価された数値かもしれない。
早期に適切な治療で治るがん
松田氏は「大腸がんで命を落とすのは日本人だけ?」といった、やや刺激的なタイトルを付けて、医学専門誌や一般向けのリーフレットなどの著述、政府の検討会などを通じて、検診の体制整備や精度管理の重要性を発信し続けている。もちろん、大腸がんで命を落とすのは日本人だけではないが、松田氏がこのような表現で訴え続けているのは、近い将来、このタイトルが現実になるかもしれないという危機感があるからだ。
松田氏はこう語る。「2021年の大腸がんの死亡者数は、男女合計で5万2418人で、肺がんに次いで多い。大腸がんは節酒、禁煙、肥満防止、運動によって罹患の危険を減らすことができ、適切に治療すれば確実に治る。大腸がんで命を落とさないためには、大腸がん検診を受けることだ」。
内閣府が2019年に実施したがん対策・たばこ対策に関する世論調査で、「2年より前にがん検診を受診した」「今までがん検診を受けたことはない」と答えた705人にその理由を複数回答で聞いたところ、「受ける時間がないから」が28.9%だった。そのあとは「健康状態に自信があり、必要性を感じないから」(25.0%)、「心配なときはいつでも医療機関を受診できるから」(23.4%)、「費用がかかり経済的にも負担になるから」(11.8%)、「がんであると分かるのが怖いから」(9.2%)と続く。
費用をかけずにできる検査法
群馬県高崎市の住民健診の検体検査を一手に引き受けている公益財団法人高崎・地域医療センター検査課の三浦宏弥氏(臨床検査技師)は、「便潜血検査は大腸がんを簡便、さらに大きな費用をかけずにスクリーニング(ふるい分け)できる有効な検査法」と話す。
では、仕事が忙しい働き世代が、大腸がん検診を医療機関などの施設にわざわざ行くことなく、自宅で便潜血検査の検体を採取して、郵送することはできないのか。
その答えは「難しい」。 郵便配達中に高温の状態に長期間放置されてしまうと、血液(ヘモグロビン)が変性して判定に影響が出てしまうからだ。
知っておきたい便潜血検査
・1980年代後半、免疫便潜血検査法(便ヘモグロビン法)を国内で開発
・ヒト以外の動物ヘモグロビンにはほとんど反応しない(猿類を除く)
・ときに容器からあふれんばかりの糞便が検体として届けられるが、説明書に記載されている程度の量を採便棒で採取を
・検体は採便棒で、糞便の表面を幅広くまんべんなくこすり取る
・2日法の1日目の検体採取後に、便秘などで採取できない場合でも、両日分が検査日含め7日以内になるのが望ましい
・採取後は室温(25℃以下を想定)で保管を
(協力:福山臨床検査センター 金光弘幸・エフエムエルラボラトリー東京所長)
大腸がん検診の精密検査の第一選択は、大腸内視鏡検査だ。内視鏡を肛門から直腸内に挿入し、盲腸に達したら空気を入れて腸を膨らませ、内視鏡を引き抜きながら腸内を観察。ポリープが見つかったら、内視鏡の先端に開いた小さな穴から器具を出し入れして切除して取り出す。
ところが、大腸がん検診で「陽性」、つまり要精検になった人の3割以上の人が精検を受けていないという。精検受診率について国は目標値として9割以上を掲げているが、国立がん研究センターがん情報サービスの「がん登録・統計」によると、男女合計の全国値は71.4%(2018年度)にとどまっている。
1位は宮城県、最下位は沖縄県
都道府県別で見ると大きなばらつきがある。上位は宮城県(84.4%)、岩手県(83.5%)、新潟県(82.8%)で9割に近づいている一方、低いのは沖縄県(57.6%)、東京都(60.7%)、三重県(62.7%)。前出の松田氏は、「大腸内視鏡検査を一度でも受けていれば、大腸がんで死亡する危険性が格段に減る」ことを周知するのが重要だと話す。
精検受診率向上に向けて、健診やがん検診受診者に電話や郵送の書面で受診勧奨するのはこれまでよくある施策だが、石川県七尾市にある恵寿総合病院では、検査で「要精検」や「要治療」となった人に受診勧奨をするメール配信を始めた。検査結果送付後、2週間経ったタイミングで受診者にメールが届き、医療機関を受診するよう促している。
