2021.12.06
「いま何歳?」より「あと何年?」で決まる幸福人生|「ライフシフト2」で考える「個人と企業の両得」
「何歳だから遅すぎる」などと固定観念に引きずられず、「自分はあと何年生きるか」という視点で見てみるのはどうでしょうか?(写真はイメージ、C-geo/PIXTA)
シリーズ累計50万部のベストセラー『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』の最新版『LIFE SHIFT 2(ライフ・シフト2):100年時代の行動戦略』がついに発売された。
技術的発明が人類を幸せにするには社会的発明がなければならないとする『ライフ・シフト2』こそ日本社会を変えるための「本論」と見なし、その内容に共鳴、人生のチャレンジの後押しをされたと語る、ベンチャー企業・エール取締役の篠田真貴子氏に話を聞いた。
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「序章」にすぎなかった『ライフ・シフト』
『ライフ・シフト2』を読んで、冒頭からがーんと衝撃を受けました。あれほどインパクトのあった『ライフ・シフト』は「前振り」にすぎなかったんだと。むしろ、この『ライフ・シフト2』こそ「本番」なんだと。そのキモは、近年急速に進展する技術的発明の恩恵を得るには、社会的発明がないといけない、とする視点です。そこに私は気づいていませんでした。
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社会的発明というのは、技術的発明の成果が、個人と人類全体の運命の改善につながっていく環境を整えるものだと、本書では整理されています。
確かに、長く生きることを願ってきたのに、いざそれが実現したら、どう生きるかがわからなくて老後に対して不安や寂しさを感じてしまう。待望のすごい技術であったはずのAIが、人の仕事を奪ってしまう。そうなったら悲しいですよね。
残念ながら、それは今だけの現象ではなくて、歴史的に見ても、技術的発明が自動的に社会的なメリットをもたらすわけではない。社会的発明が実現するまでは人々に不安や痛みが伴ってしまう。
だから私たちが技術的発明の恩恵を実感するためには、社会の仕組みだけでなく、個人の価値観や行動様式も変わっていかなくてはならない。そういったことを、本書ではとても丁寧に描いています。
誰もが社会的開拓者であってほしい
また本書では、社会的発明は、私たち1人ひとりが新しい生き方を切り開くことから生まれるので、私たちの誰もが社会的開拓者であれ、というメッセージを強く打ち出していますよね。
私が本書を読んだのは、10年務めた「ほぼ日」CFOを退任し、1年余りのジョブレス期間を経て、ベンチャー企業のエールに参加したあとでしたが、私の新たなチャレンジを肯定してくれているような気がして、勝手に励まされました。
「ほぼ日」を辞めたのは、ちょうど私が50歳のときです。定年が55歳だった親の世代からすると、働く期間はあと5年くらい。その見方からすれば、辞めずに走り切るべきだ、ということになるでしょう。
でも今、平均余命どおりに生きるのなら、私にはあと35~40年の人生がある。このうち最低でも20年は働くとするなら、今までのキャリアの蓄積だけで乗り切ることは難しいし、ベンチャー企業のような組織に入って一緒に頑張れるタイミングの限界は今かなとも判断して、新しい道に挑戦することにしました。
もちろん、最初は今までの経験を活かして企業の外部アドバイザーになるといったことも考えました。ですが、それはもうちょっと後でもできるかなと思い、私とは世代が違う若い方が経営しているベンチャー企業で働いてみたいと思いました。
「企業は、何年経っても創業時のDNAを持ち続けている」というのが私の持論です。
歴史がある会社は、今も創業時の時代背景を色濃く反映した強みがありますし、新しく生まれたインターネットサービスの会社も、興味深いことに、創業がPCの時代かスマホ時代かで、組織体制やサービス内容が大きく異なっているのです。
エールの創業は2013年です。この創業時の考え方が、今後20年の土台になると考えました。経営者も若いですから、彼らが選択する経営手法や経営方針は、これからの社会のスタンダードになっていくはずです。
私は70歳になっても現場で働きたいという野望があるので、そうした環境にどっぷり浸かって、この先20年通用する価値観を身につけたいと考えたのです。
