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2021.08.17

双子の元Jリーガーが語る「アスリートのうつ」|「経験を伝えたい」と現役時代の闘病記を本に


サッカーJリーグで「森﨑ツインズ」の名で親しまれた双子の森﨑和幸さん(左)と森崎浩司さん(右)。現役時代の活躍の裏で、深刻な「うつ」に悩まされていた (写真:サンフレッチェ広島)

サッカーJリーグで「森﨑ツインズ」の名で親しまれた双子の森﨑和幸さん(左)と森崎浩司さん(右)。現役時代の活躍の裏で、深刻な「うつ」に悩まされていた (写真:サンフレッチェ広島)

プロテニスの大坂なおみ選手が「うつ」状態を告白して休養していたが、東京五輪開会式で聖火リレーの最終走者として点火した姿は世界中の人々を勇気づけた。だが、その後の予想外の敗退は、メンタルケアの難しさを印象付けることにもなった。

その大坂選手より前に、現役時代のうつ病を告白し、手記を出版した双子の元Jリーガーがいる。サッカーJ1、サンフレッチェ広島(広島市)の森﨑和幸さんと浩司さん(40歳)だ。共著『うつ白~そんな自分も好きになる』(TAC出版、2019年)には、心の葛藤や症状、対処法が素直に書かれている。

「森﨑ツインズ」としてファンに愛され、いまはチームのスタッフとして働く2人は「僕らの経験を、相談できずに悩んでいる多くの人たちに役立ててほしい」と話す。最近では女優の深田恭子さんが「適応障害」で休養に入るなど、メンタルヘルスの理解が進む環境になりつつあり、心も体も強靭と思われていたアスリートも、実は普通の人間だという共感が広がっている。

全国のアスリートから、心の悩みの相談多数

浩司さんの公式SNSには最近、全国のアスリートたちからの相談が続々とメールで寄せられている。「他のチームのサッカー選手、違う競技の女性選手からの相談もありました。身近に相談できる人がいないのでは」と、浩司さんは見ている。「根性」など精神論が今なお幅を利かせているスポーツ界では、監督やコーチに悩みを打ち明けても、理解されなければ、出場メンバーから外されてしまい、最悪、解雇されてしまう心配もある。

大坂さんが会見を拒否し、うつを告白したことに対し、2人とも理解を示す。「体調が悪い時に取材を受けるのは、思考力が低下しているのでつらいんです。僕はきちんと答えたいのに、答えられないストレスがありました。大坂さんも多分、きちんと答えたいと思いながらできなくて拒否したのだと思います。僕もそうでしたが、弱みは見せたくないですから」(和幸さん)。

「クラブ・リレーションズ・マネジャー」として営業担当、企業のスポンサー回りなども行っている森﨑和幸さん(右)と、「アンバサダー」としてチームの広報を担う森﨑浩司さん(左) (筆者撮影)

「クラブ・リレーションズ・マネジャー」として営業担当、企業のスポンサー回りなども行っている森﨑和幸さん(右)と、「アンバサダー」としてチームの広報を担う森﨑浩司さん(左) (筆者撮影)

東京五輪・パラリンピックについては、無観客試合が選手たちの精神面に影響することを懸念していた。「練習試合のような感じでしょうか。声援で普段以上の力が出せることもあるので、モチベーションの維持が難しい」(和幸さん)。

広島市出身の「森﨑ツインズ」は、ともに小学校時代からサッカーを始め、現役時代のポジションはMF(ミッドフィルダー)。サンフレッチェ広島一筋でプレーを続け、3度のJ1優勝に貢献した実績を持つ。

兄の和幸さんは1999年にクラブ最年少でJリーグにデビューし、2018年に引退。弟の浩司さんは2000年にデビュー、2004年にはU-23日本代表としてアテネ五輪に出場、2016年に引退した。和幸さんは現在、チームの「クラブ・リレーションズ・マネジャー(CRM)」として営業担当、企業のスポンサー回りなども行っている。一方の浩司さんは「アンバサダー」としてチームの広報を担う。県教委と組み、オンラインで不登校児童向けのサッカー指導を行うなど活動の幅を広げている。

「早く治りたい」と大量の薬を飲む

『うつ白~そんな自分も好きになる』には、心の葛藤とうつ病の発症、症状が事細かに書かれている。2人が「うつ」を意識したのは20代前半だった2000年代初頭で、交互に症状が表れる。最初は目の違和感で、ボールがはっきり見えなくなった。選手としては致命傷である。「視力が落ちたのかな、とコンタクトを直したけれどやっぱり変だなと」(浩司さん)。

現役時代はJ2陥落からJ1への復帰、リーグ優勝争い、アテネ五輪出場権争い、チーム内のポジション争いと、つねに競争とプレッシャーにさらされた。双子として注目されて比較され、「どっちが上手いのか、という目で見られるのもつらかった」(和幸さん)。

