2024.06.19
あなたの沿線で「交通系ICカード」乗車が消える日|首都圏目線では気付かない「ガラパゴス化」
交通系ICカードに代わって、クレジットカードなどでのタッチ決済乗車が増えてきています(写真:キャプテンフック/PIXTA)
訪日観光客を想定していたクレカ決済乗車だが・・・
駅でSuicaを使って改札を通る際、小さな「窓」が設置されているのに気づくことが増えた。タッチ決済乗車用の読み取りリーダーだ。
タッチ決済乗車とは、タッチ決済による後払い乗車を指す。タッチ決済に対応するクレジットカード、デビットカード、プリペイドカードおよびカードを設定したスマホ等のモバイル端末を、読み取り機にタッチして乗車できるサービスだ。
対応ブランドはVisa、JCB、American Express、Diners Club、Discover、銀聯など。海外ではカードによるタッチ決済乗車は広がっており、最初は海外からの訪日観光客を想定して始まった。
SuicaやPASMOなど日本国内でしか使えない交通系ICカードは訪日観光客にとってなじみが薄く、紙のきっぷを買うため券売機に並ぶ際の混雑も問題だった。手持ちの国際ブランドのカードで乗車できれば、訪日客の利便性は高まる。そのため、タッチ決済乗車の導入当初は、首都圏では京急バス・西武バスの羽田空港ルート、大阪・関西空港につながる南海鉄道、沖縄エアポートシャトルなど、空港からの移動経路や観光地の公共バスでの採用が目立った。
片や、SuicaやPASMOの利用率が高い首都圏では、他人事のように感じたものだった。首都圏では複数鉄道の相互乗り入れや、JRと私鉄・地下鉄の乗り換えを1枚のICカードで済ませている。タッチ決済乗車ではそれに対応できないため、利便性で劣るからだ。
ところが、徐々に変化が起きている。東急電鉄は5月15日から、世田谷線を除く東急線全駅でタッチ決済乗車に対応した改札を設置、後払い乗車サービスの実証実験を開始した。他にも、東京メトロ、都営地下鉄、京浜急行電鉄、西武鉄道、ゆりかもめ、横浜市営地下鉄、江の島電鉄等で、タッチ決済乗車の実証実験の開始あるいは開始予定が続々と発表されている(一部駅のみの場合あり)。
首都圏だけではない。名阪では近畿日本鉄道、名古屋鉄道、阪急電鉄、阪神電車、大阪メトロ等での実証実験が開始予定だ(南海鉄道はすでに対応済み)。Visaによると、同ブランドのタッチ決済乗車は2023年12月現在で28都道府県55プロジェクトと急速に拡大しているという。
やがて来る、交通系ICカードが使えない日
カード会社側はタッチ決済乗車をアピールするためのポイント加算やキャッシュバックキャンペーンを打ち出した。JCBはタッチ決済対応マークのあるカードもしくはApple Pay対応のiPhoneなどで対象の公共交通機関を利用すると、利用合計金額の50%(上限500円相当)をキャッシュバックするキャンペーンを5月26日まで行った。
東急カードは「電車とバスで貯まるTOKYU POINT」に登録したTOKYU CARDでタッチ決済乗車をすれば、乗車ポイントが3%たまる。6月2日まではポイント2倍の6%還元で利用を促した。
今後、実証実験がスタートする首都圏私鉄・地下鉄でも、同様のキャンペーンが行われるだろう。カード発行会社にとってもメリットは大きい。
カードといえば高額なものを買うイメージがあるが、公共交通機関で日常的に利用してもらえるなら、積極的にタッチ決済乗車をアピールしたくなるというもの。乗車分の利用額がまるごとポイント還元対象になるかはカード会社ごとの判断になるだろうが、ポイ活好きの間で注目を集めそうだ。
とはいえ、首都圏の交通網は交通系ICカードががっちり押さえている。JRグループでタッチ決済乗車に対応しているのはJR九州のみ。勝ち目はあるのか、と首を傾げる声もあるだろうが、そこに衝撃的なニュースが飛び込んだ。
熊本県内で路線バスや鉄道を運行する5つの事業者が、全国交通系ICカードによる決済を年内にも停止し、クレジットカード等のタッチ決済を導入する方針を決めたという。理由は読み取り端末のコスト。現在多く使われている地場限定「くまモンのIC CARD」とタッチ決済に対応した機器に更新すると、現行端末を更新する費用に比べて約半分で済むとか。
便利なはずのものをあえてやめる、というのは、利用者にとって不便を強いるように思える。
しかし、どうもそうではないようだ。首都圏目線では全国交通系ICカードさえあればという意識になりがちだが、熊本県民の間での使用率は路線バスで24%、電車で18%の利用にとどまる。出張先で当たり前のようにSuicaを出して電車に乗ろうとしても乗れない日がやがて来てもおかしくない。
