2021.12.23
野口聡一「今日、僕は仕事しない」の必要性説く訳|宇宙は「究極のテレワーク」メリハリつける難しさ
(写真提供:NASA/ZUMA Press/アフロ)
2021年5月、民間の「スペース X 」社が開発した宇宙船で宇宙へ行った初めての日本人として地球に帰還した野口聡一さん。地上から400km離れた宇宙での滞在中、野口さんは毎朝地上から指示を受けて仕事をこなしていました。それは、まさに "究極のテレワーク"。国際宇宙ステーションは、"究極の職住接近" だと話します。『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』から一部抜粋・再構成してお届けします。
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宇宙飛行士の業務スケジュール
国際宇宙ステーションの1日を紹介しよう。平日の国際宇宙ステーションは、午前6時の起床から始まる。60分間の朝食と30分間の身支度を済ませると、7時半には地上と当日の作業確認、いわゆるモーニングDPC(Daily Planning Conference)に入る。これが15分程度で終わると、いよいよ業務時間がスタートする。科学実験をはじめ、さまざまなミッションが目白押しの時間帯だ。
実際、実験の数は増える一方だ。わたしの1回目のスペースシャトル・ディスカバリー号の飛行時(2005年)には、わたしが担当する科学実験は5つほどだった。
ところが、今回は実に50件を数えている。テーマは物理学から医学・生物学まで、自分の専門領域をはるかに超えるものばかり。認知症に関わる遺伝因子の解明のために無重力空間での実験を行うというようなものもある。
科学実験が立て込むため、こうした平日の昼間はどうしても分刻みのスケジュールになる。計画的に仕事を進めないとトイレに行く間もないほどだ。途中、無重力による筋力の衰えを防ぐためのエクササイズも150分入る。
仕事を終えるのは、およそ午後6時。地上との締めのイブニングDPCが終わると、楽しい夕食の団らんが待っている。以後、フリータイムが続き、だいたい午後10時くらいには就寝。8時間くらいの睡眠は確保するよう心がけている。
週末の土曜日は、午前中を〝ボランタリータイム〟に当てる。宇宙飛行士の自由意思によるボランティアという触れ込みだが、実際には、やり残した実験などに当てるケースがままある。土曜日の午後はフリータイムだが、船内の清掃作業とエクササイズに費やすのが一般的。日曜日と祝日は、特段の業務が入らない限り、休日となる。
以上が、国際宇宙ステーションでの公式上のタイムラインである。このラインに上がる具体的な業務内容は、およそ次のような手順で決められている。
ミッションのスケジュールを決めるプランナーが、まず6カ月間の作業スケジュールを決める。この6カ月プランを基に、次は2週間プラン。進捗状況によって毎週見直しが入るが、ここまでは、わたしたちクルーは口出ししない。
その次が、毎日のスケジュール。起床時間から就寝時間までびっしりと決められたものがだいたい1週間前に伝えられる。それを見ると、まさに文字通り、分刻みの業務がズラリと並び、目が回るような忙しさだと実感する。
ただ、想定どおりにはいかないものだ。1時間の作業のはずが2時間かかったり、あるいは30分のところが5分で終わったりする。そこで、午前と午後の作業を午前中にまとめてこなしてしまう自己裁量がクルーに認められている。そうすることで、空いた時間に教育プログラムのビデオづくりをしたり、壊れた機械の修理をしたりすることができる。
現在、国際宇宙ステーションの船内映像はNASAのウェブチャンネルでそのまま見ることができるし、JAXAが同様に中継することもある。就業時間、つまり「モーニングDPCとイブニングDPCの間」は、いつ船内映像が地上で見られてもいいという習わしが周知されている。ちょっと言い方は悪いが、まるで刑務所の囚人のように、カメラで〝監視状態〟にさらされているわけだ。
ただしこの〝監視カメラ〟、それ自体悪いことじゃない。それぞれの作業がどのように進んでいるかを管制官に正確に把握してもらうことは大事だし、実験トラブルがあると、地上の管制官が「何か問題が起きてる?」と気づいて声がけしてくれることだってある。
この〝監視カメラ〟に加えて、わたしたちはひとつの作業が始まるときと終わるときにパソコン上で記録をしている。これは地上で行う「打刻」と似ている。その点からみても、わたしたち宇宙飛行士は地上からテレワーカーとして日夜チェックを受けていることになる。
メリハリをつけないと、過労になりがちに
業務に就く「クルータイム」と個人で自由に使える「フリータイム」の切り替えは、実は言うほどたやすくはない。国際宇宙ステーションは、究極の「職住接近」。朝起きたらそこはもう職場だ。週末の休日だって、目の前で実験装置が回っている。ついつい〝ながら仕事〟ということにもなりかねない。
特に、新人飛行士ほど要領がわからず、メリハリをつけるのが大変で、つい過労になりがちになる。実際、日々のスケジュールが詰まっているので、夜間に1~2時間くらいの〝残業〟時間を使って、翌日の作業に必要な道具や予備の部品を集めておいたり、手順書の内容を勉強したりすることがままあるものだ。
