2021.12.21
がん患者の心の理解を妨げる「一方的な配慮」とは|日ごろからの気持ちを言い合えるよう心がけて
大切な人が何を考えているか。想像するのではなく、言葉で確かめることはとても大事なことです(写真:Fast&Slow/PIXTA)
病気になる。しかも、それががんのような重い病気だったとしたら――。病気や治療に対する不安な気持ちや、うつうつとしたやりきれなさを抱える、そんながん患者に寄り添ってくれるのが、精神腫瘍医という存在です。
これまで4000人を超えるがん患者や家族と向き合ってきたがんと心の専門家が、“病気やがんと向き合う心の作り方”を教えます。今回のテーマは「医師から“手術はできない。病気と付き合っていくしかない”と言われたときの対処法」です。
先日、私の外来に、主治医からの紹介である夫妻が訪れました。夫の安田隆さん(仮名、59歳)はステージ4の肺がんで、現在、化学療法を受けています。紹介状には、ご本人が不安を抱いていることと、妻の裕子さん(仮名、51歳)が夫の精神状態を心配し、一度、話をしてほしいと希望されていることなどが書かれていました。
ご夫婦が診察室に入ってこられると、裕子さんは「あなたはこっちに座ったほうがいいんじゃない?」「荷物、こっちに置こうか?」などと、隆さんに対する気配りを欠かしません。私は2人にあいさつをしたあと、どんな経緯で今日ここに来られることになったのかを、隆さんに尋ねました。
いろいろと気遣う妻に病気の夫は…
「私はあまり気が進まなかったのだけど、妻がどうしてもと勧めるから、来てみました」と、おもむろに隆さんが口を開くと、裕子さんは間髪を入れず、「この人、最近あまり元気がないように見えるので、心配しています。好きな釣りにも行かなくなったし。なので、一度きちんと心のケアを受けたほうがよいと思ったんです」と補足されました。
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「なるほど、裕子さんが隆さんのことを心配されたので、今日の受診に至ったわけですね」と、私はこれまでのいきさつを確認したうえで、隆さんが肺がんになってから今に至るまでの心境の変化を尋ねてみました。すると、隆さんはこう語ってくれました。
「肺がんに罹患したことは青天の霹靂で、最初は大きなショックを受けました。あと少しで定年を迎え、これからは妻と穏やかな時間を過ごそうと思っていた矢先のことだったので。旅行や趣味のガーデニング、食べ歩きなど、描いていた退職後の楽しみはいろいろあり、その願いがかなわないのが残念でなりません」
そして、こんなことも話してくれました。
「恐怖や悲しみでいっぱいなときもありましたし、告知後はしばらく気持ちがふさぎ込んでいました。でも、抗がん剤治療が始まり、繰り返し治療を受けるなかで、病気との付き合い方のイメージが湧いてきたのです。その頃から、『起きてしまったことをこれ以上嘆いても仕方ないかな』と考えるようになったんです」
最近は、気持ちが安定しているという隆さん。
「がんになったことは残念ですが、幸い2人の子どもも自立し、ある程度の蓄えも妻に残すことができそうです。なので、家族に対する責任は果たせてよかったななどと、ほっとした気持ちもあります」
これからのことで心配はないかといった問いに対しては、「まあ、最後に苦しまないだろうかということは気になりますが、だいぶ覚悟はできてきました」と答えました。
私は続いて裕子さんに、「隆さんの心は安定してきたとおっしゃっていますが、どう思われますか?」と聞いたところ、裕子さんは隆さんの言葉が意外だったらしく、「本当に安定しているの? あなた、元気がなさそうにしているときもあるじゃない。最近はあんまり外にも出ていないし」と言います。
それを聞いた隆さんは、「そりゃ、ときどき落ち込むときもないわけじゃないし、体調が今一つよくないときは元気も出ないさ。でも、いつも明るいっていうのも変だろ。普通はそんなもんだと思うよ」と答えたのです。
真のケアが必要なのは夫ではなかった
このやりとりを聞いて感じたのは、このご夫妻の場合、表向きは隆さんが患者として受診しているけれども、真のケアが必要なのは裕子さんのほうだろう、ということでした。そのうえで、裕子さんが自分の不安に対処できるよう、お手伝いができないだろうかと考えました。
そこで、私は裕子さんに「隆さんにお会いするのは今日が初めてなので、まだ存じ上げないことも多いでしょう。でも、隆さんの口ぶりからは無理に平穏を装っているようにも思えないのです。率直なお気持ちを話していると私は感じます」。
