2021.11.15
日本人が知らない「バクラヴァ」銀座に登場した訳|従来菓子にない斬新さ「中東菓子」の魅力とは
ピスタチオ人気の延長で、中東菓子への関心が少しずつ高まっている。写真は11月10日から松屋銀座店で期間限定販売しているトルコのブランド「ナーディル・ギュル」のバクラヴァ(写真:編集部撮影)
韓国発のトゥンカロン、台湾発タピオカティー、イタリア発のマリトッツォ……スイーツの世界では目まぐるしく流行が入れ替わるが、ここへきて注目を浴びそうなのが、薄いパイ生地を何層にも重ね、中にナッツを挟んだ「バクラヴァ」に代表される中東菓子だ。
11月10日には松屋銀座店に期間限定で「バクラヴァの王様」と呼ばれるトルコのブランド「Nadir Gullu(ナーディル・ギュル)」が出店し、朝から行列ができるほど話題に。東京周辺で目立ってきているトルコ料理などの中東系レストランでも、バクラヴァを提供しているところがあり、身近なところで味わえる機会も増えつつある。
中東菓子に、にわかに注目が集まる背景の1つには、日本でも近年人気が高まっている"ナッツの女王"ピスタチオの存在がある。中東のトルコやイランなどで栽培されているピスタチオは、現地で食べられているバクラヴァやクナーフェなどには欠かせない材料。日本ではまだメジャーとは言えない中東菓子だが、その魅力はどこにあるのだろうか。
中東には「甘党」が多い
イスラム教徒が多い中東では、飲酒がタブーというのが一般的。飲酒の文化が発達しなかった代わりに、男性でも甘党の人が多く、中東の街中で目立つのがバクラヴァなどを扱うお菓子のお店だ。中東のお菓子は、宗教的な祝祭日を家族や友人らで集まって過ごすことの多い中東の人たちの生活に欠かせないものでもある。
そもそも、日本では聞き慣れないバクラヴァとはいったいどんなものなのだろうか。
一般的なバクラヴァの材料は、小麦に砂糖、バターのほか、ピスタチオやクルミ、松の実、カシューナッツなどのナッツ類と非常にシンプル。強い甘味にナッツや生地のサクサクとした食感が楽しめる濃厚な味わいだ。
お菓子の本場であるヨーロッパのものとは異なり、豪快な甘さとバターのリッチな味わいが特徴的。大量に食べるものではなく、チャイと呼ばれる紅茶や粉ごと煮込んだ中東のコーヒーと一緒に、小ぶりなバクラヴァを数個味わって食べるのが一般的である。
焼きたてのバクラヴァ(写真:筆者撮影)
中東では、ヨーロッパから入ってきた生クリームを使ったケーキもあるが、冷蔵庫がなかった時代から食べられてきて、今なお愛されている。澄ましバターや砂糖が多く使われることから、ある程度の長期保存もでき、工芸品のように箱に入れられて売られていることも多い。
発祥は不明だが、版図を広げたオスマン帝国時代にその支配地域へと広がり、中東以外にもギリシャやアゼルバイジャン、アラブ系移民が移り住んだヨーロッパでも一般的に見られるようになっている。実は、ヨーロッパやアメリカでは、日本に先駆けてちょっとしたブームになっている。
大量のバターと砂糖で魅惑の味に
中東に10年以上も暮らした筆者も、長いことバクラヴァだけはその作り方の詳細を知らなかった。2年前に現地の料理学校を訪れた際、ちょうどバクラヴァ作りの授業をやっていて、あの美味しさは、大量のバターを使うことにあったのだと合点した。
バクラヴァに澄ましバターをたっぷりとかける料理学校の生徒(写真:筆者撮影)
講師のシェフは「危険なほどのバターを使うことが美味しさの秘訣」と冗談を飛ばしたが、とんでもない量のバターを使うのは紛れもない事実で、仰天したことを覚えている。
最も一般的なバクラヴァは、長方形や丸型の金属製のトレーに、紙のように薄いフィロと呼ばれる生地を何枚も重ね、中間部分に細かく砕いたピスタチオやクルミなどのナッツをのせ、さらにフィロを重ねる。ナイフで一口サイズの大きさになるよう切り目を入れて溶かした大量のバターを入れてオーブンで焼き上げる。
バターをフィロに塗って作るやり方もあるようだが、この講師の作り方は、まるでバターで揚げるような手法だった。オーブンを加熱している途中でトレーを取り出して、傾けて余分なバターを取り除き、さらに焼いていく。薄茶色に焦げ目がついたら出来上がりだ。
