2023.01.06
現代病「集中できない」の無視できない悪影響|1分間に4000語と早口な「頭の中のひとり言」
「頭の中のひとりごと」は、古代より人類を苦しめてきました(写真:Claudia/PIXTA)
「明日のプレゼンはうまくいくだろうか」「昨日はあんなことを言ってしまった」など、私たちは日々、頭の中で話をしている。
このような「頭の中のひとりごと」(チャッター)はしばしば暴走し、あなたの脳を支配し、さまざまな問題を引き起こしてしまう。
一方、この「チャッター」をコントロールすることができれば、あなたは本来持っている能力を最大限に発揮できるという。
賢い人ほど陥りがちな「考えすぎ」から抜け出す方法とは何か? 今回、11月に日本語版が刊行された、40カ国以上で刊行の世界的ベストセラー、『Chatter(チャッター):「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』より、一部抜粋・編集のうえ、お届けする。
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人間は「いま」を生きられない
21世紀に広く行き渡った文化的真言(マントラ)は、「いまを生きよ」という勧めである。
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この格言の知恵は十分に理解できる。過去の痛みや未来への不安に囚われるのではなく、まさにいま、他人や自分自身とつながることに集中すべきだというアドバイスだ。
それでも、人間の心を研究する科学者として、私はこの善意のメッセージが生物としての私たちの仕組みにどれほど逆らうものかを指摘せずにはいられない。
人間は、いかなるときも「いま」にしがみつくようにはできていない。私たちの脳は、そうするように進化してはいないのだ。
近年、いかにして脳が情報を処理するかを調べたり、リアルタイムで行動を観察したりする最先端の手法によって、人間の精神の隠れたメカニズムが解明されてきた。
そうすることで、人類について注目すべき事態が明らかになった。すなわち、目覚めている時間の3分の1から2分の1のあいだ、私たちはいまを生きていないのである。
息をするように自然に、私たちは「いま、ここ」から「離脱」し、過去の出来事、想像上のシナリオ、その他の内面の黙想へと脳によって導かれる。
こうした傾向はきわめて基本的なので、「初期状態(デフォルト)」という名前がついているほどだ。
それは、ほかに何もしていないとき、また往々にしてほかに何かをしているときでも、私たちの脳が自動的に立ち返る状態である。
あなたはきっと、仕事に集中すべきときに、自分の心がまるで意志でもあるかのように、ふらふらとさまようのに気づいたことがあるはずだ。
私たちは絶えず、現在を離れて非線形の並行する精神世界へと入り込み、無意識のうちに分刻みで「内面」に吸い込まれている。
そう考えると、「精神生活」という表現はさらなる新たな意味を帯びる。つまり、私たちの生活の多くは「精神的」だということだ。
では、私たちが精神世界へと入り込むとき、往々にして何が起こるだろうか?
古代文化の「内なる声」との格闘
私たちは、自分自身に話しかける。
そして私たちは、自分自身の言うことに耳を傾ける。
文明の夜明け以来、人類はこの現象と格闘してきた。
初期のキリスト教神秘主義者は、黙想を邪魔する頭の中の声にひどく悩まされていた。それを悪魔の声だと考える者さえいた。
同じ頃、東洋では、中国の仏教徒が人の心象風景を曇らせる乱れた思考状態について理論を立てた。彼らはそれを「妄念」と名づけた。
それにもかかわらず、まさにこれらの古代文化が、内なる声は「知恵」であると信じていたのだ。
こうした信念こそ、黙祷や瞑想といった何千年も続いてきたいくつかの慣習を支えるものだ。
多くの精神的伝統が内なる声を怖れるとともに、その価値を強調してきたという事実は、内なる対話へのいまなお続く相反する態度を物語っている。
「内なる声」について語るとき、人びとは当然にも、その病的側面について思いをめぐらす。
私はよくプレゼンテーションの冒頭で、聴衆に向かって、頭の中で自分自身に話しかけるかどうかをたずねてみる。すると、多くの人は判で押したように、ほかの人も自分と同じように手を上げるのを見てホッとした表情を浮かべるものだ。
あいにく、私たちが頭の中で耳にする正常な声(たとえば、自分自身、家族、同僚のそれ)は、ときとして、心の病に典型的な異常な声へと転落することがある。
こうした場合、当の人物はその声が自分自身の心から発せられているとは思わず、別の存在(よくある幻聴の例を挙げれば、敵対する人びと、よそ者、政府など)から出たものだと考える。
重要なのは、私たちが内なる声について語るとき、心の病と健康の違いは、二項対立――病的対健康的――の問題ではなく、文化や程度の問題だということだ。
