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2017.11.16

「自分探し」を支援する、デンマークの仕組み|時に立ち止まり、学び直す選択肢が必要だ


デンマーク・ヘルシンオア市にあるフォルケホイスコーレ、International People’s College の概観 (写真:未来教育会議)

デンマーク・ヘルシンオア市にあるフォルケホイスコーレ、International People’s College の概観 (写真:未来教育会議)

人生100年といわれる時代。終身雇用は過去のものとなり、定年後にもまだ長い人生が待っている。乗り切るために必要になるのは、人生やキャリアの途中でときに立ち止まり、必要に応じて柔軟に人生・キャリアを再構築することではないだろうか。
デンマークでは、社会人と学生を行き来する中で、自分が世の中でより役に立てる仕事を求める“自分探し”“学び直し”を行う仕組みがある。
デンマークならではの学びの現場から、今回は3つの事例を紹介したい。

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生涯にわたり、「自分発見をする場」を持つ

現在は世界一幸せな国ともいわれるデンマークだが、かつて度重なる戦争への参加により1813年に国家財政が破綻した過去がある。その頃から「デンマークの資源は“人々の頭脳”しかない」と説き、国民の眠れる才能を開花させるために教育運動を行ったのが、宗教家、作家、そして政治家でもあったニコライ・F・S・グルントヴィだった。彼の理念から、民衆の知識と教養を高めることを目的に1844年に誕生したのがフォルケホイスコーレという独自の教育機関だ。

フォルケホイスコーレは17.5歳以上であれば誰でも入学できる全寮制の学校で、これまでの最高齢は96歳。国内に68校ある。費用の6割強を政府が助成しているものの、教育内容は各校に任されている。芸術、スポーツ、国際問題、福祉、ジャーナリズム、食など、各校にさまざまな特徴がある。

私たちが訪れたフォルケホイスコーレの1つ、IPC(インターナショナルピープルズカレッジ)は、コペンハーゲン市近郊の港町ヘルシンオア市にある。

IPCは“グローバルシチズンシップ”を学ぶことを理念に掲げ、世界25カ国から約70人の生徒が在籍。デンマークにあるフォルケホイスコーレの中で、唯一すべての授業を英語で行う学校でもある。

異なる文化背景を持つ生徒たちが4~6カ月、もしくは1年間にわたり寮で共同生活をしながら、環境、政治、哲学、国際問題、音楽、スポーツなどのレッスンを週に28コマ受講する(サマースクールのみの受講も可)。授業は生徒同士の対話を重視し、多様な意見をどのように統合していくかを学んでいく。

International People’s College の入り口にて(写真:未来教育会議)

International People’s College の入り口にて(写真:未来教育会議)

特徴的なのは、入学試験や成績評価がないこと。ここでは他人の評価ではなく、自分自身が何を学び、それを世の中でどのように生かしていくかが重要だと考えられているからだ。

IPCには、高校卒業後、大学入学前の1年間、「ギャップイヤー」制度を利用して通う生徒のほか、社会に出てある程度のキャリアを積んでからやってくる生徒もいる。

IPCに通う30歳のハンガリー人女性は、「自分に時間を与えて、新しいスキルと可能性を発見したいと思ってここに来た。これまでの金融業界でのキャリアを捨て、今後は教育者になるという新たな目標ができた」という。

彼女のようにキャリアを見つめ直すために入学する人もいれば、他校への通学が困難になってここに来たという生徒もいる。それもこの学校の持つ重要な役割である。

「生徒は、人生の岐路に立ったとき、また今の生活に疑問を持ったりしたとき、少しだけ人生を休んでここにやってきます。仲間と悩みを共有し、将来について考え直し、そして巣立っていくんです」とクリスチャンセン前IPC校長は話す。

フォルケホイスコーレの仕組みを使えば、学校や仕事からいきなりドロップアウトしてしまうのではなく、一度立ち止まって、これからを考えることができる。そうした教育ラボ的な仕組みとして機能しているのだ。

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IPCの学生が集う食堂のランチタイム(写真:未来教育会議)

IPCの学生が集う食堂のランチタイム(写真:未来教育会議)

朝礼の風景。グローバルのトピックスのプレゼンテーションや歌を歌うなど、多彩なプログラム(写真:未来教育会議)

朝礼の風景。グローバルのトピックスのプレゼンテーションや歌を歌うなど、多彩なプログラム(写真:未来教育会議)

最大の目的は学力向上ではなく「人間形成」

次にご紹介するのはエフタスコーレ。14~17歳を対象に国内に約260校存在する、デンマーク固有の全寮制の私立学校だ。デンマークでは公立学校の8、9、10年(日本の中学2、3年、中学卒業後高校入学前のギャップイヤー)を、生徒の意思でエフタスコーレに置き換えることができる。主に8年生は人間関係の悩みなどから環境を変えたかったり、9年生、10年生は自分の進路に迷ったり、親元を離れ自立して生活してみたいという子が多く通っている。

エフタスコーレで最も重視するのは、学力向上ではなく、子どもたちがさまざまな人と出会い多彩な経験を積むことだ。

私たちが訪れたHalstedhus Efterskoleは、乗馬とスポーツを特徴としているが、音楽や演劇など、専門技術を磨くためのエフタスコーレもある。どのエフタスコーレに行くかは、地域の伝統によっても異なり、コペンハーゲンの大都市の子どもたちは、地方のエフタスコーレに行く傾向があるという。結果として多様性に富んだ生徒の構成となり、社会の視野が広がる新しい経験を求めて、全体の約3割が選択しているという。

