2023.12.04
「中国の肺炎拡大」免疫低下以外に懸念される要因|見落とされている「別の問題」を医師が指摘
中国で増えている子どもの肺炎。その原因を専門家が解説します(写真:Wtake400/PIXTA)
11月末、中華人民共和国の北京などの北部を中心とした地域で肺炎が集団発生し、患者が増加しているというニュースが世界を駆け巡った。
中国の肺炎拡大に関するWHOの見解
メディアでは、肺炎などの呼吸器疾患が特に子どもたちに多く見られたことを報じている。北京の小児病院では毎日平均7000人の患者が殺到し、天津の最大の小児病院では1万3000人の子どもが救急受診したという。
「まさか、また中国で新たな病原体の発生か」と、不安になる向きも少なくないだろう。
11月23日付の世界保健機関(WHO)の発表では、「増加する肺炎の原因は新しい病原体ではなく、一般的な冬の感染症によるもの」とされている。
筆者は中国の研究者らと30年以上にわたり交流を続けており、2023年5月には4年ぶりに南部の上海に渡航した。そしてついこの間、公衆衛生の研究者らを東京でのシンポジウムに招いたばかりだが、北部で流行するこの肺炎については、特に話題にはならなかった。
中国で報告された子どもの肺炎の集団発生に関するWHOの声明(WHOのホームページより。ウエブサイトはこちら)
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なぜ肺炎が中国で流行しているのか。
真っ先に考えられる理由は、2019年末にパンデミックが始まって以降、中国は初めて新型コロナの制限措置がない本格的な冬を迎えていることだ。
すでに新型コロナの制限措置を緩和していた中国以外の国でも、緩和後にはインフルエンザやRSウイルスが増加している。これと同じことが中国で起こっているのだ。
マイコプラズマ肺炎は一般的な呼吸器疾患の1つ
中国の保健当局によると、10月以降に入院患者数が増加している原因は、アデノウイルス、インフルエンザウイルス、RSウイルスなど、すでによく知られている一般的な病原体によるものだという。
そもそも冬にインフルエンザなど呼吸疾患が多いのは普通のことで、内科や小児科の外来は、特に冬場に混み合う。筆者が勤める医療機関も同様で、朝から夜まで風邪症状の患者の治療にひっきりなしに当たっている。
北京などの北部都市ではマイコプラズマ肺炎による入院が増えているものの、中国当局はこれまでのところ、肺炎の増加はこれらのすでに知られた病原体が原因であるとしており、「新型病原体は確認されていない」としている。
マイコプラズマ肺炎は、昔からよく知られている一般的な呼吸器疾患の1つで、耳にしたことのある方も多いだろう。マイコプラズマ・ニューモニエという病原体によって起こる。
肺炎というと酸素を吸入して、人工呼吸器につながれるような重症コロナ肺炎を思い浮かべるかもしれないが、マイコプラズマ肺炎は通常は軽症ですむ「歩ける肺炎」ともいわれる病気だ。
感染しても、風邪に似た軽度の症状を引き起こす程度。咳が長引くこともあるが、大多数の人は自分の免疫力でも回復するし、通常は酸素吸入も入院も必要なく、多少症状が強くても、飲み薬を服用しながら家で療養するだけで治ることも少なくない。
しかし、今回は中国の子どもたちでは重症化し、入院が必要な患者が集団発生した。マイコプラズマ肺炎は大人にとっては問題なくても、特に免疫システムが未熟な小児では重症化するリスクが高い。
中国の小児医療センターは病気の子どもたちであふれ、医師に診てもらうまで700人以上列に並び、13時間待たされる家族もいたとも報じられている。ソーシャルメディアには、混雑した待合室や廊下で、点滴を受ける子どもたちの写真や動画が数多くアップされている。
もちろん、一般の診療施設が不足している中国で、心配した親が大病院に集中したという、日本と異なる医療事情も関係しているだろう。
免疫力の低下だけ原因ではない
中国で今回のアウトブレイク(集団感染)が発生した理由はまだ明らかになっていないが、新型コロナ対策によって約2年間病原体の流行が抑えられていたことを挙げる向きが多い。
つまり、今回の冬シーズンの感染症患者の増加がこれまでと異なるのは、「新型コロナ対策によってさまざまな病原菌に曝される機会が減ったことで、多くの人々の免疫力が低下し、病原菌への感受性(かかりやすさ)が増したからではないか」と見られているわけだ。