そう伝えると、裕子さんは「そうですか。それならいいんですが……」とつぶやいていました。その表情は安堵と、まだ信じられないという気持ちが同居しているような感じでしたが。
その後お2人に、夫(隆さん)が感じていることと、妻(裕子さん)が隆さんについて想像していることとは、だいぶ違いがあることを伝え、「今まで、お互いの気持ちについて話すことはなかったのですか」と尋ねると、「今までそのような機会はあまりなかった」と言います。
裕子さんは隆さんのことをとても心配していたものの、夫の気持ちに触れないほうがよいと思っていました。そのため、自分はどうやったら夫の気持ちを支えられるかわからず、迷った挙句、プロの力を借りようと思い、精神科の受診を勧めたということでした。
安田さん夫妻のように、家族が患者さんの精神状態を心配して、精神科を受診されるケースは、ときどきですがあります。このような場合、実際に患者さん本人の精神的なケアが必要になることもありますが、一方で、本人は意外と安定した精神状態であることも少なくありません。
そういう場合、家族は患者さんのことをとても心配しているけれど、つらい気持ちに触れると本人を傷つけてしまうのではないか、それを恐れていることがけっこうあります。
本人の率直な気持ちに耳を傾けようとするのではなく、「きっと相手はこういう気持ちだろう」と、自分の想像で判断してしまう――。このように、自分の不安を相手の心に映し出してしまうことを心理学では「投影」といいます。
裕子さんのように、相手の感情と向き合ったり、自分の気持ちを相手に伝えたりすることが苦手な人は、意外と多いのではないでしょうか。これを「回避型愛着スタイル」といい、主に両親との関係に端を発することがわかってきています。
一般的には、子どもが抱く悲しさや恐れ、怒りや喜びといった感情に、親がきちんと向き合って、良い意味で自分の感じていることを子どもに伝えられれば、子どもも自分の気持ちをきちんと伝えられるようになります。
ところが、「悲しくても泣くんじゃない」など、感情を表に出すことがよくないという雰囲気のなかで育った子どもは、感情と向き合うことが苦手になりがちです。
特に年配の世代は、気持ちを伝えることが苦手な人が思いのほか多いような気がします。一方で、最近は子育てスタイルが変化してきたのか、若い世代の人がきちんと自分の気持ちを伝え、相手の感情に向き合っている場面によく遭遇します。コミュニケーションが上手だなとつくづく感心します。
話を冒頭のご夫妻に戻しましょう。
「何もしてあげられない」に隠された本音
私は裕子さんに、「隆さんのことをとても大切に思っていて、力になろうと一生懸命頑張っておられることが伝わってきました。それで裕子さんご自身は、どのようなお気持ちなのですか?」と尋ねると、少し戸惑った表情を見せたあと、「夫のことをとても心配しています。でも、自分には何もしてあげられなくてもどかしい」と話されました。
そこで今度は隆さんに、「裕子さんは何もしてあげられないと思っていることについて、隆さんはどのように感じているのですか?」と尋ねると、「そんなことないさ。あなたがいろいろと心配してくれて、食べやすいご飯を作ってくれたり、病院に付き添ってくれたり、助かっていることばかりだよ。何しろ心強いよ」と話されました。
このとき裕子さんの目が真っ赤になり、涙があふれ出したのです。
おそらく裕子さんの心の奥には、夫に対する心配だけでなく、夫を失うことに対する強い恐れと悲しみがあるのではないか。そんなことを思い起こされました。
この面談で私は、「まだ慣れないかもしれないけれど、お互いの気持ちを知ることや、相手にどうしてほしいかをしっかり伝え、話し合うことは、2人の今後に役立つのではないでしょうか」と伝え、面談を終了しました。
回避型愛着スタイルの人は、気持ちを伝えても拒絶されるのではないかという恐れが目の前に立ちふさがるため、思いを口に出せないでいることが少なくありません。
ただ、それでは理解が深まりません。
できれば、お互いの気持ちに余裕がありそうなときにでも、「よかったら、最近どんなことを考えているのか教えて。あなたのことをもっと知りたい」などと、やんわり話しかけてみるといいのではないでしょうか。このような聞き方なら、相手も負担になりません。
何より、勇気を出して心を開いてみることが大切で、お互いをより理解するためには大切なことといえるでしょう。
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提供元:がん患者の心の理解を妨げる「一方的な配慮」とは|東洋経済オンライン