最初からはっきりとそう思っていたわけではありません。「ほぼ日」を辞めて、ジョブレスだった期間に、さまざまな人と利害関係にとらわれない会話を交わすことができました。なんら仕事に関わらない1年半を過ごしていたら、さらにその先の世界まで見えてきた。発想が変わった。普段交わらない人と会話し、模索する中で、自分はどうしたいかが言語化できたんです。
ウェル・ビーイングに向けた日本社会の課題
『ライフ・シフト2』は、政府や企業、教育機関のあり方に多くのページを割いていますよね。前作『ライフ・シフト』は個人の生き方を根底から考え直すことが必要だと説いていて、本作では、そのための社会的な変革の必要性を訴えています。『ライフ・シフト2』こそ、社会的発明を実現させるために、本当に言いたかった「本論」ではないかと感じています。
日本の社会には、まだ課題が多く残っています。無意識のうちに性別で役割分担が決められますし、年齢バイアスも強い。社会保障制度にしても、段階的に年齢は上がってきているとはいえ、65歳以上は稼ぐ力がなくてヨボヨボしているという前提で作られています。
50年前はそうだったかもしれませんが、今は当てはまりません。今の制度は乱暴だなと思います。
2019年に結成された「明るい社会保障改革推進議員連盟」は、疾病予防や健康増進に社会保障費を使おうという発想で政策を議論しています。制度設計は個人ではできませんから、まさに政治家が議論し、国として発想を変えていかなくてはならないことです。
心身ともに、また社会的にも健やかに生きる「well-being」を実現させるために財源を振り向けるのは、とてもよい方向性だと思います。
企業も同じ。55歳で定年、65歳で寿命を迎えるという社会で完成された制度を、今でも「制度ありき」で何とか延命させているのが現状です。いよいよ人生100年時代にさしかかって、もうさすがに無理、さあどうしよう、という状況に直面しているのではないでしょうか。
アメリカでは、私が留学していた時点ですでに、履歴書には年齢性別はもちろん、人種が推し量れる顔写真も掲載が禁じられていました。私たちが無意識のうちに持っているバイアスをとにかく排除する制度設計を行っていたんです。
これが日本の課題解決に直接つながるかどうかはわかりませんが、まずは私たち自身がバイアスを持っていることを自覚し、それが企業の適材適所を妨げているかもしれないという認識が必要でしょう。
日本の企業はまだ年齢バイアスに基づいた年功序列が残っています。ちょうど私の年代であるバブル期世代は「働いていないのに給料が高すぎる」といわれ、いかに痛みを少なくして辞めてもらうかにすごい労力を使っている企業もある。
しかし、エイジレスな組織としてのビジョンがないまま、いきなり早期退職者の募集をするのは、対症療法的でトカゲのしっぽ切りにしかならないかなとも思います。エイジレスな組織としてどうありたいのか。『ライフ・シフト2』は、日本が年齢を問わない社会に転換する大きなきっかけとなるのではないでしょうか。
企業のパーパスが大きく変わった
今、事業環境は大きく変わっています。企業もそれにあわせて中期経営計画を5年ごとから3年ごとへ、さらには毎年見直す企業もありますが、現状、社員がその変化に追いつけていない。私たちの会社では、社外人材による1on1面談を通じて社員1人ひとりがその変化を自分ごと化して、自分のゆくべき道を自律的に見つけられるように、サービスを提供しています。
まさにこうしたことも、私は本書で言う「社会的開拓者」を増やして「社会的発明」を推し進める一石になるのではないかと思っています。大変な試みではありますが、いま、日本の社会は、そうした個人と企業の間を丁寧につないでいく過渡期にさしかかっているのではないでしょうか。
10年ほど前まで、株主至上主義が企業のパーパスとしてうたわれていました。平たく言えば、そこで働く人材への還元よりも、利益を上げて株主に配当すべきだ、という主張が強い影響力を持っていた。いわば従業員と株主が対立構造にあったのです。
ところが今は、これとはまったく逆の動きが生じています。人的資本という概念が投資家の間に広まり、企業価値を決める大事な要素の1つとして見られるようになりました。
今年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」でも、多様性の確保に向けた人材育成の方針や社内環境の整備を企業に求めています。
