2017.07.12

「病人は安静に」の常識は患者から何を奪うか|がん患者ですら適度な運動はしたほうがいい


病気だからといって、安静にするのがよいとは限りません。特に慢性病の場合は適度な運動が病状の改善に役立つこともあるのです(撮影:IYO / PIXTA)

病気だからといって、安静にするのがよいとは限りません。特に慢性病の場合は適度な運動が病状の改善に役立つこともあるのです(撮影:IYO / PIXTA)

「あなたは、病人だからそんなことしなくていいの。私が代わりにやってあげる」

「そんな役を引き受けなくていいんじゃない。あなたは病人なんだから」

病気となるとこのように、「栄養を取って安静にしていなくてはいけない」「あまり体を動かさないようにしなければ」と考えていませんか?

「病人は安静第一」は本当か?

医師や看護師などの医療者にも、「病気には安静が第一」の考えがしみ付いています。そして、それは世の中の常識でもあるから、病人に対しては「安静に」と言っておけば間違いがないと考えがちです。でも、それは本当に正しいのでしょうか?

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わたしが専門分野としてきた肝臓病でも、昔から「高タンパク・高カロリー食」と「安静」が患者さんへの指導として強調されていました。

しかし、それは必ず肥満をもたらし、そして、肥満は脂肪肝をもたらします。1980年代前半から、すでに肥満と脂肪肝は社会全体の問題となってきていましたし、肝臓病患者は肝炎ウイルスによるものでも、アルコール性でも、肥満が増えていました。

かつて、アルコール性肝障害の患者は食事をろくに取らずに飲んでばかりいるから低栄養が肝臓を悪くしていると、低栄養が問題とされていましたが、1997年にはアルコール性肝障害が進展する危険因子として肥満が報告されました。その後、C型やB型肝炎ウイルスによるウイルス性肝炎でも、肥満が進展の危険因子としてあげられ、発がんを促す可能性も報告されています。

1990年代には、慢性病の多くでエアロビックな運動(有酸素運動)がよいことが言われ始めました。そこで、わたしは、肝臓病患者に対しても、肥満にならないようにと、「高カロリー・高タンパク」から「適正エネルギー・バランス食」に、「安静」から「適度な運動」へと生活指導をすることにしました。大学病院のスポーツクリニックで運動指導をしてもらうと、適度な運動は肝機能を悪化させることなく、むしろある程度改善させることを見いだしました。

運動指導をした患者さんは、検査結果の改善だけでなく、顔色が日ごとによくなり、生き生きとした表情になることに気づかされました。QOL(生の質)を質問紙法(SF-36、いわゆるアンケート調査のこと)によって測定すると、多くの項目で改善がみられました。中でも注目に値するのは「身体的理由による社会的役割の制限」「精神的理由による社会的役割の制限」で大きな改善効果がみられたことです。

このことは、次のように解釈できます。わたしたちが普段何気なく口にしている「病人には安静を」という言葉が、患者さんを縮こまり思考にし、行動に制限をかけさせ、社会的役割を失わせているのです。そして、その結果として、患者さんのQOLを低下させることになっているのです。

本来、人間は体を動かすことによって健康を保っています。そして、他人との関係性の中で活動することが幸福感につながる社会的な生物です。そうであれば、病気になっても安静ばかりを強調するのでなく、どの程度の運動ならしてもいいのかを示すことが大切です。特に、長期間あるいは一生の間病気を抱えていく慢性病の患者さんでは、その意味が大きいのです。

昔と今では、医療の対象となる病気が異なります。一昔前は、急性病、感染症が医療の中で大きな部分を占めていましたが、現在の主要な病気は、慢性病です。急性病では、治癒するまで安静にしていても大きな問題はありませんが、慢性病では、長期間安静にしていると筋肉量が減ります。筋肉量の低下は生活の質を下げ、免疫力の低下などにもつながります。

慢性病の代表であるメタボリック症候群は、内臓肥満、高血圧、脂質異常、糖尿病が重なり、心臓病や脳卒中といった死因につながる病態です。本来、運動不足や栄養過剰摂取などの生活習慣によりもたらされる病気であり、安静よりも運動がよいことに異論はありません。もちろん、心筋梗塞や脳卒中など急性病が重なれば一定期間の安静は求められます。