同院消化器内科の神野正隆氏は、「精検受診率が低い理由の1つは症状がないからだろう。前回の便潜血検査で陽性だったが様子をみて、今回もまた陽性になったから受診するケースも少なくない。精検によるがん発見率は4%程度といわれ、なかには10%近くとの研究結果もある。便潜血検査で陽性となった方の25人に1人はがんが見つかるというのはけっこうな確率であり、ほかのがん種よりも高い確率で発見されることを知ってほしい」と解説する。
女性の中には内視鏡検査でおしりを見せるのが恥ずかしいと敬遠する人もいるようだ。これについて神野医師は、「検査時は紙の半ズボンをはいて受けてもらうので、おしりを人前にさらすことはほとんどない。内視鏡検査でポリープ(前がん病変)や早期がんが見つかったら内視鏡的に切除もできるので、受診を躊躇しないでほしい」と話す。
自分に意識を向けることが大事
がんの早期発見のために、検診を何度も受ければいいのかといえば、そうではない。
がん検診が議論されるときには、受けることによるメリットとデメリットが考慮される。メリットはがん死亡の減少、がん患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)の向上、医療費の削減など。デメリットは偽陽性(検診でがんの疑いと判定されて、精検をしてもがんが発見されない)者への不必要な検査と不安のほかに、臨床的に意味のない診断治療(広い意味の過剰診断)などがある。
これらのメリット・デメリットに対して、エビデンスのある検査法を、適切な間隔で受けることを勧めている松田氏は、「検査を頻繁に受ければいいわけではない。例えば、胃がん検診の内視鏡検査ができる市区町村はこの国の約半分。大腸内視鏡はさらに可能な地域が少ない。地域の限られた医療資源の中で、特定の人が過剰に検診を受けることで、がん検診を受けられるはずだった人が受けられなくなることも考える必要がある」と述べている。
がん検診の推進に向けた国の検討会では、検診受診率や要精検受診率の向上、市区町村での精度管理のほか、職場での検診推進などがテーマに挙げられている。さらには、精検を受けやすくする職場の環境整備、費用の公費負担なども検討課題だ。
市区町村で実施するがん検診は対象者を明確化し、その対象者がはたして受診したかどうか、その後、要精検となり精検を受けたかどうかなどを名簿で管理することも求められている。医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が叫ばれる中で、マイナンバーのポータルサイト「マイナポータル」を有効活用できないかといった意見も出ている。
がん対策を推進するヒントとなるのが、乳がん領域で取り上げられる機会が増えている「ブレスト・アウェアネス(乳房を意識する生活習慣)」の考え方だ。
松田一夫・公益財団法人福井県健康管理協会副理事長(写真:本人提供)
これには4つのポイントがあり、(1)自分の乳房の状態を知る(2)乳房の変化に気を付ける(3)変化に気付いたらすぐ医師に相談する(4)40歳になったら2年に1回乳がん検診を受ける――という流れだ。
松田氏は、「アウェアネスは乳がんに限った話ではない。ちょっと体調がおかしいのではないかといった自分で感じる異変は、相当に正確だと考えている。大腸がんを疑うものとしては血便などがある。痔の可能性もあるが、その症状が続くならば検査を受けるのがいいだろう。ただし、結果を過信せず、陰性となっても自覚症状があって自分がおかしいと思ったら、医師に相談するのが大事なのではないか」と話す。
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提供元:早期ならほぼ治る大腸がん「検便」は超優秀の理由|東洋経済オンライン