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2023.12.06

切らずに"治癒"目指す直腸がん「TNT」治療の全貌|欧米ではすでにスタンダード、日本でも普及へ


切らない直腸がん治療TNTとWatch & Waitについて取材しました(写真:GARAGE38/PIXTA)

切らない直腸がん治療TNTとWatch & Waitについて取材しました(写真:GARAGE38/PIXTA)

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がんは切って治すもの――。

そういうイメージがあるが、がんを手術で取ったとしても、そのあとに生じるさまざまな後遺症に悩む人は決して少なくない。昨今はこうした問題にも目を向けられ、患者によりやさしく、生活の質(QOL)を維持する治療が求められるようになった。

その1つが切らないで治す「TNT」と、その後の「Watch & Wait」だ。直腸がんで試みられている。

手術の難易度が高い直腸がん

肛門近くにできる直腸がんは大腸がんの1つで、毎年、新たに診断される患者数は約5万人。手術で切除しても再発したり、肺や肝臓に転移したりする割合が高く、大腸がんの中でも“やっかいながん”とされる。

また、一般的な大腸がん(結腸がん)に比べて手術の難易度が高く、手術に成功しても後遺症として尿もれや便もれ、勃起・射精障害などの性機能障害が起こることがあり、人工肛門(お腹に空けた排泄の出口)が必要となるケースも少なくない。

日本では、この直腸がんに対し、早期では内視鏡治療が行われる。

進行したがんでは、手術で直腸に加えて、周辺のリンパ節(側方リンパ節)まで広く切除した後、採取した病変部を顕微鏡で詳しく見る病理検査を行い、その結果によって、手術後に抗がん剤治療を行うのが、最も推奨される標準治療である。

「日本の直腸がんの治療成績は良好で、直腸がんになっても多くの方が長生きできるようになりました。それだけに、後遺症による問題が大きくなっている」

こう話すのは、消化器外科医の秋吉高志医師。そんな秋吉医師が今、「手術による人工肛門が避けられない患者さんにとって、デメリットよりもメリットが大きい治療」として注目しているのが、「TNT」という治療だ。

実は、このTNTは直腸がんの治療として海外では広く行われており、がんの再発率を下げるだけでなく、切らずにすむ可能性がある治療である。よって、術後に生じるさまざまな後遺症を防ぐことができる。

がんが体から消え、かつ後遺症も少ない。

この切らない治療を積極的に推進するため、2023年9月、がん研有明病院は直腸がん集学的治療センターを設立した。秋吉医師はセンター長として、スタッフを束ねている。

切らないがん治療「TNT」とは?

では、TNTとはどういうものなのか。秋吉医師はこう説明する。

「TNTは、Total Neoadjuvant Therapyの略語で、化学放射線療法(抗がん剤+放射線治療)の前あるいは後に、標準治療では術後に行われていた抗がん薬の多剤併用療法を行うもの(下の図、欧米の一番上)。放射線と抗がん剤の効果で、がんが小さくなります」

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海外の報告によると、TNTを受けた30〜50%程度の患者で、肉眼でがんが消えた状態(臨床的完全奏効)になるそうだ。

TNT後にがんが残っていれば手術が必要だが、肉眼でがんが消えた状態になれば、再度がんが出てこないか慎重に経過を観察していく(これをWatch & Waitという)。

アメリカの「OPRA試験」と呼ばれる臨床試験の結果によると、TNTで治療されたステージⅡ~Ⅲの進行直腸がん患者の半数が直腸を切除せずにすんだという。

TNTの対象は、ステージⅡ~Ⅲの進行した直腸がんで、かつ肛門に近い場所にがんがあるケース。ここにがんがあると直腸を残すことが難しいから、というのがその理由だ。がん研有明病院では現在、TNT治療後に手術をしないことが積極的に望める患者に対して、手術かWatch & Waitかの選択肢を提示しているというが、「Watch & Waitを選ぶ患者さんは多い」(秋吉医師)という。