がんの治療前にも適度な運動が効く

さらに、わが国の死因の第1位で、全体の3分の1を占めるがん(悪性新生物)も、その発症予防や治療後の再発予防に運動することの大切さが認識されています。手術や化学療法などの治療前にも、むしろ運動により体力をつけて準備しておいたほうがよく、治療後の回復期にも適度な運動は回復を促します。さらに、終末期を迎えても動かせる範囲で体を動かすことがQOL(生の質)の維持などに役立ちます。

高齢者の場合も、運動により筋力を保ち筋肉量を維持することが、転倒防止や健康の維持に役立ちます。また、認知症の予防対策としても、運動療法が注目されています。

加えて、近年職場などで増加しているうつ病でも、運動している人ではうつ病の発症リスクが低く、軽症から中等症までのうつ病で有酸素運動が有効であることが報告されています。

このように眺めてみると、現代社会では多くの病態で「病気になれば安静にすればよいのではなく、適度な運動を励行すること」が勧められることが理解できます。

一方で、過度な運動がよくないことも確かです。特に心臓の病気(不安定狭心症や不整脈、不安定な血圧、重い心不全など)や整形外科の重症の病気、急性病などでは、その専門医である主治医と十分に話し合って運動の量や質を決めていかなければなりません。ただ、それ以外の多くの病気、特に慢性病では、むしろ、ある程度の運動(有酸素運動)がむしろ好ましいのです。

では、適度な運動とはいったいどの程度の運動量なのでしょうか。運動の強さは心拍数をメドに決めます(「内科疾患のリハビリテーション」『治療』 2017年5月号 南山堂)。年齢によっても異なりますが、心拍数で110~120/分が目安となります。このような客観的な数値だけでなく、運動を終えた後に快い疲労感があること、運動をした日の翌朝に疲れを持ち越していないことの2つの自覚症状も適度な運動量を知る目安となります。

しばらく体を動かしていなかった人は、いきなり強い運動から始めるのではなく、徐々に運動を増やしていくことが勧められます。上記の2つの自覚症状から適度な運動量を知ることができます。ただし、疲れていると思うときには休んだり、短く切り上げることをためらわないでください。調子がよい範囲内でやればよいことです。なによりも大切なのは、運動を長期にわたって継続できるかどうかです。 

運動の種類は、歩行や水泳、プール歩行などは多くの患者さんで問題がありません。ジョギングではやりすぎになってしまう心配があります。また、普段健康な人や軽い慢性病の人であれば、テニスなどのスポーツもお勧めです。テニスは死亡率を最も下げることが報告されています。

運動を持続させるための3条件

運動を持続して行うために大事なこととして、①自律性(誰かに言われてやるのではなく自分から興味を持ってやること)、②有能感(やっている間に進歩や成し遂げた感じが得られること)、③社会的関係性(他者との関係性がつくれること)の基本的欲求を満たしていることが挙げられます(勝川史憲「運動継続と内発的動機付け」『プラクティス』34巻 291~3頁、2017年)。

3つの要素を満たす運動なら持続しやすいし、健康にもよいのです。つまり、自分で見つけたやりたい運動、その習熟や上達が楽しみとなる運動、仲間とつながることのできる運動であれば、それを持続しやすくなります。テニスが健康によいのは、これらの要素を満たしやすく、持続して無理のない範囲で続けられるためではないでしょうか。この3要素は自律的な患者になるためにも大切な事項ではないかと思います。

病気をもっている人は、一度、ご自分の主治医と運動の可能範囲について話し合ってみてはどうでしょうか。医療者と自分の運動や活動度について話し合うことにより、患者は自律性を意識することができ、患者と医療者の関係性にもよい影響を与えるのではないかと思います。良心的な臨床医なら、運動の可能範囲について、一緒に考えてくれることでしょう。

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加藤 眞三 :慶應義塾大学看護医療学部教授

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提供元:「病人は安静に」の常識は患者から何を奪うか|がん患者ですら適度な運動はしたほうがいい|東洋経済オンライン

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