2021.12.01
羽田圭介、貯金した末の将来に期待するのは賢明?|今あえてお金の価値を問い直す作品を書く理由
先行き不透明な時代を生きる私たちにとってお金とは何か? 物とは何か? 人生を幸せに生き抜くための考え方について、羽田圭介さんに話を聞きました(撮影:尾形文繁)
芥川賞受賞から6年が経った今も、精力的に作品を生み出し続ける羽田圭介さん。今年は『Phantom』(文藝春秋)に続き、11月30日に『滅私』(新潮社)を刊行します。
生活費を切り詰め、将来のために株式投資に励む主人公・華美と、現代の貨幣経済に異を唱えるオンラインサロンに傾倒していく恋人・直幸の物語を描いた『Phantom』。そして「捨て」をキーワードに必要最低限の物だけで暮らすミニマリストの男・冴津(さえづ)の末路を綴った『滅私』――。
いずれも現代社会が抱える“ゆがみ”を鋭くも、おかしみを交えて描いた作品となっています。先行き不透明な時代を生きる私たちにとってお金とは何か? 物とは何か? 人生を幸せに生き抜くための考え方について、羽田さんに2回にわたって話を聞きました。
『Phantom』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
『滅私』 クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
お金の価値を問い直す作品が書きたくなった
――今年は『Phantom』に続き、11月30日に『滅私』が発刊されますが、2作品の執筆のきっかけについて教えていただけますか。
まず『Phantom』については、実は書き始めたのが2014年の年末ぐらいなんです。当時はまだ自分が満足に稼げていなくて、株式投資をすればこの不安な状況を抜け出せるんじゃないかと思い、投資信託や米国株などいろんな金融商品を買い始めた頃でした。
ただ、2015年に芥川賞をとると一気に本が売れて、株で儲けようとしている人の気持ちが真剣に考えられなくなってしまったんです。すでに半分ぐらいは書いていましたが、だんだんそのテーマがしっくりこなくなって、途中で放置してしまいました。
それから『成功者K』や『ポルシェ太郎』などアッパーな感じの作品を書いて。2020年にミニマリストをテーマにした『滅私』(『新潮』2020年9月号)を書き終えたところで、過去に書きかけた『Phantom』を読み直してみたら、むしろ今の自分に合っていると感じました。
僕自身はすでに投資に興味がなくなっていたものの、今までまったく投資に関心を示さなかった周りの人たちが急にNISAとかiDeCoについて話題に出すようになったんです。投資でお金増やして「FIREしたい」なんて言い出す人も増えてきました。
※FIRE=Financial Independence, Retire Early(経済的自立と早期リタイア)
その一方で、既存の金融システムに限界を感じて、「これからはお金じゃない。人との繋がりが大事だ」という層も目立ってきて。そこで株でお金を貯めようとする主人公と、お金ではなく人との繋がりを求めて特殊なコミュニティーにのめり込んでいく恋人の両者を対比させたら、面白い作品になると思い、執筆を再開させたんです。
――ミニマリストをテーマにした『滅私』は、『Phantom』の姉妹作のような位置づけの作品と伺っています。物を減らして生活をミニマムにしていくことと、株式投資でお金を増やしていくことは対極のように感じますが。
この2つの作品は、発露の仕方は違いますが、根底にあるのはほとんど同じです。何が共通しているかというと、「結局は経済力に心情を左右されてしまっている」という点です。『滅私』の主人公である冴津(さえづ)は株である程度儲けているからこそ、物がなくなっても平気でいられるんですね。いつでも買い直すことができるという安心感があるから、捨てることができるわけです。
実は僕自身も稼げなかった時代からお金が入るようになると、今までだったら買わないような高価なスピーカーや洋服を買うようになりました。ただ、部屋に物が増えていくとそれはそれで落ち着かなくなるので、今度は人に譲ったり、売ったりして手放す方向にシフトしていったんです。
将来的にまた使うかもしれないのに、買った物を簡単に手放せてしまう……。『滅私』はそうした経験から生まれたものでもありました。
羽田圭介(はだ・けいすけ)/1985年生まれ。高校在学中の2003年に「黒冷水」で文藝賞を受賞しデビュー。2015年に「スクラップ・アンド・ビルド」で芥川賞を受賞。主な著作に『メタモルフォシス』『成功者K』『Phantom』など。11月26日にエッセイ集『三十代の初体験』、30日に最新作『滅私』が刊行(撮影:尾形文繁)
