2021.07.09
双子パンダが飲む「混ぜて使う人工乳」意外な中身|「上野赤ちゃんパンダ」の今をマニアックに解説
母乳が入ったシリンジを懸命にくわえて母乳を飲む赤ちゃんパンダ。7月1日撮影。画像は動画からの切り出し(画像:公益財団法人東京動物園協会提供)
東京・上野動物園で生まれた双子のジャイアントパンダが7月3日で10日齢となりました。母親のシンシン(真真)は、この日が16歳の誕生日。赤ちゃんパンダの死亡率が高いとされる生後1週間が過ぎ、母子ともに健康状態は良好です。母乳を巡り、ちょっとした変化も起きているようです。
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保育器内では搾乳した母乳を飲んでいる
保育器の中で小さな顔を揺らしながら、母乳が入ったシリンジ(注射器の針がないもの)を懸命にくわえて、ゴクゴク母乳を飲む赤ちゃんパンダ。目はまだ見えていない。
ピンク色の皮膚がほとんどむき出しだった双子は、少しずつ毛が生え始め、耳や肩はうっすらと黒くなった。性別はわかっていない。上野動物園が7月2日に公開した動画には、こんな健気で元気な姿が映っている。
体重も、誕生した日に保育器へ移した「子1」が124g(6月23日)→165g(6月30日)→183g(7月1日)、誕生した日にシンシンが抱いていた「子2」が146g(6月24日)→203g(6月30日)→248g(7月2日)と、やや差があるものの、どちらも順調に増えている。2頭の間で測定日にバラつきがあるのは、シンシンと保育器の間で双子を入れ替えているためだ(参照:『「すり替え作戦で育児」双子パンダ誕生の舞台裏』)。
『「すり替え作戦で育児」双子パンダ誕生の舞台裏』 ※外部サイトに遷移します
双子は、シンシンに抱かれているときは乳房から母乳を飲むが、保育器内ではシンシンから搾乳した母乳を飲んでいる。
搾乳は、そう簡単ではない。パンダは可愛く見えても、成長すると力が強くて鋭い牙や爪を持つので、人間は一緒の部屋に入ることができない。そのため、まずは手が届く場所にシンシンが来て、落ち着いているときしか搾乳のチャンスがない。さらに、搾乳には技術が必要だ。職員はシンシンの乳房を軽くマッサージして、出た母乳を容器に入れ、冷蔵保存する。
職員がシンシンから搾乳している。7月1日撮影。画像は動画からの切り出し(画像:公益財団法人東京動物園協会提供)
上手に搾乳できているためか、シンシンは搾乳されても嫌がる素振りを見せず、おとなしくしているそうだ。日頃のトレーニングの成果もあらわれているのかもしれない。
ちなみにパンダの初乳は、一般的に薄い緑色をしていて、シンシンも同様だった。現在は、黄色がかった白色の母乳を出している。
上野動物園としては、本当は母乳だけで育てたい方針だが、そうはいかない事情が出てきた。
シンシンの食欲は少しずつ戻り、タケノコを食べる量は増えている。搾乳もうまくいっている。上野動物園の大橋直哉・ 教育普及課長は「なるべく多くの量を確保したいので、職員はタイミングをはかり、できる限り搾乳するようにしています」と話す。
7月1日に撮影された8日齢の双子(写真:公益財団法人東京動物園協会提供)
一方で、赤ちゃんはどんどん成長して、母乳を飲む量が増えている。しかも双子で2頭分だ。そのため母乳の量が、双子の飲む量に追いつかない。これは、双子パンダの飼育では珍しくないことだ。
上野動物園では母乳を補うために、双子の様子を慎重に観察しながら、母乳に人工乳を混ぜる取り組みを7月1日から始めた。
この人工乳はパンダ専用ではなく、人間の赤ちゃん用の粉ミルクとペット用の粉ミルクを混ぜたもの。中国側にも内容を確認してもらった。
なお、双子の姉で2017年6月に生まれたシャンシャン(香香)は、2018年12月のひとり立ち(シンシンとの別れ)に向けて、同年10月から人工乳を飲み始め、2019年に飲むのを終えた。
シャンシャンが当時飲んでいた人工乳は、森乳サンワールドが開発し、アドベンチャーワールドなどで使われている「パンダミルク-10」で、双子が現在飲んでいるものとは違う。
双子を間違えないよう背中に緑のライン
双子は一緒に保育器に入れることもある。間違えないように、1頭(「子1」)の背中に印をつけた。
