2023.05.25
「自分の居場所がない」から抜け出す魔法の言葉|人間関係の悩みの9割は「ほっときゃいいよ」
がんを治療しながら働く人の職場での悩みとは?(写真:mits/PIXTA)
がん研究が急速に進み、がんは治る病気になりつつあるため、がん治療を受けながら働くという人も増えています。とはいえ、以前と同じようにはいかない面もあり、職場での人間関係に悩む人も増えています。病理医として2000人を超える患者のがんを見てきた経験を生かし、「がん哲学外来」を無償で開いて、がんにまつわる人生哲学について、5000人以上の患者やその家族と対話を続けてきた樋野興夫医師が、がんの治療をきっかけにして起こりやすい職場での人間関係の問題を、うまく切り抜けるためのヒントを紹介します。
職場の悩みは「ほっときゃいい」
現在、がん研究は急速に進んでいて、がんという病気のメカニズムがかなり解明され、新しい治療法がどんどん登場しています。以前とは違って、がんは治る病気になりつつありますから、がん治療を受けながら働くという人も増えています。
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ただ、働けるとはいえ、入院が必要だったり通院に時間を取られたりといった事情もありますから、まったく以前と同じようにはいかない面もあります。そのため、一定期間、休職にしてもらったり、定期的に半休をもらったりといった会社の配慮を要するわけですが、これをきっかけにして職場との関係が変わりやすくなるんです。
例えば、がん治療中の人が、「会社が冷たくなった」「上司や同僚がよそよそしい」などと職場での居心地が悪くなったと思い、
「どうしたらいいでしょうか?」
と、私に尋ねてくることがあります。
そんなときはよく、こう答えるんです。
「それは、ほっときゃいいよ」
なぜなら、ほとんどの場合、とくに何もしなくても、問題は勝手に消えるからです。
がんになった人自身が初めての経験で戸惑っているのと同様に、職場の上司や同僚にとっても職場にがん治療中の人がいるのは、慣れない経験のはずです。それで、どう接していいかわからなくて、やはり、戸惑っているんですよ。
その戸惑いが、がんの人には「冷たい」「よそよそしい」と映っているだけというのはよくあることなんです。
そんな場合、気にしないでいれば、そのうち職場内の関係は元の良好な状態に戻ります。
また、実際に冷たい態度をとる上司や同僚がいるかもしれません。けれど、その場合でも、やはりこう言います。
「ほっときゃいいよ」
なぜなら、そうした人が冷たいのは、がんとは関係なく、もともとそうだったからです。
自分と気の合わない人というのは、必ずいます。それまでは会社の上司や同僚が気の合わない人だと気づきにくかっただけで、がんをきっかけにはっきりしただけなんです。そうした場合、人間関係という意味では、がんの前後で何も変化していませんし、別に何かをする必要はありません。
世の中にはさまざまな人がいますし、その全員と仲良くならなければならないわけでもありません。気の合わない人とは仕事で必要な範囲で協力できれば十分ですし、無理に好きになる必要はないわけです。
この世の中に、大慌てする必要のあるほどに大事なことはそうそうありませんから、たいていのことは「ほっときゃいい」ということなんですね。がん治療中に職場の人間関係で起こる悩みは、ほとんどの場合、気にしないでいるほうがいいようです。
「看板かじり」から脱却するチャンス
なかには、がんの治療中に、第一線の業務を任されていた人がサポート役に回されたり、閑職に配置転換されたり、転勤になったりすることもあります。
これらの会社の対応は表向き、がんになった社員の治療の便宜のため、ということになっていますが、がんになった人には、必ずしもそうではないのではないかという疑念が起こることがあります。そして、
「会社はもう、私のことなんか要らないんじゃないか」
と自分の居場所がないと思ってしまう人もいて、極端な場合、こんな絶望感に襲われる人もいます。
「これまで苦労して築いてきた地位がなくなる。ああ、私はがんで人生が狂ってしまって、すべてを失うんだ」
確かに、会社での地位を失うことは、一見、人生が狂ったかのように思えるかもしれません。けれど、地位や名誉などの肩書を失えば、人生そのものが失われるかのように嘆くのは、どうでしょうか。
私はこんな人のことを、「看板かじり」と呼んでいます。
ほら、成人しても親の財産を当てにして働きもしない人のことを「すねかじり」と呼ぶでしょう。あれと同じことで、肩書にすがって、そこから得られるものを実力と勘違いしていると思うのです。つまり、「すね」ではなく「看板」をかじっているということですね。そんな「看板かじり」ほど、がんになるとすぐに、「人生が失われた」と思い込むんです。
私は「看板かじり」の人に、こんなアドバイスをするときがあります。
「ご自分の実力と肩書とを混同せず、本当の力を率直に見つめるいいチャンスだと思い直してはどうでしょう。そうすれば、がんになったことはむしろ飛躍につながる転機になるのではないでしょうか」
確かに、苦労して手に入れた地位や肩書を大事に思うのはわかります。けれど、肩書などの看板がなくなっても、ちゃんと人生は続きます。
がんになって失うのは、実際のところ、治療に必要な時間と体力、それから治療費くらいのもので、多くの場合、人生の可能性には大した損失はありません。肩書に過度に頼っていると、その事実が見えなくなりやすいんですね。
そうした人の場合、仕事上の姿勢のゆがみは、がん告知以前からあります。そのゆがみに、がん告知の前には気づかなかったけれど、告知をきっかけにして明らかになることがあるんですよ。「看板かじり」は、その最もわかりやすい例なんです。
がんになるということは、それまでの人生をもう一度見直す機会が与えられるということでもあるんですね。
いつか必ず凪の日が来る
がんがきっかけで、職場で不都合なことが起こったり人間関係でつらいことがあったりしたら、ぜひ、こう思ってみてください。
「いつか必ず凪の日が来る」
人生のある時期に嵐が来ても、いつかは終わります。
そして、波のない静かな海のような平穏な日々が、また、必ずやってきます。
それまでは慌てずに、落ち着いて過ごしていればいいということなんです。
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提供元:「自分の居場所がない」から抜け出す魔法の言葉|東洋経済オンライン