2023.09.11
乳がん「男性は患者の1%」でも知るべき3つの事情|親から子へ50%遺伝、男性もリスク12~80倍に
一般的には女性の病気とされている「乳がん」。男性が乳がんにかかったときのほうが怖い3つの理由を紹介します(写真:C-geo/PIXTA)
ブラザー・コーン氏が乳がんにかかった、という報道に驚いた方も多かったことだろう。乳がんは一般的には女性の病気だ。実際、女性のがんで一番多いのが乳がんで、女性は生涯で11%の人が乳がんを経験するとされる。対して男性の患者数は女性の150分の1、乳がん全体の1%程度とされる。
それでも国立がんセンターによれば、2019年には国内で1年間に670人の男性が乳がんと診断された。
2019年には国内で1年間に670人の男性が乳がんと診断 ※外部サイトに遷移します
実は、いざ「かかった」となると男性のほうが女性より怖いのも、乳がんだ。どんな病気なのか、また予防法や早期発見の方法とともに、女性より怖い3つの理由を男性向けに解説していこう。
見つかったときには進行していることが多い
乳がんは、乳房にある乳腺の細胞ががん化したものだ。乳がんのうち95%は、乳汁を乳頭まで運ぶ管である「乳管」に発生する。
男性には必要のないはずの乳腺やその一部としての乳管が男性にもあるのは、生き物としての発生プロセスによる偶然の産物のようだ。つまり、受精卵から一定段階までは男性も女性と同じように育ち、途中で男性臓器が発達して男性に性分化する。ここで乳腺組織はすでに分化しているため、男性にも乳腺組織が残り、結果、乳がんになる可能性が生じる、というわけだ。
乳がんの初期には、がん細胞は乳管の内壁のみにとどまっていて、乳房のほかの組織には広がっていない(非浸潤性乳管がん)。やがてがん細胞は乳管の外、乳房組織のほかの部分へと広がっていき(浸潤性乳管がん)、その後も筋肉や骨など隣接する組織に広がり続ける。
この点、男性の乳腺は、脂肪が多い女性の乳房と異なり、隣接する組織と距離が近い。これが1つめの「男性のほうが怖い」点だ。男性の場合、乳がんが見つかったときにはすでに進行している場合が多いのだ。
男性の乳がんの最も一般的な症状は、
・乳房のしこりや腫れ
・乳房の発赤や皮膚のはれ
・乳房の皮膚の炎症やくぼみ
・乳頭からの分泌物
・乳頭の引きつれや乳頭部の痛み
といったものだ。もっとも、これらの症状は、がんではないほかの疾患でも起こりうる。ちょっとした症状があっても必ずしもがんとは限らないので、怖がりすぎることはない。それでも軽く見ずに、乳房や乳頭に何らかの症状や変化があれば、医師の診察を受けよう。
男性乳がんは珍しいため、検診が確立していない
2つめの「怖い」点は、女性と異なり、男性の乳がんは頻度が低いので「乳がん検診」が確立されていないことだ。
多くの男性乳がん患者が、しこりを触って気づいたり、上記の異常がなかなか収まらない場合に、乳腺外科を受診し、検査を受けてがんが判明する。女性は自治体の負担で2年に1回乳がん検診が行われるなど、早期発見のチャンスが多いが、男性はそうはいかないのだ。
検査では、女性なら乳房を板で挟んでなるべく平たくしてX線写真を撮る「マンモグラフィー」という検査が行われる。男性では乳房らしい乳房がないのでこれは不可能だ。疑わしい場合は、超音波やCT、MRIなどの画像検査や、超音波で確認しながら病巣を針で刺して組織を採取する「生検」、病理医が顕微鏡でがん細胞か否か判断する「病理検査」などから、総合的に判定する。
さて、3つめの「男性のほうが怖い」点は、男性乳がんを発病しやすいリスク因子の中で確認していこう。
(1) 加齢
(2) BRCA遺伝子に変異がある
(3) 乳がんの家族歴がある
(4) 胸部への放射線治療
(5) 肝臓病
(6) 肥満
以下、1つずつ見ていく。
まずは、(1)加齢だ。
乳がんに限らず、がんのリスクは年齢とともに増加し、ほとんどのがんは50歳以降に発見される。歳を重ねるうちに、細胞の遺伝子変異が蓄積することと、がん細胞を殺す免疫の働きが低下するためと考えられる。男性の乳がんも例外でなく、50歳以上になってくるとリスクが高まる。
次に、(2)「BRCA遺伝子の変異」は、俳優のアンジェリーナ・ジョリー氏が予防的に乳腺や卵巣を取り除く手術を受けたことで、広く人々に知られるようになった。
がん細胞は1つの遺伝子変異で生じることはなく、複数の遺伝子変異の結果として生じる。とくに高い発がんリスクを招く遺伝子を「がん遺伝子」と呼ぶ。
乳がんでは、「BRCA1」や「BRCA2」と呼ばれるがん遺伝子の変異が有名だ。BRCA遺伝子は誰にでもあり、さまざまな原因で傷ついたDNA(遺伝情報を担う物質)を修復し、細胞のがん化を抑える働きをしている。
ちなみに体のいわば“設計図”であるDNAは、紫外線や放射線、化学物質などの刺激によって、日常的に傷つけられている。それでも、人体にBRCA遺伝子などの修復メカニズムが備わっているので、がん化が抑えられている。
ところがBRCA遺伝子に生来の変異があり、働きが失われている人がいる。その場合、DNAの正常な修復が妨げられ、乳がんや卵巣がん、さらには胃がんや高悪性度前立腺がん、膵がんにもなりやすいとされる。
これを示唆するのが、(3)乳がんの家族歴があるケースだ。
親から子へ50%遺伝、男性も乳がんリスク12~80倍に