つまり上場会社は、人的資本をどう捉えていて、どのように価値を高めていくかを説明しなければならないということです。従業員の働きやすい環境を整えて創造性を高められるようにしていくことは、従業員個人の幸せだけでなく、企業価値として株主の利益につながる時代になりました。
人の主観的な充実感、幸せである「well-being」が企業の株主価値を高める。個人の所得を増やし、GDPも増大する。こうした考え方が政府の「骨太の方針」でも明文化され、大きな社会的な枠組みとして反映される方向に向かいつつあります。
まさに無形資産こそが、企業価値を決めるんだと。これは『ライフ・シフト』で2016年からずっと言ってきたことであったわけですが、ではこれを、現在のコロナによる劇的な環境変化のなか、いま企業経営に対してどうするんだと具体的に迫ってきたのが、今回の『ライフ・シフト2』なんだと思います。
初めに就職した会社にずっといる、でいいのか
今はまだ、新卒で就職した会社を定年まで勤めあげることがよいことだ、という建前がまかり通っています。
ですが、私は、若いうちに所属している組織を変えるというのは、マイナスよりも大きなプラスになると私は思っています。
最初に入った会社で働き続けるというのは、恋愛にたとえたら、初恋の、最初に付き合った人と結婚して一生添い遂げるようなものではないでしょうか。
もちろん本人同士が幸せならそれはすばらしいことですし、10年経ったら必ず離婚しろなどと言いたいのではありません。でも多くの人は、初めて付き合った人と絶対に結婚しなければならないといわれたら、怖くて付き合えませんよね。
何人かとのお付き合いを経て、時に片思いをしたりしながら、自分に合う人を見つけていく。仕事も一緒で、何が自分に合うかを模索していく期間が必要です。事業環境自体も、時間の経過とともに変化していきますし。
初めて出会ったフルタイムの仕事を、「自分の専門分野はこれだ」と無理に信じて続けていかなければならないのはちょっと違うのではないでしょうか。
若い人の意識は変わってきつつありますが、企業の仕組みのほうがその変化にまだ追いついていないように思います。
社会が変われば、「見える景色」も変わる
発想を変えてみると見えることは少なくありません。
本書でも触れられていますが、生まれてから何年経ったかという「暦年齢」で人生や物事を捉えると、年齢バイアスがかかってしまいます。「もう40歳だから無理」「もう50歳だから遅すぎる」などと固定観念に引きずられてしまうのです。
逆に、「自分はあと何年生きるか」という視点で見てみるとどうか。人生100年時代なら、30代の方はまだ70年は生きる可能性がある。40代でも、人生の折り返し地点にまださしかかる前。50代だって、この先20年働くことを見据えてキャリアチェンジしてもいい。これから先の生きる年数を考えたら、まだ相当に時間はあって、いろいろなことにチャレンジできることに気づくのではないでしょうか。
社会保障改革もそうですが、政府や企業、教育機関の変革について本書が半分のページを割いているのは、私たちの「見える景色」を変えるために必要だからだと私は受け取っています。
たとえば大学の入学年齢を不問にするという制度にしたら、還暦を過ぎていても行動力のある方がまず大学に入るでしょう。すべての大学とはいいませんが、ある大学は18~78歳までの学生がいて、平均年齢は42歳、ということになるかもしれません。
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すると、今まで年齢を理由に躊躇していた人も「チャレンジしようかな」と思うようになりますよね。それは、大学の景色が今までと変わったからです。
企業だって、課長と呼ばれる人には25歳もいれば65歳もいる、そうした景色を目の当たりにしたら、もう年齢は関係ないと自然に思えます。目の前の景色が変わることのインパクトは非常に大きいのです。
1人ひとりの社会的開拓者としての実験と、政府や企業、教育機関の発想の転換が、いわば両輪となって社会的発明を促します。私たちは今、そのプロセスの中にあるのです。
この視点は、これからの人生を考えるうえで非常に重要なポイントだと思います。『ライフ・シフト2』はそれを明確に示してくれた本でした。
(構成:笹幸恵)
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提供元:「いま何歳?」より「あと何年?」で決まる幸福人生|東洋経済オンライン