実際に通う子どもたちに話を聞くと、「自分が何が得意か、何をしたいのかを考えることができ、自信を持てるようになった」「共同生活を通じて最高の仲間と巡り合えた」といった声が上がった。14~17歳という多感な時期に、多様性のある集団の中で生活をすることが大きな糧になっているようだ。

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午前中は通常の授業を行い、午後は150人の生徒がそれぞれ選択科目(乗馬やスポーツ等)を履修(写真:未来教育会議)

午前中は通常の授業を行い、午後は150人の生徒がそれぞれ選択科目(乗馬やスポーツ等)を履修(写真:未来教育会議)

校内にはパーティなどのできる専用ルームが充実(写真:未来教育会議)

校内にはパーティなどのできる専用ルームが充実(写真:未来教育会議)

好奇心をもってカオスに挑む力を育てる

最後に紹介するのは、ビジネスデザインスクール「カオスパイロット」だ。1991年の創立以来、社会起業家、企業の中枢を担う人材を数多く輩出しており、国際的なビジネス誌で「世界で最も刺激的なビジネスデザインスクール」と評されるなど、注目を集める。校名の由来は、「カオスな時代をパイロット(操縦士)としてナビゲートできる人材を育てる」こと。

デンマーク・オーフス市にあるカオスパイロットの校内(写真:KAOSPILOT)

デンマーク・オーフス市にあるカオスパイロットの校内(写真:KAOSPILOT)

「未来に受動的に対応するのではなく、未来を能動的につくり出せる人材をどうすれば育成できるか?という1つの問いからカオスパイロットが生まれた」とクリスター校長はいう。

「当時デンマークは大変な不況で、仕事をつくり出すことが大きな社会課題だった。そこで、どんな状況下でも能動的にリーダーシップを発揮し、社会で活躍する若者を育てるために、アカデミックではない実践的な教育の場としてカオスパイロットが生まれたんです」

1学年には世界から集まった36人が在籍し、3年間を通して起業家精神やリーダーシップについて学んでいく。会社員だった人もいれば、芸術家や弁護士、アスリートもおり、生徒のバックグラウンドはさまざまだ。「誰かの背景や知識はほかの誰かの学びになる」という考えがその背景にはある。

カオスな時代をナビゲートするという意味を込めたロゴがデザインされている校内の風景(写真:KAOSPILOT)

カオスな時代をナビゲートするという意味を込めたロゴがデザインされている校内の風景(写真:KAOSPILOT)

プログラムはとにかく実践的だ。生徒たちはクライアントと共にプロジェクトを進行させながら、実践と内省を繰り返し、互いに触発しながら、“複雑な課題を成し遂げられる”リーダーへと成長していくことを目指す。

ヒエラルキーを前提としたコントロール型のリーダーシップは役に立たない。重視されるのは、知識やノウハウよりも、まず自分は何をやりたいかという意思とそれに基づいて行動する力、そして他人と共創ができ、変化を恐れないという資質。いかにして、自分、そしてチームのクリエイティビティを最大化できるか、に日々挑戦している。

特徴的なのは、卒業してもMBAなどの資格を得られるわけではないこと。自分が何者かを知り、どうしたら社会に貢献できるかを学んだ生徒たちは、卒業生同士の強固なネットワークと「好奇心を持ってカオスに臨んでいく」力を武器に、世界をナビゲートするリーダーとして巣立っていくという。

カオスパイロットの生徒と未来教育会議のメンバーでのワークショップ風景(写真:未来教育会議)

カオスパイロットの生徒と未来教育会議のメンバーでのワークショップ風景(写真:未来教育会議)

人は一生学び、成長することができる

人生100年といわれる時代、私たちはどのように学び、どのように生きるべきだろう。デンマークで見てきた学びの現場からは、一度決めたルートを全うすることだけが是ではなく、変化し続ける時代の中で必要があれば立ち止まり、新しいことを学び、進む方向を切り替えていけばいいという、柔軟で包容力のある社会的意思が感じられた。

また、多様性の中で自己発見し、自分の中に眠る可能性を開花させることで、混沌とした世界を恐れずポジティブに立ち向かう力に結び付けていくプロセスも目の当たりにした。

考えてみれば、これは自然な生き方ではないだろうか。人は一生学ぶことができるし、成長することができる。それを前提に考えれば、おのずと「自分はどう生きたいか」という問いに直面するのではないか。もちろん、そのためには、個人の意識だけでなく、安心して立ち止まることのできる社会制度の整備や、こうした生き方を受容する社会文化の醸成などの基盤づくりが不可欠だ。

今回見てきたデンマークでは、フレキシキュリティ(フレキシビリティとセキュリティの造語)という、労働市場の流動性×セーフティネット×積極的な再教育の仕組みの3つを掛け合わせる、社会の仕組みが存在する。個人への投資が社会への還元につながる、という個人と社会全体の幸せを創り出す仕組みとなっている。未来の学び方と未来の働き方は不可分であり、セットで考えていくことが重要ということがわかる。

ここまで5回にわたり、「未来の学び方・働き方はどう変わる?」をテーマに、変化の大きいVUCA時代を生き抜くヒントを探ってきた。ここから見えてきた最大のポイントは、何よりも「自分自身を知ることが大切」ということ。ある意味「自己責任」の時代となる中、社会や産業構造の変化に応じた働き方が必要になっていく。自分にはどんな可能性があるのか。自分がいちばん大切にしていることは何か。今一度、問い直してみるのもよいのではないだろうか。

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提供元:「自分探し」を支援する、デンマークの仕組み-時に立ち止まり、学び直す選択肢が必要だ|東洋経済オンライン

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