これは実に深刻な問題で、テレワークをしている働きすぎの会社員と共通する現象が実際に起きている。
スペースシャトルの時代だと宇宙滞在は2週間だった。だから、24時間働くことができた。2週間しかないと思うと、宇宙飛行士も成果を上げたいと張り切るからだ。トラブルが起きたら徹夜で作業し、翌日「問題なく再開しました」と地上に報告するのが勲章みたいになっていた。まさに寝食を削って仕事をしてしまう。
せっかく宇宙飛行に出たのに「窓の外を見る暇はなかった」と誇らしげに語る飛行士もぞろぞろいた。それくらい、クルータイムとフリータイムの区別はできていなかった。
しかし、国際宇宙ステーションに長期滞在するようになってもそんなペースで働いていたら、滞在期間の6カ月はもたない。「燃え尽き症候群」みたいになってしまうだろう。
宇宙飛行士の「働き方改革」
ちょうど国際宇宙ステーションができて10年目にさしかかった時期だったと記憶する。わたしの2回目のフライトのころ、ようやく宇宙飛行士の〝働き方改革〟が始まり、1つひとつの作業時間の見積もり精度を上げて残業時間を減らそうという試みが始まった。一日の労働時間は8.5時間と決まっているのだが、作業時間の見積もりが甘いといつまでたっても仕事が終わらないという例が多発していたのだ。
そこで、作業の開始と終了を明確に地上に報告することで見積もり時間の精度を上げるとともに、終業時刻がきたら、もう仕事はやめようという動きが出始めるようになった。もしトラブルが起きても、翌日に回せるのであれば、イブニングDPCで打ち切る。地上もそれ以上深追いしない。後の措置は地上で夜間に考えてもらい、翌朝、解決策や修正プランを提示してもらった上で国際宇宙ステーションの作業を再開する。
まあ、そうはいっても終業時間を超えてがんばらないといけないときもある。一番わかりやすいのは、無人貨物船が来たときの対応だろう。地上から新しい実験機器や生活物資を運んでくれる貨物船が国際宇宙ステーションにドッキングすると、何トンもの荷物をどんどん積み下ろし、同時並行で地上に戻す物品を貨物船の空いたスペースに積み込んでいく。場合によっては2機の貨物船が相次いでやってくることもあるし、そもそも国際宇宙ステーションにドッキングできる期間には限界がある。
そうなると、通常業務の傍ら、最初の1週間くらいはがんばって荷下ろしをしないと荷物の入れ替えが間に合わない。必死になって徹夜に近い状態で荷下ろしをする。思い返すと、わたしのミッションでも、貨物船がドッキングしている期間はみんなけっこう疲弊していたなぁ、とあらためて思う。
わたしの見る限り、ロシア人やヨーロッパ人は夕方6時がやってくるとサッサと終わる。労働時間と自分の時間の切り替えが上手なんだなと思う。一方、日本人やアメリカ人はそうはならない。まさにワーカホリック。放っておくと、何時まででも仕事をしてしまう。
微妙な残業リスト「タスクリスト」
労務管理上、毎日の作業スケジュールには残業がないことになっているが、実は、クルーが自主的に仕事を行うという趣旨で作成された「タスクリスト」なるものがあり、これがくせ者だ。
ありていに言えば、「作業スケジュールにはないけれど、やってほしい」という地上からの要望が詰まったもの。急いでやらなくてもいい。でも、地上としては、やってくれると助かる……そんな矛盾と巧みな思惑をはらんだ作業リストなのだ。
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〝働き方改革〟のおかげで作業時間を余裕を持って設定するようになった結果、規定よりも早く予定業務を終える日が出てくるようになった。そこで、空いた時間に自己裁量で仕事をこなしてもらおうという趣旨から「タスクリスト」が誕生した。
例えば、物品の整理をしたり、船外活動で使うツールに異常がないかを確認したりするような作業は、管制センターのサポートがなくても宇宙飛行士が単独でできる。そういう単純作業が「タスクリスト」に盛り込まれることが多い。なるほど、経緯からして、〝働き方改革〟の副産物といえなくもない。
予定された業務が早く終わって時間が余ったときは、「残り時間はタスクリストにある業務をこなしてください」という指示がくる。時間がなければ無理にやる必要はないはずなのだが、消化できていないタスクリストの作業が多いと、きまじめなクルーはオーバーワークになりがちだ。
新人の宇宙飛行士などはついがんばってタスクリストの消化に努めてしまい、場合によっては週末のフリータイムも使って仕事をしてしまう。数週間の短期宇宙ミッションなら何とかなるが、半年から1年もの長期滞在者にそれを課したらおかしくなってしまう。
メリハリをつけ、「今日、ぼくは仕事をしない」と決めないと、ワーク・ライフ・バランスの観点からもよくないことが起きてしまいかねない。往年のテレビCMに「24時間戦えますか!」というのがあったが、いまは「8.5時間しか戦いません!」というのが、メンタルヘルスを保つうえでは正しいスタイルなのかなと思う。
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提供元:野口聡一「今日、僕は仕事しない」の必要性説く訳|東洋経済オンライン