――確かに『滅私』と『Phantom』の主人公の根底にあるものは、どこか通じるものがある気がします。
両者とも「自分とお金だけしか信用していない」という点で共通しています。つまり、他者を信頼していないから、人間関係も必要最低限の繋がりしか持たないんです。
物を捨てた先にやりたいことがないという虚無感
――2つの作品に共通して感じたのは、主人公がお金を増やすこと、あるいは物を捨てることが目的になっていて、「その先に何もない」という虚無感でした。
『Phantom』(文藝春秋) クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
僕もたまにそういう状態には陥りますが、自分が本当は何をしたいかわからないとか、そもそもやりたいことがないというシンプルな問題を抱えている人は多いですよね。
お金を増やすのも、物を捨てるのも、あくまで自分のやりたいこととか理想を実現させるための“手段”でしかないんですけど、そこがすっぽり抜け落ちているから、手段そのものが目的化してしまっている。それが空虚さを生み出している原因じゃないかと思いますね。
例えば、ミニマリストの人で「物を減らして身軽になればどこへでも引っ越すことができる」と言う人がいますが、引っ越した先でどんな生活を送りたいかよりも、いつでも引っ越すことができる“可能性”のほうを求めているように見えるんです。
たぶん、彼らは本当にそれがやりたいんじゃなくて、いつでも自由に移動できるとか、いつでも引っ越せる可能性が自分にはある、という感覚が欲しいんじゃないかと思うんです。
――将来のためにお金を貯めておきたいのも、この先やりたいことがやれるという“可能性”を手に入れたいからかもしれませんね。
そうとも言えますね。でも、どうでしょう。お金が貯まる頃にはもう体もめっきり老いていて、やりたいことに注げる体力や精神的エネルギーもなくなっているんじゃないかと。60代、70代になって、「夢だった映画製作をやります!」と思い立っても、実現させるのはやりきる気概の問題として相当厳しくないですか? 健康面でもいろいろ不安が出てくるでしょうし、旅行もグルメも楽しめなくなっているかもしれません。
年を取れば取るほど生活が縮小していくのは目に見えていること。リアルに想像してみたら、将来とか老後に金持ちになるのを期待しながら辛い倹約をし、なんでもできる若い“今”を犠牲にするのは、賢明ではないでしょう。「税制優遇されるから」と言ってiDeCoを始める人も多いですが、60歳以上にならないと引き出せなかったりするので、僕は賛成できないですね。
元気なうちにお金を使って、いろんなことを体験して、自分のやりたいことを突き詰めていったほうがいい気がします。やりたいことを先送りすればするほど、可能性は狭まってしまいますから。
最短距離で行く怖さから人は回り道をしてしまう
――やりたいことが見つかったとしても、そこに向かっていく怖さもあります。
確かにやりたいことに真っ直ぐ向かっていける人は少なくて、回り道してしまう人がほとんどでしょう。
僕も一時期、都心に投資用のマンションを1棟購入して、自分はそのうちの狭いワンルームに住んで、あとは物件の収益で暮らしていけたら面白いなと考えたことがありました。そうした環境が整ったら、集中して執筆活動に取り組めると思っていたんです。
『滅私』(新潮社) クリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします
でも、投資用の物件を手に入れるのってめちゃめちゃ面倒くさいことがわかって。市場の動きをチェックしたり、物件を探して吟味したり、金融機関に融資してもらうための審査を受けたりと、とにかくすごい回り道をしないといけない。
結局、冷静になって考えてみたら、自分が書きたいことに集中するためにはそんなマンションなんていらなくて、静かな環境と机一個さえあればいいってことに気づいたんです。
例えば、好きな子に告白したいけど、その前に最新のファッションで身を固めたり、飲食店に詳しくなってみたり……。本当は自分の求めるものに一直線に向かえばいいのに、それができなくて変に遠回りしてしまうことって、人間よくあるんじゃないかな。
――それは、もし最短距離で行って失敗した時に、“不甲斐ない自分”と直面したくないからでしょうか。
そうかもしれませんね。僕も静かな環境と机さえあれば大作が書けるかというと、そんな保証はないから、わざわざ回り道したくなるわけで……。でも、本当は遠回りせずに、今すぐ机に向かって大作を書き始めなきゃダメだってことですよね、自分の場合だったら(笑)。
―後編に続きますー
【あわせて読みたい】※外部サイトに遷移します
提供元:羽田圭介、貯金した末の将来に期待するのは賢明?|東洋経済オンライン