人間の脳が持つ1つの奇癖は、およそ10人に1人が、声が聞こえるとそれを外部要因に帰するところにある。
なぜこうしたことが起こるかについては、依然として解明の努力が続いている。
誰もが「内なる声」を発している
要するに、私たちはみな、頭の中に何らかの形の声を持っている。言葉の流れは私たちの内面生活から切り離せないので、音声障害に陥ったときでさえ途絶えることはない。
たとえば吃音のある人は、声に出して話すときより、心の中でのほうがより流暢に話せるという報告がある。手話を使う聾者は、独自の内的言語を持っているにもかかわらず、やはり自分に話しかける。そこには自分自身を相手にした暗黙の手話が伴っている。耳の聞こえる人が言葉を使って内心で自分に話しかけるのと似たようなものだ。
内なる声は精神の基本的特徴なのである。
電話番号を覚えるために頭の中で繰り返したり、何を言うべきだったかを想像しながら会話を振り返ったり、ある問題やスキルをめぐって自らに言葉で指示を出したりしたことがあるとすれば、あなたは内なる声を使ったことがある。
ほとんどの人は毎日、内なる声を頼り、そこから恩恵を得ている。彼らが現在とのつながりを断つとき、それは往々にしてその声と会話するためか、その声が言わなければならないことを聞くためだ――そして、その声には言うべきことがたくさんあるかもしれない。
思考における言語の流れは非常にせわしないため、ある研究によれば、私たちの内面における独り言のスピードは、声を出して1分間に4000語を発するのに匹敵するという。
こうした事態を客観的に見るため、現代のアメリカ大統領の一般教書演説は通常、約6000語で構成され、1時間にわたって続くことを考えてみよう。私たちの脳は、それに近い数の言葉をたった60秒間に詰め込む。
これが意味するのは、私たちが日々、たいていの人がそうであるように16時間目覚めており、内なる声がその時間の約半分のあいだ活動しているとすれば、理屈のうえでは約320回分の一般教書演説を毎日聞けるということだ。頭の中の声は実に早口なのである。
「内なる声」が「チャッター」に変わるとき
内なる声はたいていうまく機能するものの、私たちがそれを最も必要とするときに限って――つまり、ストレスがたまる、リスクが高まる、冷静さを損なうような厄介な感情にさらされるなどといったときに――しばしばチャッターへと変わってしまう。
ときに、こうしたチャッターはとりとめのない独り言の形をとる。ときに、チャッターは私たち自身との対話である。ときに、チャッターは過去の出来事の強迫的な蒸し返しである(反芻)。ときに、チャッターは未来の出来事の不安な想像である(心配)。ときに、チャッターは否定的な感情と観念の自由連想的なピンボールである。ときに、チャッターはある特定の不愉快な感情や見解への病的執着である。
だが、チャッターが姿を現すのは、内なる声が暴れ回り、チャッターが心の中のマイクを握るとき、つまり、私たちの心が自らを苦しめるだけでなく、自らを麻痺させるときだ。
チャッターはまた、自分に悪い影響を与えるよう私たちを導くこともある。
私が研究生活の中で手にした最も重要な洞察の1つは、次のことだ。チャッターを減らし、内なる声を制御するのに必要な手段は、探す必要はないのである。
それは往々にしてありふれた風景の中に潜み、私たちが出番を与えるのを待っている。
それは、私たちの精神的習慣、突飛な振る舞い、日常茶飯事の中に、また、私たちが交流する人びと、組織、環境の中に存在している。
「チャッター」に打ち勝つ「カギ」とは?
本書において、私はこれらのツールを明るみに出し、それらがどう働くかだけでなく、それらがどう組み合わさって道具箱(ツールボックス)を形成するかを説明する。
この道具箱は進化を通じてつくりあげられたものであり、私たちが自分自身との会話をうまく管理するのを助けてくれる。
内なる声がはらむこの避けがたい緊張状態、つまり、助けとなる強大な力であると同時に私たちを傷つける破壊的なクリプトナイト〔訳注 スーパーマンの超能力を無力化する金属〕でもあるということは、私にとって人間精神の大いなる謎である。
私たちの「最善のコーチ」として機能する声が「最悪の批判者」でもあるなどということが、どうすれば可能なのだろうか?
チャッターに打ち勝つカギは、自分自身へ話しかけるのをやめることではない。問題は、より有効に話しかける方法を見つけることだ。
幸い、あなたの心と周囲の世界は、まさにその手助けをするよう精巧に設計されている。
だが、頭の中の声をコントロールする方法に取り組む前に、いっそう基本的な問いに答える必要がある。
そもそも、チャッターはなぜ現れるのだろうか?
(翻訳:鬼澤忍)
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提供元:現代病「集中できない」の無視できない悪影響|東洋経済オンライン