2017.07.31

パリっ子の社交性は「毎朝のパン買い」で育つ│バカンスで閑散の8月でもパン店はやっている


フランス人の高い社交性や粋な会話術の秘訣は、毎日のパン屋さん通いにあるかもしれません(写真: wavebreakmedia / PIXTA)

フランス人の高い社交性や粋な会話術の秘訣は、毎日のパン屋さん通いにあるかもしれません(写真: wavebreakmedia / PIXTA)

“パリで食べるパンは特別なんだ。小麦、塩、イースト、水。そしてこのパリの空気が原料になるからさ”
~ピシャール氏 パン職人”

パリの市民は毎日パンを買いに行きます。なんといっても、パンは出来たてに限ります。日本ではイギリスから入ってきた柔らかい食パンがおなじみですが、フランスパンといえばバゲット(棒の意味で、複数形は”お箸”の意味にもなる)。硬い皮に包まれた柔らかいふかふかのパン生地の、出来たてのおいしさといったら、beyond descriptionです。朝夕2回パン屋(ブランジェリーと呼びます)に並ぶ人も珍しくありません。

評判の店では、開店前から行列

働き者のパン屋さんは、暗いうちから仕込みを始めます。街の辻々に酵母の香りが漂うようになると、評判の店では、開店を待つ行列ができるのがパリの朝の景色です。冬の、まだ暗い凍てつく朝に、顔なじみや近所の人々がおしゃべりしつつ、足踏みしながらbreakfast(=その日の最初の食事)の主役を待つというのも、いかにもパリらしい風情です。

お店で買ったバゲットは、真ん中が手でつかめるくらいの包装紙で包まれていて、両端はむき出しのまま。家に戻る途中、端っこをつまみ食いしながら歩くのがパリっ子らしい“粋”みたいです。硬い皮だってあごの筋力保持のために役立っている。これがおしゃべりにタフな理由ともいわれています。

最近、日本では「絶品」「黄金」「究極」なんて形容詞がぶら下がるフレンチトーストが人気です。溶き卵と牛乳を浸して焼く、プチぜいたくなパンですが、フランスでは“pain perdu(失われたパン、あるいは捨てようとしたパン)”と呼びます。これは日が経ったことで硬くて“歯が立たなく”なったフランスパンの救済措置としての家庭用レシピのこと。所変われば品変わる、グルメさんはご存じですよね。

こうしてフランス人になくてはならないパンですが、7月と8月はバカンスの季節、パリはdead seasonで閑散としています。パン屋さんだって人の子ですから、バカンスで休業します。休業したお店はシャッターに「今月末日まで休みますが、近くのこことそこのアドレスのパン屋さんは開いていますのでご利用ください」と貼り紙をします。バカンスの季節ばかりは、ライバルとも共同戦線を張るのです。

実は、かつてフランスには「地域には必ずどこかのパン屋さんが開いていなければならない」という法律があって、200年もの間、パン屋さんは交代制で休んでいたそうです。この法律は、オランド政権下の2015年に小売業の規制緩和の一環として撤廃されました。すると、談合がなくなったため、多くのパン屋が、街がより閑散とする8月に休業しました。その結果、バカンスの季節にパン難民が続出、住民たちのブーイングの声を受けて再び交代での休暇制に戻ったところが多いとか。やれやれ。

この辺り、コメが主食のわれわれには理解しにくいところかもしれません。フランス人にとって、毎朝おいしい焼きたてのパンが食べられないのは、日本人が炊きたてのご飯にありつけない以上に、耐えがたいことなのです。そういえば、あのフランス革命も元は高騰する“パン”を欲する農民の反乱から始まったといわれており、パン屋さんまでもが、断頭台の露と消えております。お腹が空きすぎた群衆が怒って死刑にしたとか。食べ物にまつわる怒りは、歴史をも揺るがすのです。

パン屋さん通いでフランス人が身に付けること

こうして、毎朝、バゲット――あるいはスイートなバターのサクサク感が特徴のクロワッサンや、味わい深い田舎パン――を買いにパン屋さんに行く。これが日課になるとどうなるか。必然的にパン屋さんまで“朝の散歩”をするようになり、店の人やなじみの客たち(多くはご近所さん)とあいさつを交わすことになります。これが、自然とおしゃべりの輪に入ってゆくフランス人の、社交的コミュニケーションの入り口である、と思ったりするのです。毎日それを繰り返すうちに、しゃれた会話も身に付くでしょう。粋な出会いだってあるかもしれません! パン屋さんはなんてすてきな日常の幸せを与え続けていることでしょう。

さらに馴染みの店でパンを買っているとある事に気がつきます。日によって味が微妙に違うのです。日本なら美味しいパン屋さんは、いつだって同じ味で美味しいはずです。”味が違って何が悪い。それでいいのだ!” パンの出来具合の多様性もセンシュアルであり、フランス人気質を知る材料ともなりそうです。

一方、日本の場合は主食がおコメなので毎朝外出する必要はありません。おコメは保存が利くし、たまにまとめ買いするにしてもスーパー、コンビニでの買い物にはあいさつも雑談も不要です。その代わり、家では炊飯にお総菜作りという「家事」が求められます。そこに“味の創意工夫”に加えて“見た目“までが重視されるお弁当作りが加われば、早朝から一仕事ですね。

その点、フランスの朝食は、ステレオタイプです。バゲットにジャム(あるいはクロワッサン)、そしてヨーグルトにカフェ(あるいはティー)といったコンチネンタルスタイルです。ちなみに、アメリカではシリアルにミルクですので、もっと簡易です。

ちなみにパン全般はおコメに比べ消化が早く、添加物が多く、インシュリンが上がりやすくなるので、ダイエットには不向きです。日本の和食文化はすでに健康コンシャスで美食家のパリっ子に浸透して久しく、ランチ時のBENTO文化はフランス人がいち早く目をつけました。

にもかかわらず、朝は相変わらずパン屋に足を運ぶという“原点回帰”なフランス人。主食がパンかおコメかというのは、センシュアリティや食習慣の根幹部分での差異であるだけではなく、社会的人間関係の基盤の違いにまで敷衍(ふえん)できそうです。

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岩本 麻奈 :皮膚科専門医

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提供元:パリっ子の社交性は「毎朝のパン買い」で育つ│東洋経済オンライン

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