2021.12.09
働きバチのあまりに儚い一生を私たちも笑えない|一生かけてスプーン1杯に集めるハチミツの重み
働きづめのミツバチはまるで日本のサラリーマンのようだ(写真:Happypictures/PIXTA)
生き物たちはみな、最期のその時まで命を燃やして生きている──。
数カ月も絶食して卵を守り続け孵化(ふか)を見届け死んでゆくタコの母、成虫としては数時間しか生きられないカゲロウなど生き物たちの奮闘と哀切を描いた『文庫 生き物の死にざま』が刊行された。同書からミツバチの章を抜粋する。
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一生かけてスプーン1杯の蜂蜜を集める
ミツバチは、その一生をかけて、働きづめに働いて、やっとスプーン1杯の蜂蜜を集めるのだという。
何という憐れな生涯なのだろう。
働きバチは働くために生まれてきた。
ミツバチの世界は階級社会である。ミツバチの巣には1匹の女王バチと数万匹もの働きバチがいる。女王バチから生まれた働きバチはすべてメスのハチである。この数万の働きバチたちは、自らは子孫を残す機能を持っておらず、集団のために働き、そして死んでいくのである。
ミツバチの世界では、たくさん生まれたハチの幼虫の中から、女王になるハチが選ばれる。その選抜の過程など詳しいことはわかっていないが、選ばれた幼虫はロイヤルゼリーという特別な餌を与えられて育つことによって体長12~14ミリメートルの働きバチよりも体の大きな体長15~20ミリメートルほどの女王バチとなる。そして、女王は卵を産み子孫を増やしていくのである。
働きバチにとって、巣の中にいる大勢の仲間は同じ女王バチから生まれた姉妹である。姉妹は親から遺伝子を引き継いでいるから、仲間を守ることが、自分の遺伝子を守ることになる。そのため、彼女たちは巣の仲間のために働くのである。
そして、姉妹の中から女王バチが選ばれれば、そこから生まれる次の世代は、働きバチにとっては姪っ子になる。自らは子孫を残せなくても、自分の遺伝子は受け継がれていくのだ。
ロイヤルゼリーを餌として与えられる女王バチが数年生きるのに対して、働きバチの寿命はわずか1カ月余りである。この間に、働きバチたちは、働けるだけ働くのである。
働きバチというと、花から花へと移動して蜜を集める印象が強いが、働きバチの仕事はそれだけではない。
成虫になった働きバチに与えられる最初の仕事は、内勤である。
働きバチは最初のうちは、巣の中の清掃や幼虫の子守りを行う。
やがて働きバチは巣を作ったり、集められた蜜を管理するなど、責任のある仕事をまかされるようになる。この頃が、働きバチのキャリアにとってもっとも輝かしいときなのだろうか。
働き盛りも過ぎて終わりが近づくようになると……
ミドルを過ぎたミツバチたちに与えられるのは、危険の多い仕事である。
初めにまかされるのが、巣の外で蜜を守る護衛係である。ミツバチにとって巣の外は危険極まりない場所である。出入り口とはいえ、巣の外に出ることは緊張を伴う仕事だろう。
そして、働きバチのキャリアの最後の最後に与えられる仕事こそが、花を回って蜜を集める外勤の仕事なのである。
働きバチの寿命は1カ月余り。その生涯の後半、2週間が花を回る期間である。
まだ見ぬ世界への飛翔。しかし、巣の外には危険があふれている。クモやカエルなど、ミツバチを狙う天敵はうじゃうじゃいるし、強い風に吹かれるかもしれないし、雨に打ちつけられるかもしれない。
蜜を集める仕事は、常に死と隣り合わせの仕事だ。いつ命を落とすやもしれない。一度、巣を離れれば無事に戻ってこられる保証など何もないのだ。
働きバチたちは、そんな危険な世界へと、決死の覚悟で飛び立っていく。
戻ってくるものもいれば、戻ってこられないものもいる。それがミツバチたちの日常だ。
そんな過酷な仕事を、とても経験の浅いハチにまかせるわけにはいかない。このときこそ、経験豊かなベテランのハチの力の見せどころなのだ。老い先の長くないハチだからこそ、巣のためにできることがある。最後のご奉公として、仲間のために、次の世代のために、危険な任務を担うのである。
老いたミツバチはかいがいしく花から花へと飛び回り、蜜や花粉を集めれば、巣に持ち帰る。そして、再び、危険な下界へと飛び立つ。
これを休むことなく来る日も来る日も繰り返すのである。
働きバチの寿命はわずか1カ月余り。
目まぐるしく働き続けた毎日も、やがて終わりを告げる。
女王バチは1日数千個の卵を産む
危険を覚悟で飛び立った働きバチは、どこか遠くで命が尽きる。それはお花畑かもしれないし、そうではないかもしれない。
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ミツバチの巣は何万もの働きバチで構成されている。毎日、おびただしい数の働きバチが、どこかで命を落としていることだろう。しかし、それでいいのだ。女王バチは、1日に数千個もの卵を産む。そしておびただしい数の新しい働きバチたちが、デビューしてくるのである。
1匹のミツバチは、働きづめに働いて、やっとスプーン1杯の蜂蜜を集める。
そういえば、労働時間が長く、休みなく働く日本のサラリーマンは、世界の人々から「働き蜂」と揶揄(やゆ)されていた。
そんな日本のサラリーマンの生涯収入は平均2億5000万円。億単位のお金だからものすごい金額に思えるが、札束にしてみれば事務机の上に簡単に置けてしまう。大きなボストンバッグに入れれば持ち運べてしまうサイズだ。
われわれも一生、働いてみても、ミツバチの集めたスプーン1杯の蜜を笑うことはできないのだ。
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提供元:働きバチのあまりに儚い一生を私たちも笑えない|東洋経済オンライン