首都圏目線に欠けている、ある問題点
なぜ地方では交通機関への乗車にカードによるタッチ決済を選ぶのか。
キャッシュレス化を進めるなら交通系ICカードのほうが便利ではないかと、筆者もそう思っていた。その認識が一変したのが今年2月のこと。筆者は毎年、プロ野球キャンプを見るため沖縄を訪れている。沖縄本島内の移動はレンタカーが必須だが、キャンプ観戦のネックは駐車場の確保だ。早朝からすぐに満杯になり、球場に着いても車が駐められない駐車難民が大量に発生する。そこで、今年はいっそのこと車を諦め、タクシーとバスで移動することにした。
改めて調べてみると、沖縄県内には高速バスや路線バス網が張り巡らされており、目的の球場付近まで移動するのも可能とわかった。長距離のバス移動にはそれなりの運賃がかかるが、レンタカー代や駐車場ストレスを天秤にかけると許容範囲と判断した。そこまではよかったのだが、問題はバスがなかなか時刻表通りに来ないこと。これがいわゆる沖縄時間かと最初のうちは思っていたが、理由は別にあった。
見ていると、ほとんどの乗客が運賃を現金で払うのだ。バスのドライバーは、客一人ひとりの整理券を目視で確認し、運賃の確認をし、両替をし……とやることが多い。降りる客が多い観光地付近ともなると、かなりの時間がとられる。これでは発車が遅れるのも無理はない。なぜ支払いをICカードでキャッシュレス化しないのだろうと不思議だった。運転手の負担も減るし、乗客もいちいち両替したり小銭を探す必要がない。運行の遅れも減るだろうに――と。
沖縄にもOKICAという交通系ICカードがあるが、バス客の間で普及しているようには見えなかった。ICカードでバスに乗るのが当たり前の東京モンには不思議でならなかったのだが――。
そこに盲点があった。首都圏で生活していると、当たり前のように電車で移動する。SuicaやPASMOのチャージは、乗降する駅の券売機等で行う。しかし、沖縄本島には鉄路がないのだ。「ゆいレール」以外、JRも第三セクターも地下鉄もない。移動の合間にチャージできる駅がないのだ。
ICカードを使おうとすると、いちいちチャージできるスポットに行くことになる。OKICAの公式サイトには、ゆいレールの駅や沖縄銀行・一部ショッピングセンターでチャージできるとあるが、わざわざそこまで行かなくてはいけない。バスの車内でもチャージできるそうだが、だったら現金払いのままでも手間は変わらない。
そもそもチャージする場所が少ないのに、交通系ICカードが便利だから使おうとは考えないだろう。だからこそ、チャージ不要で手持ちのクレカがそのまま使えるタッチ決済乗車を導入する意義があるのだ。沖縄では一部の路線バスで、すでにクレカのタッチ決済乗車を採用しているが、そういうことだったのか。これは東京目線では気づけない点だった。
沖縄だけでなく、車社会で鉄道の移動機会が減っている地方では、同じような事情があるのではないか。交通系ICカードが便利と考えるのが、鉄道網が整っている都市部に限られるとすれば、先の熊本県の決断も頷ける。熊本県だけでなく、同じような自治体が今後増えてくる可能性は大いにある。
首都圏こそガラパゴスになりかねない?
国内の決済に占めるキャッシュレス比率はすでに約4割近くになっているが、うち交通系ICカードの割合はじわじわ落ちている。今やQRコード決済に追い抜かれ、タッチ決済対応カードへの切り替えが進むクレジットカードとの差もどんどん広がっていきそうだ。
SuicaやPASMOで移動も買い物も支払える首都圏の常識こそ、ガラパゴスになってしまうかもしれない。
といっても、タッチ決済乗車は万能ではない。利用できるのはクレジットカード、国際ブランド付きデビットカード、一部プリペイドカードとカードを登録したモバイル端末となっているが、クレジットカードを持たない人もいるだろう。片やデビットカードを発行するには銀行口座が必須で、一般的には15歳以上だが、中学生を除くとする銀行も多い。子どもたちが利用するときに不便はないのだろうか。まさか政府が「マイナカードにタッチ機能を付けたので、電車もバスも乗れるようになりますよ。日本中、国民全員が対象ですよ」などと言い出したりして――おっと、悪い冗談だった。
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提供元:あなたの沿線で「交通系ICカード」乗車が消える日|東洋経済オンライン