2021.09.21
45歳定年制に憤る人に知ってほしい働き方の現実|私たちは70歳までのキャリアをどう描けばいいか
三菱商事→ローソン→サントリーホールディングスと渡り歩いてきた新浪剛史氏(写真:Shiho Fukada/Bloomberg)
サントリーホールディングスの新浪剛史社長が9月9日に開かれた経済同友会のオンラインセミナーで導入を提言した「45歳定年制」が大きな波紋を呼びました。
批判が巻き起こり新浪社長が釈明する事態に
新浪社長は「会社に頼らない姿勢が必要だ」と述べましたが、これについて「単なるリストラではないか」とか「45歳で転職できる人など限られている」「人件費を抑えたいだけ」「雇われる側としては不安になる」などの批判が巻き起こり、翌日の記者会見で新浪社長が釈明する事態となりました。
社会的影響力の強い人の発言だけに政府もすぐに「国としては70歳まで企業に雇用を義務づける方向でお願いしている」(加藤勝信官房長官)と火消しに動きました。発言の一部分をセンセーショナルに報じられた面があるとしても、さまざまな社会的な情勢を踏まえると言葉の選び方、伝え方などにおいて、強い批判を浴びても仕方のない言動だったことも否めません。
ただし、擁護できる部分がないわけでもありません。「45歳定年制」の発言は経済同友会の集まりで「日本経済を発展させるにはどうすればよいか?」について議論をする場で新浪社長が出したアイデアです。
もし「45歳定年制」があれば、20代・30代の若者はもっと真剣に勉強するはずだというのが新浪社長の主張でした。確かに入社時点において途中でキャリアチェンジをしなければいけないとわかっていたら、20代のうちにAIの勉強をしようとか、30代のうちに中国語を学んでおこうとかスキルアップの準備をもっと真剣に行うというモチベーションにつながるかもしれません。
大企業に入社した人材も自分が幹部人材候補だという自認があればあるほど、「45歳定年制」を意識してそのうちのかなりの人数が海外のMBA留学に向かう可能性もあるでしょう。MBA自体がいいかどうかという議論はさておき、過去30年間の日本企業の凋落と、日本人がアジア人の中でもグローバリゼーションから遅れていることには一定の関係はあるわけです。
中国だけでなくシンガポール、タイ、インドネシアなどアジアの企業の若手幹部社員がグローバルビジネスのアイデアをどんどん出し、それぞれの国の企業がグローバルに発展している現状を見ると、新浪社長の問題提起は日本の経済界に一石を投じた面はあると思います。
新浪社長自身、44歳で三菱商事の幹部候補社員という約束された地位を捨てて、ローソン、サントリーとプロ経営者の道を歩み日本経済を発展させたという自負があるのでしょう。自らの経験からも、45歳を人生の転機と考えるやり方で、もっと若い人に続いてほしいという気持ちが強かったのかもしれません。
とはいえ、新浪社長のようなケースを普通の人に当てはめられません。社会的な立場のある人が、経済団体の集まりという公の場であのように述べることが社会へどのように受け止められ、場合によっては炎上する事態になるかもしれないことについて想定できていなかったとすれば、リスク管理としては甘かったとも言えます。
さて、ネット民の多くは気づいていると思いますが「45歳定年」についてラスボスは新浪社長ではなく、これについていっさい発言しない経済界のお偉方や大企業経営者です。働きの悪い高コスト社員をなんとかしたいという彼らの経営課題を、そろそろ45歳に差し掛かった世代のビジネスパーソンはどう捉えればいいのでしょうか?
今回、政府が「法律には、60歳未満の定年禁止が明確に書かれている」「70歳までの就業確保が企業の努力義務だ」とわざわざ新浪発言を非難するかのように説明したことには別の意味があります。政府としてはもうこれ以上、社会保障制度を手厚くできない。今の若い人には70歳までは働いて前期高齢者までは自己責任で生活してほしいというメッセージを伝えているわけです。
50~70歳までのキャリア人生をイメージできるか
そこで45歳世代のビジネスパーソンが本当に考えなければならないことは、自分の50歳から70歳までのキャリア人生がイメージできるかどうかのはずです。「45歳定年制」というパンドラの箱が開いたとき、その箱のいちばん底に希望が残っているのかどうか、そこが気になる点ではないでしょうか。
私自身がそうですが、実際に50代になってみるとしみじみとわかってくるのが、30代の頃のようには働けないということです。体力もそうですし、脳の耐久力も徐々に落ちてくるものです。ただ50歳になってからのほうが30歳の頃よりも優れたことがいくつかあるので、その武器を駆使していい仕事をするわけです。
まず判断力が格段によくなります。経験値を積んできているので何か問題がおきるたびにかなり的確な意思決定ができるようになります。次に伝え方がうまくなります。組織の中で30年も生きているとなぜ伝わらないのか、なぜ動かないのかが個々人の性格、組織の風土、派閥力学など含めて総合的かつきめ細かにわかります。その力を駆使して腰の重い部下を働かせる、動かぬ組織を動かすことができるようになります。
こうして歳をとってきた社員は自分が動くのはうまくなくなる一方で、他人を動かすのが得意になります。そこで管理職のポジションに就ければ大活躍できるのですが、問題は管理職のポジションは組織の中で少しだけあれば十分だということです。