この印は緑色のラインだ。7月2日に上野動物園に確認したところ、安全な成分でできた「アニマルマーカー」という実験動物用のマーカーで描いている。色は、時間の経過とともに薄くなり、やがて消えるそうだが、6月28日と7月1日に撮影された動画を見比べると、7月1日はラインの下半分ほどがほとんど消えている。
理由は「おそらく母親が舐めたためでしょう」(大橋課長)。パンダの母親は、赤ちゃんを落ち着かせるためや、自力で排泄できない赤ちゃんを綺麗にしてあげるために、赤ちゃんを舐めることがある。シンシンは、シャンシャンが幼い頃にもペロペロと舐めて、シャンシャンの体を唾液でほんのりピンク色に染めていた。「子1」の消えた緑のラインも、シンシンの愛情のしるしかもしれない。
シャンシャンをモデルにしたぬいぐるみ(左下)と「子1」。7月1日撮影。画像は動画からの切り出し(画像:公益財団法人東京動物園協会提供)
7月1日に撮影された動画でもう一つ、目を引いた点がある。保育器にいる赤ちゃんのそばに、小さなパンダのぬいぐるみが置かれているのだ。
このぬいぐるみは、シャンシャンの生後2日目(体長14.3cm、体重147g)をモデルに作られ、1760円で販売されている。(参照:『可愛くない「ピンクのパンダ」ヒットした裏側』)
『可愛くない「ピンクのパンダ」ヒットした裏側』 ※外部サイトに遷移します
ぬいぐるみを置いたのは、双子の一方が保育器にいないときの代わりにするためか、あるいはシャンシャンの大きさと簡単に比較するためだろうかと筆者は考えたが、違った。
上野動物園によると、保育器にいる赤ちゃんに母乳を飲ませやすいよう、ぬいぐるみを下に敷いて、高さを出しているという。記事冒頭の画像は、赤ちゃんの下のふくらみに、ぬいぐるみが入っている。
「タオルでもなんでもよかったのですが、段差をつけるに当たり、ちょうどよい大きさのもの(ぬいぐるみ)が近くにあったので使ったと聞いています」(大橋課長)。ぬいぐるみは消毒しており、すぐ使えるように、保育器内の隅に置かれている。
小池都知事「名前を募集することになる」
東京都の小池百合子知事は、シャンシャンの中国返還時期の延長など、折に触れて、パンダのことを会見で話してきた。だが、シンシンが双子を産んだのは、都が小池知事の静養入りを発表した数時間後。そのため、小池知事が双子誕生を語る機会はなかった。
公務復帰を果たした翌日(7月2日)の会見で、早速、双子パンダついて「この後、名前の募集をすることになりますので、そのときはまた改めてお伝えをしたいと思います」と述べた。4年前は、小池知事が「シャンシャン」の名前を発表している。
現在は、シンシンが双子を交互に育てているが、2カ月ほど経てば、2頭が同時にシンシンの前に姿を見せるときが来る可能性がある。シンシンはそのとき、どんな反応をするだろう。これまでに5組の双子を育てあげたアドベンチャーワールドの良浜(らうひん)も、保育器との「入れ替え」方式で育てた。良浜は双子が登場した瞬間、驚いたような反応をみせたものの、何事もなかったように双子を抱いたり舐めたりしたそうだ。
パンダは単独で生きる動物なので、飼育下でも通常は1頭で過ごす。例外は、(1)繁殖期の雄と雌の同居、(2)母子の同居(一般的な期間は、子が1歳~1歳半ごろになるまで)、(3)双子など同じ年に生まれたパンダの幼少期の同居などだ。筆者は中国で、6頭の子パンダが一緒にいる場面を見たことがある。
カナダで2015年10月に生まれた雄と雌の双子。撮影した2019年4月時点は、3歳半で一緒の部屋にいた(写真:筆者撮影)
一般的にパンダは、兄弟姉妹でも年齢が違えば同居させない。大きくなってからはもちろんのこと、幼い頃でも、年齢の低いパンダが体格の違いで、ほかのパンダに襲われる危険があるためだ。
しかし双子なら、長ければ満4歳ごろまで同居でき、互いに遊び相手になれる。上野動物園でも今後、母子3頭が一緒に暮らす様子を垣間見ることができるかもしれない。
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提供元:双子パンダが飲む「混ぜて使う人工乳」意外な中身|東洋経済オンライン