日本でTNTが主流にならない訳

TNTでは、最初に薬物療法と化学放射線療法でがんを叩いた後、様子を見て、がんが残っている人にだけ手術を行う。治療に必要な放射線機器は一般的なもので、また、化学放射線療法で使う薬も、以前から使われてきた飲み薬タイプの抗がん薬だ。

日本でも標準治療化は決して不可能なことではない。なぜ、こうしたTNTやWatch & Waitが日本で広がらないのだろうか。

その1つが、欧米ではTNTが広まるかなり以前から、術前化学放射線療法が標準治療として普及しており、TNTを導入しやすい環境が整っていた、という点だ。

ただ、そんな欧米のガイドラインにも、“Watch & Waitは十分な経験のある施設で慎重に行うべき”と書かれている。

秋吉医師は、「Watch & Waitが可能かどうかの判断には術前化学放射線療法やTNT、Watch & Waitの十分な経験が必要であり、化学放射線療法の経験が少ない施設が多い日本では、Watch & Waitを開始することはハードルが高い」と指摘する。

そして、2つめに、直腸を専門に扱う放射線治療医やがん薬物療法専門医が不足している点、3つめに、日本では化学療法や放射線治療より、手術が病院収益に大きく貢献する点を挙げる。手術数が減ってしまうと、病院の収益は大きく減ってしまう。切らないで治す医療を普及させるためには、医療システムの見直しも必要なのだ。

さらに、「我々外科医は、手術に情熱を注いできた集団です。私自身も手術をしない選択を患者さんに勧めることは、若い頃だったら抵抗があったと思います。でも、Watch & Waitで切除せずにすんだ患者さんは、本当にハッピーそうに見える。これはもう進めざるを得ないな、と」。医師のマインドセットの変革も必要だと述べる。

Watch & Waitにも課題がある。1つが治療に時間がかかるという点だ。

この治療で推奨される放射線治療は、放射線を28回当てる必要がある。土日を除いて週に5日、毎日通わなければならない。仕事や育児、介護などで通院できない人には難しくなってしまう。化学放射線療法に加えて、3~4カ月の多剤併用抗がん剤治療も必要だ(ただ、こちらは3週間に1回の外来通院で行える)。

もう1つは、肉眼でがんが消えた状態でも、実際には微小ながんが残っている可能性があることだ。

海外のデータによると、Watch & Waitした患者の約20~30%で、残っていたがんが再増大してくる(再発する)ことがわかっている。約9割は2年以内に出てくるとされることから、最初の2年間は3カ月おきに内視鏡やMRI(核磁気共鳴画像)で検査を行う必要がある。

世界的には、がんが再増大(再発)してもすぐに手術すれば、TNTが終わってすぐに手術をした人と、再発リスクに大きな差はないというデータがある。その一方で、手術のタイミングが遅れるため、肝臓や肺への転移のリスクが上がるというデータもある。

術後に便もれなどの排便障害を起こすリスクは、TNTを行わずに最初から手術をしたケースよりも高い。

日本でもTNTやWatch & Waitを標準治療へ

いずれにせよ、「治療に選択肢ができることは、患者さんにとっては望ましいこと」と秋吉医師は話す。

TNTやWatch & Waitが日本で標準治療になるには、日本の現在の標準治療と比べて遜色ない結果が得られなければならず、それを示すエビエンス(科学的根拠)が必要になる。それに関しては、現在、がん研を中心とした11施設で臨床試験が行われている。

同時に、TNTやWatch & Waitがどこでも同じようにできるルール作りも重要だ。

「現在、参加施設とオンラインで会議を定期的に行い、Watch & Waitが可能かどうかのディスカッションをしています。今後は、連携する病院に行けば同じ治療を受けられ、最後の判定も一緒に行えるよう、コンセプトを共有できる施設を全国に広げていきたい」(秋吉医師)

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提供元:切らずに"治癒"目指す直腸がん「TNT」治療の全貌|東洋経済オンライン

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