次第に、取材に答えられない、思考能力の低下、不眠、倦怠感、動悸、憂鬱、自信喪失、ネガティブ思考、体が重い、動かない、自宅に引きこもる、といった経過をたどる。精神科に通い、薬物の投与も受けた。「オーバートレーニング症候群」「慢性疲労症候群」を理由に練習を離れた。「『うつ病』とは公にできなかったですね。症状は同じです」(浩司さん)。

2人とも責任感が強く、まじめな性格で、「褒められたい」という承認欲求が強かった。「チームが負ければ自分のせいだと考える。もっと自分はうまくプレーできるのに、と自分を追い詰めた」(和幸さん)。

浩司さんは一時、死にたいと思うほど追い詰められ、早く治りたいと、治療薬を1日に30~40錠と大量に飲んでしまい意識を失って倒れたこともあった。薬だけでは治らないと痛感した2人は、物事の考え方を変える精神療法にシフトする。「性格は変えられない。でも考え方は変えられる」という、医師との対話を軸とした治療だ。双子はライバルだったが、時として医師に相方の症状を説明する、支え合う存在でもあった。

苦労したのが「80%の力を出せばいいから」というアドバイスだった。アスリートはつねに100%の力を出し、頂点を目指し、実績をキープすることを迫られる。そこを「『ミスしたらどうしよう』ではなく『次に挽回すればいいや』と考えることにしました」と浩司さんは振り返る。

ともに引退後は発症していない。「現役時代は寝るのも食べるのも生活すべてが仕事で気が抜けない。それがなくなったからでは」と和幸さん。また治療の過程で、「いい意味で『開き直る』ことを身に付けたから」と浩司さんは言う。

「弱み」を見せられる人は強い人

うつ病は、休む時より復帰する時が難しい。自分の居場所はあるのか、受け入れてもらえるのか、といった不安だ。和幸さんは休養期間中、サッカーをやめようと、パソコンで求人情報の検索までした。だが妻の「中途半端に辞めてもどこも雇ってくれない」という言葉で思いとどまる。「大きな決断は、調子のいい時にする」という医師の助言もあった。

和幸さんは、復帰したときサポーターがスタジアムに、「何度でも言うよ、カズおかえり」という横断幕をかけてくれたことを忘れない。

「最初、妻は子供を実家に預けていましたが、途中から再び家族一緒になりました。子供たちに僕の様子をすべて見せた。『絶対に治る』と信じてくれたからだと思います。妻には感謝しかない」と和幸さん。浩司さんも「家族と一緒に乗り越えたという思いが強い」と振り返る。周囲の理解と支えが、二人を後押しした。

本を出すのは自分たちの弱みをさらけ出すこと。引退後に出版を決めたのは、支えてくれた人たちへの恩返しとして経験を書き、広く役立ててほしいと考えたからだ。「弱みを見せられる人は強い人である」という医師の助言にも勇気づけられたという。

2人はアスリートの「第二の人生」にも理解を求める。「サッカーは団体競技で、みんなで同じ方向に向かって諦めずに頑張る習慣が身についている。そんな経験は、一般企業でも必ず役に立つと思う。引退後の選手たちは、一定のパソコンスキルなどを身につければ大きな戦力になるはず。ぜひ受け入れていただけたらと思います」(和幸さん)。

「経験した僕らが、医師と組んでサポート体制を」

筆者はかつて、ラグビー日本代表監督を務め、敏腕の銀行ディーラーとしても活躍した「二足のわらじ」で知られた故・宿澤広朗氏にストレス解消法を尋ねたことがある。「仕事のストレスは仕事でしか解消できない」という答えで、試合でも市場でも、負けたら取り返す、勝ち続けることを信条としてきた人だった。

2019年に共著で出版した『うつ白 そんな自分も好きになる』

2019年に共著で出版した『うつ白 そんな自分も好きになる』

そんな宿澤氏は15年前、休日の登山中に急性心筋梗塞で命を落とした。三井住友銀行の専務に昇格したばかりの享年55歳。不調を感じさせるシグナルを周囲は察知できなかった。弱みを見せず、長年ストレスを抑え込み、知らず知らずのうちに命を縮めてしまったのではなかったか、と残念に思う。

日本スポーツ協会公認スポーツドクターで、北里大学メディカルセンター精神科の山本宏明氏はアスリートのメンタルヘルスについて、「競技種目や環境によっても差があると思われるが、少なくとも一般と同水準のリスクが存在すると考えたほうがいい」と話す。

日本のスポーツチームは、海外に比べ、まだまだサポート体制が整っていない。和幸さんと浩司さんは「うつを経験した僕らがメンターになり、医師とタッグを組むような仕組みを作りたい」と話している。

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提供元:双子の元Jリーガーが語る「アスリートのうつ」|東洋経済オンライン

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