生殖細胞のBRCA遺伝子に病的な変異が起きている場合は、BRCA1またはBRCA2遺伝子の変異が、性別を問わず親から子へ2分の1(50%)の確率で受け継がれる(遺伝性乳がん卵巣がん症候群、HBOC)。
アンジェリーナ・ジョリー氏も、母が乳がんであり、検査を受けたところ自身もBRCA遺伝子変異を持っていて、高い確率で難治性の乳がんを発病することが予測された。
この病的な変異が男性に遺伝した場合は、男性も乳がんが起きやすくなる。BRCA1変異があれば、男性でも乳がんの生涯リスクは1.2%、BRCA2変異なら7〜8%に上る。両遺伝子に変異のない人なら生涯リスクは0.1%なので、実に最大80倍にもなる。
生涯リスクは1.2%、BRCA2変異なら7〜8%に上る。両遺伝子に変異のない人なら生涯リスクは0.1% ※外部サイトに遷移します
もちろんBRCA遺伝子に限らず、その人の遺伝子変異の生じやすさや生活習慣、環境も影響するが、近親者に乳がん経験者がいる男性では、乳がんリスクは高いと考えておいたほうがいい。
女性であれば、HBOCの可能性がある場合は、遺伝カウンセリングのうえで遺伝子検査を受け、予防的切除を行うか否か検討する人もいる。
しかし、男性では、BRCA遺伝子に変異があっても乳がんになるリスクは女性ほど高くないため、どのように対策すべきか定まっていない。これがようやく3つめの「男性のほうが怖い」点だ。
先に触れたとおり、BRCA遺伝子の変異は胃がん、前立腺がん、膵がんのリスクでもあるとわかってきた。だが現状では、男性はBRCA遺伝子変異が推察されても、乳がんやそれらのがんのリスクにさらされ続けるしかない。親戚等に心当たりのある男性は、早期発見のために、胃がん、前立腺がん、膵がんについても定期的な検査を受けるべきだろう。
「医療被曝量」世界一の日本人
男性乳がんリスクに話を戻すと、④胸部への放射線治療は、血液がんの一種「ホジキン病」でとくに問題となる。
医療被曝が発がんリスクを上げることが知られているが、日本は人口当たりCT台数が世界一であり、医療被曝量は世界一だ(2004年THE LANCET)。医療者としては、必要性の低い検査をなるべく減らし、被曝させないように砕身している。
2004年THE LANCET ※外部サイトに遷移します
だが、どうしても必要な場合がある。代表例が、がん治療のための放射線治療だ。被曝線量が多く、2次発がんの原因となることが知られている。とくに「ホジキン病」は、若い男性患者が多く、胸部への放射線治療を併用するのが一般的だ。
実際、最近の研究では、ホジキン病の放射線治療により男性の乳がんリスクが23倍も高まることが報告されている。該当する人は、乳房の異常に注意を払っておくべきだ。
最近の研究 ※外部サイトに遷移します
次の(5)肝臓病は、乳がんとの関係がピンとこないかもしれない。実は、男性の体内で女性ホルモンの一種である「エストロゲン」濃度を高めるような状態・疾患も、男性乳がんを増加させる。
代表的なのは「肝硬変」という肝臓病だ。ウイルスによる慢性肝炎や非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)、アルコール性肝炎のなれの果てで、炎症で死んだ肝細胞の跡に細かいケロイドがたくさんできたような状態(=線維化した状態)になる。
すると、肝臓でのエストロゲン分解が滞り、エストロゲン濃度が上昇してしまう(そのため肝硬変の男性では、エストロゲンの作用で精巣の萎縮をきたす)。結果として乳がんのリスクを高める。
かつては慢性C型肝炎などのウイルス性肝炎が多く、治療が困難で肝硬変に至ることが多かった。現在では肝炎は抗ウイルス薬によって治せるようになっている。代わりに肝硬変の原因として台頭してきたのが、NASHである。これは内臓脂肪を減らすなど生活改善で治療することができる。
いずれにしても、健康診断などで肝臓の異常を指摘されたら、放置してはならないと心得ておこう。
日本肝臓学会は今年6月15日、血液検査の項目のうち肝機能を表すALT(GPT)値が30を超えた場合を、受診を促す新たな指標に定めたと発表した。ALT値30であれば、多くの検診機関は異常と判定しない。だが、軽度の異常であっても精査し、原因に応じて適切な治療を受けることが望ましい。
肥満だと乳がんになりやすい理由も「エストロゲン」
肝臓病と同じようにエストロゲンが関与するのが、(6)肥満だ。エストロゲンは脂肪細胞でも産生されるためである。実際、過体重または肥満の人は、血液中のエストロゲン濃度が高いことが知られている。したがって肥満の高齢男性は、標準体重の男性よりも乳がんにかかるリスクが高くなる。
肥満に関しては今後、GLP-1作動薬(参考記事【世界で大流行する「やせ薬」は本当に悪者なのか】)での減量治療が一般化することが望まれる。
【世界で大流行する「やせ薬」は本当に悪者なのか】 ※外部サイトに遷移します
というわけで、乳がん患者のうち男性はたった1%と思うかもしれないが、とくに遺伝的な素因がある人に限ってみればその発生率は上がる。思い当たる人は、一度きちんと調べてみることをお勧めしたい。そのうえで日頃から肥満と肝臓の健康に注意し、定期的な検査を受けること。また、素因が無くても乳房や乳頭に異変を感じたら、迷わず受診していただきたい。
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提供元:乳がん「男性は患者の1%」でも知るべき3つの事情|東洋経済オンライン