新型コロナ対策として、世界中で行われたロックダウンや、そのほかの措置によって、季節性の病原体が流行する機会が減少したことはよく知られている。
日本でもしばらくインフルエンザの流行発生が止まっていた。いいことのよう聞こえるかもしれないが、病原体に対する免疫力を培う機会が低下したという見方もできる。この現象は「免疫の負債」とも呼ばれ、人々が一般的な病原体に対する抵抗力を失ったことを示している。
実をいうと、中国で生じている今回の感染症患者の増加は、それほど意外なことではない。ほかの国に比べて中国は長期にわたる厳しいロックダウンを課していたため、昨年12月に制限が解除されたあとに大規模な感染の波が来ることは、以前からすでに予想されていたものだ。
実際、アメリカでも、2022年11月のインフルエンザによる入院患者数が2010年以来の最多を記録した。感染症の増加は、パンデミック対策の緩和後に見られる一般的な現象といえるだろう。
中国の状況が、ほかの多くの国が経験したインフルエンザやRSウイルスによる病気の増加とは異なっているのは、マイコプラズマ肺炎が主流であるという点だ。
マイコプラズマは細胞壁を持たない特殊な病原体で、細胞壁を壊すペニシリンなどの抗菌薬は効果がない。このため、一般的にこの感染症の治療には、細胞の中のタンパク質の合成を阻害するマクロライド系抗菌薬などを使っていく。
通常使われている薬の効果がなくなっている
しかし昨今、抗菌薬の過剰使用により、病原菌のマイコプラズマに薬剤耐性(薬が効きにくくなること)を獲得していることが指摘されている。
つまり、通常使われている薬の効果がなくなっているのだ。実は、北京での薬剤耐性率は70〜90%に達していて、この耐性が治療の妨げとなり、回復を遅らせていると考えられる。
薬剤耐性菌の広がりが、中国の子どものマイコプラズマ肺炎感染による高い入院率につながっているのだ。
事実、中国では医療関係だけでなく、畜産関係などでも抗菌薬の過剰使用が問題となっており、環境中に抗菌薬が流出し、知らないうちに抗菌薬を子どもたちが摂取していることが報告されている。
11月末現在、WHOは中国の感染症拡大について、この時期にしては病気の発生率が異常に高いものの、冬に呼吸器疾患が増えるのは珍しくないとする前述の声明を出した。基本的な予防措置として、特段目新しさのないマスクの着用、病気の際の自宅療養、手洗いの徹底などを勧めている。また、中国への旅行制限を設ける必要はないとしている。
幸いなことに、中国から日本やほかの国への広がりについては、新型コロナのときのような懸念は少ないと現段階では考えられている。
マイコプラズマは昔からよく知られている一般的な病原体であり、周期的なアウトブレイクを起こす傾向があるものの、新型コロナのような新しい病原体とはまったく異なる。治療法も確立されているので、耐性菌の懸念はあるものの、現段階では過剰な心配は無用だろう。
世界的に見ると、マイコプラズマに限らず、RSウイルスを含むほかのウイルスも流行しており、この冬はあらゆる国でさまざまな病原体に直面する可能性があると予測される。
この冬に流行する感染に備える
このような状況下では、国際間での感染症対策の情報共有が重要になるだろう。結局のところ、1人ひとりとしては手洗いやマスク、換気、ワクチン接種などの感染症対策を続けるほかはない。
免疫力をつけるために、しっかりと栄養と睡眠、適度な運動をすることも重要だ。特定の病原体に対しては、新型コロナワクチン、インフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン、帯状疱疹ワクチン、RSウイルスワクチンなど、各種予防ワクチンを上手に利用することもぜひ考えてほしい。
新型コロナパンデミックでは、国際間での感染症発生の情報共有体制が一気に整備されたことも心強い。感染症と人類の戦い自体に終わりはないが、国民1人ひとりも一般的な感染症予防の知識をぜひ再確認してほしい。
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提供元:「中国の肺炎拡大」免疫低下以外に懸念される要因|東洋経済オンライン