途中でオーブンの中をのぞいてびっくりした。まさに揚げ物のようにシュワシュワとフィロが焼かれていた。サクサクとしたバクラヴァの食感は、こんな作り方に秘訣があったのだ。仕上げに、砂糖や水、レモン水などを煮詰めたシロップをかけて完成だ。
このようなバクラヴァのほか、カダイフと呼ばれる極細の縮れ麺でロール状に粒のままのピスタチオを包み込んで焼き上げたバージョンなど、形や色、使うナッツの種類が多様なのもバクラヴァの魅力。内戦の取材でシリアを何度も訪れたが、実はシリアは知る人ぞ知る中東のお菓子の本場。戦争という悲惨な取材の合間に食べた本場の味わいは忘れがたいものがあった。
ピスタチオ輸入の増加も背景
ピスタチオの鮮やかな緑は、バクラヴァでも主役の扱い。ただ、現地でもピスタチオは、それなりに値段が高く、カシューナッツやピーナッツなど比較的安価なナッツを使ったものも多い。エジプトなどでは、輸入に頼るピスタチオはかなりの高級品で、なかなか食べる機会がなかった。
バクラヴァには大量のピスタチオが使われる(写真:筆者撮影)
一方、ピスタチオが盛んに栽培されているトルコやシリアでは、お菓子店に多くのピスタチオを使ったバクラヴァが並べられている。トルコには、ピスタチオを使ったチョコレート菓子も多く、産地の南東部ガズィアンテプやアンタキアなどでは、これでもかとピスタチオを大量に使ったバクラヴァも売られていた。
ピスタチオなどの輸入を手掛ける総合食品商社、ユニオン商事(本社・名古屋)によると、ピスタチオの輸入量は前年比約2.5倍と急激に増えているという。同社の担当者は「栄養面の評価に加え、きれいな緑色がインスタ映えするなど色合いが人気の要因ではないか。焼き菓子やクリームにしたりと、お菓子を中心に幅広く使われるようになっている」と話す。
ピスタチオは、旧約聖書に登場するシバの女王が好んだとの逸話も伝えられ、古来から美容効果や健康に良いことが知られてきた。日本でもコロナ禍で外食や海外旅行が減り、「プチぜいたく」として洋菓子店でも値の張るピスタチオを使った比較的値段の高いケーキやお菓子が順調に売れている。大手の製菓会社も、ピスタチオのブームにあやかり、チョコなどを続々と商品化している。
そんなピスタチオを使った中東菓子に目をつけたのが大手デパートだ。松屋銀座は、11月10日から23日の期間限定で、トルコの財閥が運営するスイーツブランド「divan(ディヴァン)」のピスタチオチョコと、ナーディル・ギュルのバクラヴァが催事スペースに登場した。
ナーディルのバクラヴァはクルミ入りとピスタチオ入りの2種類。ピスタチオ入りの場合、2個入りが800円、4個入りが1600円、8個入りが3200円で販売されている(写真:編集部撮影)
ピスタチオロシェというチョコは、1枚のチョコに対して約4割が高級ピスタチオというぜいたくなもの。松屋銀座の担当者は「バクラヴァはバイヤー自身も知らなかったが、すごく美味しく、日本のお客様にも喜んでいただけることを確信している」と期待する。
バクラヴァといった中東のお菓子は、まだまだ日本では知られておらず、業界は、ピスタチオ人気にあやかり、目新しい商品として消費者に知ってもらう好機と判断しているようだ。
バクラヴァだけじゃない!中東菓子の魅力
中東のお菓子には、筆者の大好物である温かいチーズケーキとも言えるクナーフェがある。前に触れた細麺のカダイフでチーズを包み込み、バターを大量にかけて焼き上げ、甘いシロップや砕いたピスタチオをトッピングして、熱いままいただく。一部の中東レストランで食べられるので、是非、トライしていただきたい。
温かいチーズケーキ「クナーフェ」(写真:筆者撮影)
ちまたでも、中東のお菓子を食べられる場所が少しずつ増えている。今年5月には、東京都の荏原町に「ターキッシュ カフェ アンド バードアル(Turkish Cafe & Bar Dogal)」がオープン。愛知県にある日本で唯一のバクラヴァ専門店ベイザーデ バクラヴァから取り寄せたバクラヴァを提供している。
コロナ禍で海外旅行の機会が少なくなる中、食文化を通じて異国情緒に触れたいという層にも、中東のお菓子は受けているようだ。ピスタチオ人気に乗り、今後、お菓子を含めた中東の食文化への注目も高まるかもしれない。
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提供元:日本人が知らない「バクラヴァ」銀座に登場した訳|東洋経済オンライン