さらにこれまで培ってきた判断力は「その業界で、環境が変わらなければ」という条件がつきます。伝え方も「同じ組織風土の社員に対しては」という条件下で力が発揮できます。ですから管理職になれなかった社員は、できれば転職したくないと考えることになります。
メガバンクと総合商社の働き方
さて、このあたりの矛盾をなんとか解消している大企業の話をしてみましょう。バブル期に人気だったふたつの就職先、メガバンクと総合商社です。
あるメガバンクの40代行員の間では「たそがれ研修」に声がかかることがそのタイミングが来たというシグナルだそうです。これは入行時からそういうものだと知らされていることなのでショックはあっても抵抗する人は多くはありません。要するに年齢的にもう銀行には上のポジションがないので、取引先の経理部長あたりに転職しなさいという話です。
このあたりの制度は非常に巧妙に設計されているので深く説明すると野暮になるのですが、決して優越的地位の濫用にはあたらない形で、多くの企業が銀行員を喜んで経理部に迎えています。
メガバンク行員の隠れた不満が実質的に定年まで銀行にいられないことだとすれば、トップランクの総合商社において社員の隠れた不満は逆で、いつまでたっても上が詰まっていることです。普通のイケている大企業なら早ければ30代、遅くても40代半ばには部長のポストが手に入るところを、大手総合商社の場合はどうにもそのペースが遅いというのです。
とはいえ30代、40代の商社マンには十分な仕事が存在しています。働き盛りの年代にさまざまな投資先企業の重要ポジションに就いて管理職としてないしはCFOや経営者として手腕をふるいます。4~5年ごとに本社と投資先とを行ったり来たりすることでキャリアアップをすることができるわけです。
総合商社はなぜ高齢経営ができるのでしょうか?
それは商社がかつてのような貿易ではなく、実質的にグローバルなビジネスへの投資が本業になってきているためです。ただ現地から物を輸出入するのではなく、現地に工場を作って製品化して輸入したりその逆で会社を作って流通網を確立したうえで輸出したりする。
つまり商社の商売をするためには間に会社をたくさん作るわけで、そうなると作った会社を運営できる経営者や管理職が無限に必要になる。これが昨今の商社のビジネスモデルなのです。
本業が金貸しの銀行が経理部長のポジションに実質限られるのと違い、本業が投資会社である総合商社はよりたくさんの人材の投入を必要とする。ここで40代以降のキャリアで銀行に入行したか、それとも総合商社に入社したかで人生が分かれたというのが、わたしたち昭和世代から見た就活の総括だともいえるかもしれません。
さて、ではそれ以外の大半の読者である一般企業のビジネスパーソンは、70歳まで働く自分のキャリアをどう想定しておけばいいのでしょうか?
年齢や立場によって3つのパターンがあると私は思います。
45歳までは一世一代の転職もありえる
まず35歳までの若手の場合は、新浪社長が当初発言した意味での勉強を重ねることです。それも自己啓発や独学だけでなく、転職によるスキルアップ、留学による知識向上などあらゆる手段をとりながら、数年おきに自分の市場価値が確実に上がっていくようなキャリアプランを設計して行動すること。これが重要です。
つぎに35歳から45歳のビジネスパーソン。ここは人生の勝負として一世一代の転職を決行するか、ないしは今の会社に生涯残るかを10年かけて判断することです。もし機が熟しているのであれば36歳で転職してもいいですし、なかなかチャンスが来なければ44歳まで待ってそこで転職してもいいかもしれない。いずれにしても10年間、自分の次のそして最後の仕事に移るのかそれとも移らないのかを考え判断したほうがいいでしょう。
そして最後に46歳以降のビジネスパーソンは、今の職場での自分の価値をどう最大化できるかに考えをフォーカスするのが望ましい。日々落ちていく体力を補って経験年数で価値をつけていく。それでなんとか今の組織で居場所をキープし続けることを考える必要があります。
大企業で働く46歳以上のビジネスパーソンが知っておいたほうがいい経済原理があります。これはMBAのコースでも初期に教わることなのですが、経営者は「既得権益を大切にしなければならない」ということです。
高齢社員が既得権益のように高い給料で仕事もせずにのさばっているというのは世の中的には批判される事態ですが、昭和の時代の新入社員に約束された権益であったことも事実です。若いころは安い給料で働きなさい、会社は歳をとってからも面倒をみるからと言われて頑張ったのが今会社にいる高齢社員です。
高齢社員の既得権益も国が衰退すれば長続きしない
そして経営者は既得権益を守る義務がある。なぜならばそれをおろそかにすると資本主義社会では誰も長期投資をしなくなるのです。このように自分が会社に居座るのは、資本主義社会にとっては実は正義だという事実があることを前提に、自信をもって高い給料をもらっていいと思います。
とはいえ、そのような高齢社員の既得権益も、国が衰退すれば長続きはしないでしょう。45歳以下のビジネスパーソンは、いずれ45歳定年論は何度も言い方を変えて問題提起されていくという覚悟が必要になるかもしれません。いろいろと議論はあれども、いい解決策はない。つまるところ、自分の経済価値をどこまで上げられるかを考え続けなければ、楽には生き残ってはいけない時代なのだということです。
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提供元:45歳定年制に憤る人に知ってほしい働き方の現実|東洋経済オンライン