2018.01.04
隠れて「自転車通勤」で事故、労災はおりるか│ 「定期代の不正受給」ならば解雇のリスクも
自転車は便利である一方、凶器にもなりうる危険な乗り物です(撮影:今井康一)
身近な乗り物として、幼児から高齢者まで幅広く利用されている自転車。近年はファッション性の高いデザインや、スポーツタイプの高性能モデルなどバリエーションも増えています。健康増進や省資源、交通渋滞緩和などの理由から、通勤に利用している方もいます。
ある会社では、自宅から職場までの自転車通勤を認め、通勤手当を支給しない代わりに、会社近くにある駐輪場の月額使用料を支給しています。このように、自転車通勤を容認している企業もある一方、禁止している企業もありますが、そもそも会社が社員の自転車通勤を禁止することは許されるのでしょうか?
駐輪スペースと交通事故が問題に
この連載の一覧はこちら ※外部サイトに遷移します
結論から言えば、企業が自転車通勤を禁じることが可能です。その理由は大きく分けて2つあります。
まず、いわずもがな交通事故を起こす可能性があるためです。自転車通勤途中の事故で、第三者にケガを負わせてしまった場合、企業が使用者として損害賠償責任を問われることは皆無ではありません。加害者が自転車であっても、被害者が死亡または重大な後遺症が残る事故もあり、賠償金が高額になるケースもありえます。
最近では、女子大生がスマートフォンを操作しながら電動アシスト自転車を運転し、歩行者の高齢女性にぶつかり死亡させる事故がありました。自転車は便利である一方、凶器にもなりうる危険な乗り物といえます。
また、第三者がいない場合でも、社員が自損事故を起こして負傷することも十分に考えられます。通勤途中であれば労災保険の対象となるため、会社の事務負担が大きくなる可能性もあります。こうしたリスクを回避するため、企業が社員に自転車通勤を禁止することは妥当といえるでしょう(自転車通勤禁止の企業で、通勤中に交通事故にあった場合については後述)。
2つ目の理由は、駐輪スペースの制限があるためです。都心では駐輪場そのものが少なく、社員による路上駐輪が横行するようなことがあれば問題です。こうした施設管理面や安全面の問題からも、企業が自転車通勤を禁じることができると考えられています。
自転車通勤が認められている企業でも、条件付き許可制としている企業が多いようです。条件は企業によりますが、構造・性能面で安全なTSマーク付きの自転車に限る、自転車賠償損害保険への加入を義務づけるといった内容が一般的です。
「TSマーク」とは、自転車安全整備士が点検整備した普通自転車に貼付されるもので、傷害保険と賠償責任保険が付帯されています(TSはTraffic Safety の略)。TSマークには赤色と青色の2種類あり、赤色は2017年10月より賠償責任補償が1億円に引き上げられました。有効期間は点検日から1年間となりますので、毎年点検を受けることで車両の安全性を確認するという意味合いもあります。
ちなみに、一部の自治体では、条例で自転車利用者および未成年者の保護者や事業者に対し、自転車保険への加入を義務づけています。兵庫県を皮切りに2016年7月には大阪府が、2018年4月からは埼玉県でも自転車保険への加入が義務化されます。住民でなくても、義務化地域で自転車に乗る場合には保険加入の義務対象となりうる場合があるので注意が必要です。
また、自宅から最寄り駅まで自転車で通勤している方もいらっしゃるでしょう。駅までの自転車使用について、細かいルールを定めている企業は少ないと思いますが、自治体の条例に倣い、自転車保険への加入を勧める企業も出てくるかもしれません。
会社に黙って自転車通勤して事故に遭ったら?
自転車通勤が安全面や施設面などの理由から就業規則により禁止されている会社で、こっそり黙って自転車で通勤しているような場合は、どうなるのでしょうか。この場合、企業が規定した自転車通勤禁止ルールに違反することとなり、懲戒処分の対象になりえます。処分の程度は、企業秩序の侵害度合いにもよりますが、何度も繰り返されるようなことがあれば軽い処分では済まされない可能性があります。
また、会社に黙って自転車通勤をしている途中に事故に遭ってしまったら、通勤災害として労災申請はできるのでしょうか。
労災保険における「通勤」とは、就業に関し、①住居と就業の場所との間の往復、②就業の場所から他の就業の場所への移動、③住居と就業の場所との間の往復に先行し、又は後続する住居間の移動について、合理的な経路及び方法により行うことをいい、業務の性質を有するものを除くものとされています(労災保険法第7条2項)。
会社が自転車通勤を禁止している場合でも、実際に通勤として自転車を利用して「合理的な経路及び方法」であると所轄労働基準監督署より認められた場合は、通勤災害として補償の対象になる場合があります。自転車の場合、交通事情等によって複数の経路を利用することも考えられますが、合理的な理由もなく著しく遠回りをするようなことがなければ、通勤災害として認められる可能性はあります。
不正に通勤手当を申請していたら?
通勤手当に関しては、公共交通機関を利用している社員に合理的かつ経済的経路による実費の定期代を支払う、というルールを設けている企業は多いことと思います。こうしたルールのある会社で、電車を利用せず自転車通勤を黙ってしているにもかかわらず、自宅の最寄り駅から会社までの定期代を不正に申請しているような場合、刑法上の詐欺罪や場合によっては横領罪という犯罪行為にもなりえます。
「たかが通勤手当」と軽い気持ちで申請してしまう人もいるかもしれませんが、これは懲戒処分を科されてもやむをえない行為です。また、不正な通勤方法の申告で受け取った通勤手当については、不当利得として、会社は過去10年にさかのぼり返還請求が認められています。自転車通勤にかかわらず、通勤手当の不正取得が問題となることは珍しくありません。
実際に、住所を偽って4年半もの間、合計231万円の通勤手当を不正に受給していた事案があります。通勤手当の不正受給以外にも、業務遂行をほとんど放棄した不誠実な勤務態度も加わり、不当利得は情状酌量の余地がないものとして、懲戒解雇が認められた裁判例もあります(かどや製油事件 東京地裁 平成11年11月30日)。悪質性が強くなければ、解雇の有効性は否定される傾向にあるものの、それだけ深刻な問題であることを認識すべきでしょう。
免許もいらず、気軽に誰もが乗れる自転車ですが、通勤に使いたい場合、まず会社の規定をしっかりと確認しましょう。自転車通勤が可能な場合は、交通ルールと利用マナーを守り、安全対策を万全にして気持ちよく利用したいものです。
提供元:隠れて「自転車通勤」で事故、労災はおりるか│東洋経済オンライン